柊ファミリー
廊下をちょっと進んだ所で、瑠愛ママは足を止めた。
「このドアを入ればリビングだからね」
瑠愛ママはニコニコとしながら、ガラス張りになっている扉を指さした。ガラス越しにリビングを覗いてみると、お父さんらしき人がテーブルに座っていた。
「さあ、入るわよ」
「分かりました」
まだ心の準備など出来ていないが、いつまで経っても出来る気がしないので、こうなったらヤケクソだ。もうどうにでもなれ。
「はーい、じゃあ入りまーす」
瑠愛ママが扉を開いてリビングへと入っていく。それに続くようにして瑠愛が入り、二人に続いて俺も入っていく。
テーブルには銀髪が目立つ男性が座っていた。キリッとした目はこちらを見ていて、全く笑っていない口元。それに日本人離れした、ザ・ロシア人といった顔つき。瑠愛ママと違って、めちゃくちゃ怖い。
瑠愛の父親──心の中では瑠愛パパと呼ぶことにしよう。瑠愛パパと向かい合わせの椅子の横に立ち、腰を曲げて頭を下げる。
「は、初めまして! 瑠愛さんとお付き合いをさせて頂いている佐野湊です! こ、これ、学校近くのケーキ屋で買ったクッキーになります!」
紙袋からクッキーの入った箱を取り出して、瑠愛パパへと差し出す。受け取って貰えるだろうかと心配していると、瑠愛パパは視線だけで瑠愛ママに受け取るように指示をした。瑠愛パパに差し出したクッキーは、瑠愛ママが受け取ってくれた。……受け取って貰えないよりはいいか。
頭を上げると、瑠愛パパは向かいの席に座るように顎だけで指示を出した。
「し、失礼します!」
これではまるで面接だ。もしかしたら面接なんかよりも、はるかに緊張するかもしれない。瑠愛パパの隣には瑠愛ママが、俺の隣には瑠愛が座った。
しかし四人の間に会話は全くなく、瑠愛パパと視線が合うだけの時間が続く。
もしかしたら俺が謝罪をするのを待っているのか? 瑠愛にマンションを引き払わせて、高校生のくせに同棲を始めてすいませんでしたって言うのを……。絶対にそうだ。そうと分かれば、すぐにでも謝ろう。
俺が勢いよく頭を下げると同時に、瑠愛パパも頭を下げた。
「すいませんでした!」「本当にアリガトウ」
俺と瑠愛パパの声が重なる。二人して「えっ」という顔をしながら、お互いを見る。
「どうしてキミが謝るんダネ?」
カタコトではあるが、日本語がとても上手い。
瑠愛パパは無表情のまま、首を傾げた。
「瑠愛さんと同棲を初めた挙げ句に住んでた部屋を引き払わせたから怒ってるんじゃ……」
恐る恐る言ってみると、瑠愛パパは驚いたように目を開きながら首を横に振った。
「そんなことないデスヨ。むしろ、こんなに手の掛かる瑠愛を貰って頂けて嬉しい限りデス」
「そ、そうなんですか……?」
「ソウデスヨ。朝は起きない、脱いだ物は散らかす……それに色々と手の掛かる瑠愛と同棲なんて大変デショウ?」
「いえいえそんな。とても楽しく生活させて頂いております」
本心からそう言うと、瑠愛パパと瑠愛ママは顔を合わせてから二人で頭を下げた。
「本当にアリガトウ。これからもどうか瑠愛の面倒を──じゃなくて、仲良くして頂けると助かりマス」
「私からも本当にお願いするわ。この子は一人じゃ何も出来ないから、修行という意味で一人暮らしをさせていたんだけど……面倒を見てくれる彼氏さんが居るのなら一人暮らしをする必要なんてないものね!」
同棲していることを喜ばれるとは思ってもいなかったので呆気に取られていると、瑠愛がこちらを振り向いた。
「ということなので、よろしくお願いします」
彼女からも頭を下げられてしまった。
同棲を反対されるわけではないのだと理解すると、肩にかかっていた重りが一気に軽くなった。
「あ、ありがとうございます! 絶対に瑠愛さんを幸せにしてみせます!」
両親に向かって頭を下げる。良かった、本当に良かった。安心して泣きそうだ。
「それで、お金の話デスガ……」
声を落とした瑠愛パパは、懐から茶封筒を取り出してテーブルの上に置いた。茶封筒は分厚く膨れ上がっていて、中に何かが入っているようだ。
「お、お金ですか……?」
「ハイ、同棲をするということは家賃や電気代、水道代やガス代が掛かりますデショウ? なのでこれはほんの気持ちなのですが、瑠愛の分として受け取ってくだサイ」
なるほど……瑠愛が住み込む分のお金ということか。でもこの茶封筒はかなり分厚い。こんなものを受け取ってしまったら、きっと俺が親に怒られてしまう。
「う、受け取れませんよ! いいんですいいんです、二人住んだって家賃は代わらないし、電気代や水道代もほとんど変わらないと思います」
「しかしデスネ……」
「ほ、本当に大丈夫です! 家賃などは全部親に出して貰っているので、僕がこのお金を受け取るわけにはいかないんです」
親を盾に出すと、瑠愛パパと瑠愛ママは顔を合わせて何やらアイコンタクトを取った。俺もアイコンタクトだけで分かり合える夫婦になりたいものだ。
「分かりマシタ。それではこのお金は湊くんの両親と会った時に渡すことにシマス」
瑠愛パパは残念そうな顔をしながら、封筒をテーブルの端に置いた。
これで俺が親に怒られる心配もなくなった。「ふぅ」と胸を撫で下ろすと、瑠愛ママが待ってましたと言わんばかりの勢いで前のめりとなった。
「それでそれで、高校生の同棲ってどんな感じなの?」
桜瀬ママもそうだったが、やはり母親という生き物は自分の子供がどんな生活を送っているのかが気になるのだろう。
瑠愛の両親に同棲生活や学校生活などの話をすると、二人は熱心に話を聞いてくれた。
それから色々な話をしたのち、美愛ちゃんとおままごとをしてから瑠愛の実家を後にした。
とても優しいご両親で良かった。帰りのタクシーでは一気に緊張の糸が切れて、眠ってしまいそうになった。ちなみに瑠愛は、タクシーに乗って三秒で寝息を立てていた。
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