まだ教えられないかな

 四限まで自習をして、皆でファミレスに寄り昼食を取ってから、俺と瑠愛の同棲するマンションに到着した。


「ただいま」


 瑠愛は一日寝ただけですっかり住み慣れたのか、誰よりも早く靴を脱ぐと小走りしてベッドに飛び込んだ。


「おおー、ここが湊先輩と瑠愛先輩の愛の巣ですか」


「愛の巣言うな」


 逢坂は初めて俺の家に訪れると、興味津々な顔つきで部屋へと入って行った。

 三人が家に入ったのを確認してから、部屋の鍵を閉めて中に入った。


「湊ー、買ってきたドーナツここに置いておくね」


 先ほど買ってきたドーナツの入った箱を、桜瀬がテーブルに置いた。あのドーナツは、俺と瑠愛が付き合い始めたお祝いということで、桜瀬と逢坂が奢ってくれたものだ。


「はいよー。ありがとな」


「いえいえー」


 返事をした桜瀬は、慣れた素振りでその場に腰を下ろした。そんな彼女を真似て、少しだけ落ち着かない様子の逢坂もテーブル近くに腰を下ろす。俺は瑠愛の投げ捨てたバッグと自分のバッグを適当な場所に置いてから、四人分の麦茶をコップについで皆が居る居間へと戻った。


「おー、ありがと湊」


「麦茶! ありがとうございます!」


 桜瀬と逢坂からお礼の言葉を貰いながら、テーブルに麦茶を並べて腰を下ろした。


「瑠愛、ずっとベッドに居たら寝ちゃうんじゃないか?」


「うぅ、多分寝る」


「よし、ベッドから抜け出そうか」


「分かった」


 瑠愛はベッドから起き上がると、小さくあくびをしながら伸びをした。かと思えばのそのそとベッドから降りてきて、俺と肩を合わせるようにして座った。ちょっとだけ狭いが、可愛いので全てを受け入れよう。


「はぇ〜、瑠愛先輩がめちゃめちゃ懐いてますね」


「自習中はアタシにくっついてくれてたのにな〜。家の中では湊を選ぶのか〜」


 ポカンとした顔をしている逢坂と、ニヤニヤとする桜瀬。そんな彼女たちからの視線を受けても、瑠愛はキョトンとした顔をしている。


「学校では紬が落ち着くけど、家では湊がいい」


 何気なく呟いた瑠愛を見て、俺たち三人は「おぉ……」と唸った。

 俺と一緒に居ることに安心感を感じてくれているのか……しかもそれを口にしてくれるなんて、尊すぎやしないだろうか。


「瑠愛……お前ってやつは……」


 今日は晩御飯に瑠愛の好きな物を作ってやろう。そう心に誓うと、桜瀬がポンポンと手を叩いた。


「はいはい、イチャイチャタイムは終わりでーす。ということでさっそくお祝い始めよ! と言ってもドーナツ食べながらお喋りするだけなんだけどね」


 桜瀬はそう言いながら、ドーナツの箱を開いて見せた。その中には八個のドーナツが入っていて、一人二個ずつ食べる計算になっている。


「それじゃあ改めて、湊も瑠愛もおめでとう! 絶対に幸せになってね!」


「おめでとうございます! わたしも応援してるんで!」


 笑顔で祝ってくれる桜瀬と逢坂を見て、照れながらも「どうもどうも」と頭を下げた。隣に座る瑠愛は無表情のまま、俺を真似てちょこんと首だけでお辞儀をした。


 ☆


 ドーナツも食べ終わり、四人で録画していた恋愛映画を観ていた時のこと。テレビでは主人公の男とヒロインがひょんなことから一緒に泊まることになったが、まだ付き合ってもいないので別々の部屋で寝るというシーンが流れている。


「そう言えば昨日は湊と瑠愛どこで寝たの?」


 今まで映画に釘付けだった桜瀬が、突然そんなことを尋ねた。


「ああ、このベッドで寝たぞ」


「瑠愛は?」


「うん? 二人でこのベッドで寝たんだ」


「えっ」


 俺の家にはこのベッドしか寝具がないので、ここで一緒に寝るしかない。特に何も考えずに言葉を発したのだが、桜瀬は天井に視線をやりながら何かを考えたあと、顔を真っ赤に染め上げた。


「な、なるほどね! う、うん、恋人同士だからね! 色々あるよね! うんうん! 変なこと聞いてごめんね! 反省してます!」


「待て桜瀬、絶対に何か勘違いしてるだろ。そういうことはまだ起こってないから安心してくれ」


「え、そ、そうなの……?」


「そうだ。だから今すぐその妄想をやめろ」


「も、妄想って……! でもうん、分かった……ちょっと取り乱しました」


 頭から煙が出そうな勢いでショートしている桜瀬。でもまあ、一緒に寝ていると聞いてそういう妄想をしてしまうのは、仕方がないのかもしれない。


「え、まだそういうことしてないんですか?」


 今度は逢坂が食いついて来た。その瞳は純粋なもので、ただ単に疑問を持ったから質問したのだと分かる。


「もちろん、まだしてない」


「それで一緒に寝るって……湊先輩耐えられるんですか? 瑠愛先輩めっちゃ可愛いし、絶対にやばいですよね」


 鋭い質問に心臓が跳ねる。逢坂の言う通り、こんな美少女に体をこれでもかと密着されて寝ていたので、昨日は本当にやばかった。けれども寝られないのかと聞かれるとそうでもなくて、瑠愛の寝息を聞いていると落ち着いて眠れてしまうのだ。


「やばいのはやばいけど……どうにかなるかなってレベルだな」


 それを聞いた逢坂は眉を八の字にして、心配そうな表情を作ったまま首を傾げた。


「湊先輩、もしかしなくても性欲ないですよね。ドラッグストアとかでサプリメントとかありますよ?」


 特に照れた様子はなく、逢坂はむしろ淡々とそんなことを言ってみせた。


「性欲くらいあるわ」


「でも瑠愛先輩の寝込みを襲うつもりは?」


「全くないな」


「枯れまくってるじゃないすか」


「失礼な、まだまだ現役だわ」


「どういう意味ですか」


 逢坂は顔をくしゃりとさせて笑うと、映画に戻って行った。ホッと安堵の息を吐いたのも束の間、瑠愛にちょんちょんと肩をつつかれる。


「どうした」


 隣に座る瑠愛に顔を向けると、彼女は目を丸くしながらこちらを見ていた。


「何の話してたの?」


 きっと瑠愛に話してしまえば、キスの時と同様に絶対に興味を持つだろう。しかしこんなにも純粋な瑠愛に、そんなことを言えるはずもなく……。


「何でもないぞ。気にしないでくれ」


 そう言って頭を撫でると、「そう」とだけ口にして映画に視線を戻した。

 きっとこれを教えるのは、もっとお互いのことを深く知った時がいいだろう。興味本位でなど絶対にしてはいけないのだと、自分に言い聞かせる機会となった。

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