第八章 好き

塩と豚骨味噌

「瑠愛ー、着替えこれで全部かー?」


「うん、全部」


 瑠愛が持ってきたキャリーケースの中に、自分の着替えと彼女の着替えを詰め込み終えた。

 どうしてそんなことをしているのか。それは明日から、屋上登校の皆で二泊三日の旅行に行くからだ。

 二人で同棲していることだし、荷物を分けて持っていくのも面倒だからと、二人分の着替えやら何やらを一つのキャリーケースに詰め込んでしまった。


「さてさて、これで一通り準備は終えたよな?」


 一時間にも及ぶ準備を終えて、「ふぅ」と息を吐く。これでようやく一休みが出来る。そう思ったのだが、ベッドに腰掛けている瑠愛は首を横に振った。


「ううん、まだ花火買ってない」


「あ、そっか。そう言えば花火買って来いって言われてたな」


 昨日いきなり桜瀬からメッセージが入ったかと思えば、推川ちゃんを含めた五人で出来る量の花火を買っておいてくれと言われたのだった。

 スマホで時間を見てみると、ちょうど十八時になるところだった。


「よし、それじゃあ花火買いながら外で飯食って帰ってくるか」


 そう言ってみせると、瑠愛は目を輝かせながら立ち上がった。


「うん、行こ」


 まるで今から散歩に出掛ける犬のように、目には見えない尻尾を振っている。今すぐにでも出掛けたい様子の瑠愛を見て、俺もすぐに外へと出る準備を始めた。


 ☆


 空はすっかり暗くなり、道には帰宅を急ぐサラリーマンの姿もポツポツと現れた。

 近くのホームセンターで充分に遊べる量の花火を購入して、これで安心して夕飯を食べに行けるというわけだ。何を食べようかと話し合った結果、近くのラーメン屋に入ることとなった。


「しゃいませー」


 小さなラーメン屋に入ると、頭にタオルを巻いた店主が歓迎してくれる。

 空いているカウンター席に二人で並んで座り、ひとつのメニューを瑠愛と一緒に見る。


「腹減ったー、何食うかなー」


「私、塩ラーメン」


「決まるの早いな。トッピングとかサイドメニューは頼まないのか?」


「五個の餃子、湊も一緒に食べよ。私は二つで、湊が三つ」


 なんて可愛らしい提案なのだ。もちろん承諾して、一緒に餃子を食べることとなった。


「湊は何頼むの?」


「うーん、迷うなあ……じゃあ豚骨味噌にするかな」


「美味しそうな名前」


「ちょっと食べさせてやるよ」


「やった」


 無表情で喜ぶ瑠愛に癒されてから、「すいません」と店員を呼んで注文を終える。

 明日から始まる旅行の話をしていると、注文してから十分もせずに二人のラーメンと餃子が出てきた。俺と瑠愛のラーメンには、ネギ・メンマ・煮卵・チャーシューが乗っている。


「はい、割り箸」


「おー、ありがとう」


 瑠愛から割り箸を受け取り、二人で「いただきます」と声を合わせる。

 俺は麺からすすり、瑠愛は半分になっている煮卵を一口で食べる。


「うわ、やっぱりめちゃくちゃ美味いな」


 ここのお店にはひな先輩と一緒に訪れたことがあったのだが、相変わらず豚骨が効いている。

 瑠愛の方を見てみると、頬をハムスターのように膨らませながらモグモグしていた。


「美味しいか?」


 口の中に煮卵を含んでいるようで、瑠愛は無言のままコクコクと頷いた。まだ煮卵しか食べていないようだが、お気に召してくれたみたいだ。


「それは良かった」


 瑠愛が満足そうに頷いたのを見て、安心して自分の食事にありつく。

 隣からはチュルチュルと麺をすする音が聞こえてくる。瑠愛は麺をすするのも可愛いらしい。それから二人で黙々とラーメンを食べていると。


「湊のラーメンも食べてみたい」


 瑠愛がそんなことを言い出した。


「じゃあラーメン交換しようか」


「うん、交換する」


 自分の食べていた豚骨味噌ラーメンを瑠愛に渡して、彼女から塩ラーメンを受け取る。

 塩ラーメンを食べてみると、豚骨味噌の後だから味が薄く感じた。それでも美味しいことだけは伝わってくる。


「どうだ? 豚骨味噌の味は」


 瑠愛はモグモグと咀嚼して、口の中の物を飲み込んでから頷いた。


「濃くて美味しい。これからは豚骨もいいかも」


「おー、瑠愛も豚骨の良さに気が付いたか」


「次来たらこっち食べる」


「それじゃあ豚骨の仲間入り記念に餃子を食べさせてやろう」


 餃子を箸で掴んで瑠愛の口元に寄せると、無表情のままパクリと食いついた。丸ごとひとつはさすがに大きかったのか、瑠愛はまたもやハムスターのように頬を膨らませながら食べている。


「悪い、半分に切ればよかったな」


 俺の言葉に瑠愛はコクコクと頷くと、餃子を箸で掴んでこちらへと寄せた。お返しということだろう。口を開くと中に餃子が入ってきた。俺の口でもちょっと大きいくらいだ。瑠愛の口では大きかったに違いない。

 二人は餃子を飲み込むと、視線を合わせた。


「やっと食べられた」


「俺もようやく食べられたわ」


「次からは半分にしてくれると嬉しい」


「はい、反省しております」


 瑠愛に向かって深々と頭を下げると、彼女も「いえいえ」と頭を下げた。ラーメン屋でも俺たちは平常運転だなあと思うと、胸の辺りが温かくなって笑みがこぼれた。


「なんで笑ってるの?」


 キョトンとした顔をする瑠愛を見て、さらに胸の辺りが温かくなる。


「なんか、こういうのいいなーって思って」


 思ったことをそのまま口に出すと、瑠愛はほんの少しだけ頬を緩めた。


「うん、私も同じこと思ってた」


 瑠愛と同じ気持ちだったことが嬉しくて思わずこの場で抱きしめてやりたくなったが、他のお客さんたちの迷惑になるので家に帰ってから思う存分イチャイチャしよう。


 家に帰るのがこれほど楽しみだと思えるようになったのも、全ては瑠愛が居てくれるおかげだ。家に帰ったら何をしようかと考えながら、ラーメンと餃子を食べ終えた。

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