お決まりのやつ
コテージを出て百メートルも歩くと、人の姿が一切ない青い海が広がっていた。プライベートビーチというやつだろうか。
「「海だああああああ!」」
元気な声を上げた桜瀬と逢坂は、推川ちゃんを置いて海へと走って行った。
「アイツら元気だなあ」
「だね」
瑠愛に腕を掴まれながら歩き、推川ちゃんの元へと追いついた。
「若いっていいわねぇ。高校時代を思い出すわ」
しみじみとした声を漏らした推川ちゃんは、桜瀬と逢坂が海に入っていくのを見ている。
「推川ちゃんもまだまだ若いって」
「うん、だから一緒に行こ」
瑠愛はそう言うと俺の腕から離れて、推川ちゃんの手を取った。
「えー、泳ぐのー?」
「足だけ」
「うーん、足だけならいいかー」
推川ちゃんも瑠愛には甘いようで、海に入ることを承諾してくれた。
サンダルを脱いで熱い砂浜の上を歩いていくと、膝辺りまで海に入っている桜瀬と逢坂がこちらに手招きしていた。
「ひゃー、冷たーい」
瑠愛と手を繋ぎながら海に入っていく推川ちゃんは、海水の冷たさに思わず笑みがこぼれている。
俺も彼女たちを追うようにして海に入っていく。ちょっとだけ冷たいかもしれないが、夏の暑い気温にはちょうどいいくらいだ。
「湊せんぱーい」
逢坂に名前を呼ばれて振り向いてみると、彼女は持っていたビーチボールをこちらへと投げてきた。肩がしっかりしているのか、中々のスピードで投げられたビーチボールを何とかキャッチした。
太もも辺りまで海に入っているので、ちょっとだけ動きづらい。
「逢坂、中学の時に何部だったんだ?」
「わたしですか? わたしはハンドボール部ですよ!」
「だからか。納得だ」
ハンドボール部に入っていたのなら、さっきの肩の強さも納得だ。
ボールを空中に投げて、逢坂に向けてスパイクを打つ。
「おおっと」
彼女はギリギリのところで、ボールをレシーブでキャッチした。
なかなかやるじゃないか。バドミントンの時も思ったが、逢坂は運動神経があるようだ。
「紬先輩!」
逢坂は名前を呼ぶと、レシーブで打ち上げたボールを桜瀬に向かってスパイクを打った。
「おっ……あぶなっ」
桜瀬もレシーブでキャッチをした。元運動部なだけあって、彼女も運動神経が良いようだ。
「湊!」
「任せとけ」
スパイクを打った桜瀬のボールを、俺がレシーブでキャッチをする。風が緩やかなので、パスも回しやすい。
それからも俺・逢坂・桜瀬の順でボールを回して行くが、三人ともボールを落とす気配を見せない。
「湊ー、そろそろ落としてくれてもいいの……よっ」
桜瀬がレシーブを思い切り打ってくるが、海に飛び込むようにしてボールをレシーブして、逢坂にボールを返す。
「何で取るのよー!」
「落としたら負けだろ! 負けたくないんだよ!」
「それはアタシだって同じだけどー」
桜瀬と会話を交わしている間にも逢坂はボールを取り、スパイクを打った──その時のことだ。桜瀬の後ろから大きな波が迫っていた。
「桜瀬! 後ろ!」「紬先輩! 後ろ見てください!」
「そんなのに騙されるわけないじゃない!」
俺と逢坂の声が重なるが、桜瀬は聞く耳を持たない。
すぐにゴゴゴゴと音を立てて迫る波に気が付き、桜瀬は後ろを振り向いた。しかしもう手遅れだ。大きな波は桜瀬の目と鼻の先まで迫り、遂には彼女を頭から飲み込んだ。
「紬ちゃん! 大丈夫!?」
遠くで見ていた推川ちゃんが名前を呼ぶ。大きかった波は通り過ぎて行き、海から桜瀬が顔を出した。
「うえぇ……からーい! 海の味なんて久しぶりに味わったわ……」
バレーボールは岸の方へと流れて行ったが、逢坂が歩いて取りに向かってくれた。
「おーい、大丈夫かー?」
声を掛けながら桜瀬の元へと向かうと、ある異変に気が付いた。
「お、おま……水着はどうしたんだ……?」
「え?」
桜瀬は自分の体を確認すると、胸を隠していた水着が消えていることに気が付いた。俺が慌てて目を逸らすと同時に、桜瀬は顔を真っ赤にしながら首まで海の中に入った。
桜瀬の水着は波にさらわれてしまったみたいだ。
「こ、こっち来ないで……!」
「どうするんだよその格好で!」
「どうしようもないわよ! ど、どこ行っちゃったんだろ……」
どうしようもないというか……探すしかないのだろう。まだそう遠くへは行っていないはずだが……辺りをキョロキョロとしてみたところで、俺の膝辺りに何かが引っかかっていることに気が付いた。
まさかと思いそれを手に取ってみると、ピンク色の水着が海の中から出て来た。
「そ、それよそれ! 目をつむりながら持ってきて!」
「それは無茶だろ! 腕で隠しといてくれ!」
「わ、分かったから早く来てよ!」
首まで海に浸かっている桜瀬の元へと歩いていき、そっと水着を手渡す。桜瀬は海の中で水着を着ると、俺に上目遣いを向けた。
「み、見た……?」
恐る恐るといった口調で尋ねる桜瀬に、俺は何も言うことが出来なかった。もしも言ってしまえば、俺はこの海に沈むことになるだろう。
「ねえ! その反応は見てるでしょ! おい!」
最後はドスの効いた声を放った桜瀬に、「落ち着け」と言ってなだめる。
「そんな恥ずかしがるようなものじゃなかったから……安心してくれ」
正直に思ったことを言ってみると、桜瀬は顔を真っ赤にしながら俺を追いかけ回した。
まだ海に到着して三十分も経っていないのに、俺と桜瀬はヘトヘトになりながら砂浜に戻る羽目となった。
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