水着のお披露目会

 例のごとく推川ちゃんの車に乗り、瑠愛の親戚の別荘に到着した。

 今回の旅行で泊まる別荘は、海までの距離が百メートルもないだろう場所にポツンと建っている二階建てのコテージだ。コテージの大きさは、山奥にある方のコテージと変わらない印象を受ける。


「うわぁ……海の見える別荘……瑠愛先輩の親戚さん絶対に金持ちじゃないすか」


 コテージに入り内装があらわになると、逢坂は口をポカンと開いたまま持ってきた荷物を下ろした。

 木造の内装は広々としていて、テレビやエアコンも備え付けてある。ここまで来るとコテージではなく、一軒家と言った方がしっくり来るかもしれない。


「そんなこと……あるのかも?」


「なんでそんなに親戚の人に詳しくないんですか」


「あんまり会ったことないから」


「でもコテージ貸して貰えたんですよね?」


「うん、電話した」


 ソファーに座る瑠愛の隣に、逢坂は腰を下ろした。二人は顔を合わせながら会話をしている。


「ふぅ、これでひと息つけるわね」


 五人で食料やら何やらを運び終えると、推川ちゃんはフカフカのカーペットの上に寝転んだ。


「そうだね。推川ちゃんは二時間くらい運転してたんだから休んで」


「うん、そうするー」


 俺もフカフカの椅子に腰掛けると、居心地が良すぎてここから動けなくなる。

 部屋の中には冷房が効いているので、夏の気温から現実逃避するかのように皆ダラダラとしている。


「ねーねー、余ってる部屋が三つしかないんだけどどうするー?」


 二階から下りてきた桜瀬が、皆に向けてそんなことを言った。


「え、まじ? 山にある方のコテージには五部屋あったよな?」


「ここにも五部屋あったんだけど、その内の二つが物置になってるから使えない感じ」


「あー、そうなのか。じゃあ部屋割り決めないとな」


 それを聞いた推川ちゃんは体を起こして座り、その横に桜瀬が座った。瑠愛と逢坂も会話を中断して、部屋割りの話に混ざる。


「部屋が三部屋しかないってことなんだけど、案外簡単に分けられそうじゃない?」


 桜瀬はそう言うと、推川ちゃんに視線を向けた。


「推川ちゃんは一人部屋の方がいいよね?」


「そうしてくれると助かるかなー」


 さすがの推川ちゃんでも、生徒たちと一緒に寝るのは恥ずかしいのだろう。それにずっと生徒と一緒では、気を抜ける時間が無くなってしまうのかもしれない。


「推川ちゃんが一人部屋で、アタシと愛梨ちゃんが同じ部屋。それから湊と瑠愛が同じ部屋だったら解決じゃない?」


 その桜瀬の提案に、四人は頷いて賛成してみせた。


「おっし、じゃあそれで決まりね。もうちょっと経ったら荷物置いてこよ」


 リーダーシップを取る桜瀬に、他の全員が「はーい」と続いた。

 約二時間も車に乗って疲れている五人が動き出したのは、昼食の時間になってからだった。


 ☆


 昼食は推川ちゃんがパパっと作ってくれた焼きうどんだった。ピーマンやら玉ねぎが入った焼きうどんはとても美味しく、推川ちゃんの家庭の味すら感じた。

 昼食を終えた五人は、水着に着替えてリビングに集合することとなった。その理由はもちろん、今から海に行くからだ。


 海パンを履くだけの俺は、誰よりも早くリビングに来ていた。皆がやって来るのを、ソファーに座ってスマホを見ながら待っていると──。


「湊、お待たせ」


 最初に階段を下りてきたのは瑠愛だった。

 瑠愛は水色と白の水玉模様の柄をしたビスチェを着ている。彼女の水着は知っていたが、着ているところを見ると予想よりもずっと可愛かった。


「めっちゃ可愛いな」


「そう?」


「うん、瑠愛がビスチェはどうなのかとも思ってたんだけど、大正解だな」


「ありがとう。去年の夏にひな先輩に選んで貰ったやつだけど」


 さすがはアパレル店員のひな先輩だ。瑠愛に似合う水着も分かってしまうのだろう。

 瑠愛が俺の隣に座ると、階段を下りてくる音が聞こえて来た。


「お待たせしましたー」


 瑠愛の次にやってきたのは逢坂だった。逢坂は黒色のワンショルダービキニを着用していて、年下だが大人な印象を受ける。

 そして水着よりも目を引くのは、彼女の化粧だ。いつもは濃い化粧をしていた逢坂だが、今はほとんど化粧をしていない。

 初めて見る逢坂のすっぴんは、瞳は二重でくっきりとしていて、可愛らしい印象を受ける。


「逢坂のすっぴんってそんな顔してるんだな」


「水着よりも顔ですか! そう言えば湊先輩にはすっぴん見せたことありませんでしたね」


「ああそっか。他のみんなは泊まったりしてるから逢坂のすっぴん見たことあるのか」


 隣に座る瑠愛に尋ねてみると、「うん」と首を縦に振った。


「推川ちゃんも逢坂のすっぴん見たことあるのか?」


「あー、ないかもですねぇ。そう思うと緊張してきました……」


「水着見せるよりもか?」


「はい……なんというか、裸を見られてる気分になります」


「反応はしづらいが……そうなんだな」


 逢坂と話ながら残りの二人を待っていると、階段を下りる音が聞こえて来た。


「はーい、お待たせー」


 次に着替えを済ませて下りてきたのは桜瀬だった。桜瀬はピンク色のオフショルダービキニを着用している。あらわになっている肩は白色をしていて、スラッと伸びている足は元運動部というだけあって程よく引き締まっている。水着を着用しても、チャームポイントであるサイドテールは健在である。


「桜瀬はやっぱりピンク色が似合うな」


「ですよね! わたしも紬先輩はピンクが似合うと思います!」


「あはは、ありがとねー」


 俺と逢坂が同時に褒めると、桜瀬は照れたように笑った。


「湊も結構ガッチリしてるんだね」


「あー、分かります分かります! なんか丁度いい筋肉ですよね」


 桜瀬と逢坂が舐めるように俺の体を見るので、思わず自分の体を隠したくなった。


「別に鍛えてないんだけどな」


 家ではずっとダラダラしていて運動などしていないが、中学の時までやっていたサッカーの影響だろうか。


「湊の腕は落ち着く」


 瑠愛はそう言うと俺の腕に抱き着いた。水着しか着ていないため、瑠愛のスベスベ肌を直で感じることとなる。

 腕を組む形になった俺と瑠愛のことを、桜瀬と逢坂は苦笑いをしながら見ている。


「全くもう、すぐイチャイチャするんだから」


「それが湊先輩と瑠愛先輩カップルですからねえ」


「瑠愛もこんなに懐いちゃって。一体どんなことをすればここまで懐くのか」


「大好きなんですね。湊先輩のこと」


 桜瀬と逢坂からの言葉にも、瑠愛は満足そうな顔をするのだった。

 そしてようやく、残る一人が階段を下りてきた。


「待たせてごめんねー。ちょっと着替えに手間取っちゃった」


 そう言いながらリビングに下りてきたのは、ベージュ色のワンピース水着を着用した推川ちゃんだった。


「えー! 推川ちゃんの水着すごく可愛いじゃん!」


「なんか大人って感じ! 大人はベージュかぁ」


 桜瀬と逢坂が推川ちゃんの元へと駆け寄る。推川ちゃんは笑顔を作りながら、「そうかな?」と満更でもなさそうに言った。


「本当はビキニにしようと思ったんだけどね。生徒の前では攻めすぎかと思って」


 その推川ちゃんの一言で、四人はピクリと反応した。


「へぇ〜。生徒の前じゃなければビキニ着るんだ〜」


 桜瀬がニヤニヤとしながら推川ちゃんの腕に絡みつく。


「推川ちゃん美人だからモテるよね〜。今狙ってる男の人は居るんですかー?」


 逢坂もニヤニヤとしながら、推川ちゃんの腕に絡みついた。桜瀬と逢坂に挟まれている推川ちゃんは、苦虫を噛み潰したよう顔を浮かべている。


「推川ちゃん、前に全然脈アリな人居ないって言ってなかったっけ?」


 そう言ってみると、推川ちゃんは「あははー」と誤魔化すように笑った。


「いや、本当に居ないんだよ。さっきのは言葉のあやで……」


「はいはい、言い訳はいいから早く海に行きましょうねー」と桜瀬が。


「わたし達は恋人居ない組なんだから裏切らないでよー」と逢坂が言った。


 二人は推川ちゃんの腕を取りながら、玄関へと向かって歩いて行ってしまった。


「さて、俺らも行くか」


「うん、行く」


 瑠愛と顔を合わせて頷き、腕を組んだままソファーから腰を上げる。


「これじゃカップルみたいだな」


「カップルじゃないの?」


「ははは、冗談だよ」


「むー、びっくりした」


「ごめんごめん」


 謝りながら瑠愛の頭を撫でると、彼女は「しょうがない」と言って許してくれた。

 ちょっとだけチョロい彼女と一緒に、俺たちは恋人居る組として腕を組みながらコテージを後にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る