ご報告です

 空き教室にあるテントに到着すると、二足の上履きに加えて推川ちゃんの靴も置いてあった。早歩きをして来たのだが、出欠確認ギリギリの時間になってしまったようだ。


「おはようございまーす」


 テントのドアを開くと、桜瀬と逢坂、それと推川ちゃんの視線が俺に集まる。


「お、佐野くんはギリギリだったようね」


「瑠愛も居ますよ」


 俺の言葉に三人は驚いた表情を見せた。なぜそんな表情をするのかと思ったが、いつも『柊』と呼んでいたのに突然『瑠愛』と名前呼びをしたからだと気付いた。

 ちょっとだけ照れくさい気持ちになりながらテントの中に入ると、瑠愛も続いて中に入った。一緒に登校して来た俺と瑠愛を見て、三人は驚きのあまり固まってしまっている。

 きっと三人の中で大体の予想はついているだろうが、皆揃っていて都合もいいので話しておくことにしよう。


「えっと、驚いているところ悪いのですが、皆様にご報告があります」


 三人の顔を見ながら言うと、何を察したのか瑠愛が俺の腕に抱き着いてきた。可愛いからこのまま話すことにしよう。


「多分予想は出来てると思うけど、瑠愛と付き合うことになりました。ちなみに昨日からです」


「いぇーい」


 瑠愛は抑揚のない声で続くと、無表情のままピースをした。それを境にして、テントの中は静まり返る。瑠愛がキョトンとした顔をして首を傾げた時、推川ちゃんは表情をパーッと明るくさせて拍手をした。


「えええええええ!! すごいじゃん!! おめでとう二人とも!! ほんっっっとうにお似合いだと思う!!」


 興奮している推川ちゃんに続いて、桜瀬と逢坂も拍手を送ってくれる。


「いきなり『瑠愛』って名前で呼ぶもんだから頭おかしくなったのかと思ったよ。おめでとう二人とも!」


「ようやくですか! これで合法的に甘えられますね瑠愛先輩! おめでとうございます!」


 腕には大好きな彼女が抱き着き、皆からお祝いの言葉を貰える。こんな幸せがあってもいいのだろうか。


「どうも」


 相変わらず無表情のままでいる瑠愛だが、無意識の内に喜んでいるのか組む腕に力が入っている。


「ははーん。それで早速二人で待ち合わせして、恋人っぽく一緒に登校してたら遅刻ギリギリになったわけか」


「いや違うぞ。瑠愛とは家から一緒だったんだよ」


 名推理と言わんばかりにドヤ顔をした桜瀬だったが、俺の一言で無の表情になった。


「今、なんて?」


「家から一緒でした」


「瑠愛が湊の家まで迎えに行ったのではなく?」


「はい。一緒に部屋を出ました」


 正直に言ってみせると、桜瀬は目を見開いて口をパクパクとさせ始めた。


「え、もしかしてさっそくお泊まりですか!?」


 言葉を失っている桜瀬の代わりに、逢坂が前のめりになって尋ねる。


「同棲だから、お泊まりではない」


「ど、同棲ですか!?」


「そう、同棲」


 同棲を始めたことは言おうか迷っていたのだが、先に瑠愛が言ってしまった。自信満々に頷いた瑠愛に、桜瀬と推川ちゃんが「同棲!?」と声を合わせた。


「え、待って待って。本当に同棲してるの? 瑠愛が冗談言ってるとかじゃなくて?」


「……本当だ」


 目を白黒とさせている桜瀬に頷いてみせると、彼女はポカンと口を開いたまま固まってしまった。情報量が多すぎて、脳が処理しきれていないのだろう。


「高校生で同棲はすごいわね……まさか、親御さんには言ってあるのよね?」


「……言ってません」


「ええ! 言わなくても大丈夫なの?」


「ウチの親は大丈夫かもしれないけど……瑠愛の親は俺のことを連れて来いって言ってるらしいです……」


「全然大丈夫そうじゃないじゃない……」


「胃が痛いです……」


 彼女が出来たら両親に挨拶しに行かなければと思っていたが、まさか呼び出されるとは思ってもいなかった。


「どうして同棲することになったんですか? 何となく湊先輩の案じゃないことは分かりますけど」


 好奇心に満ちた表情をしている逢坂を含めた三人に、同棲することになった経緯を話す。

 瑠愛が家に遊びに来て、その際に告白したこと。付き合うことになったと思ったら、瑠愛が家から出て行ったこと。かと思えばキャリーケースを持って帰って来たこと。などなど。

 全てをこと細かに話し終えた頃には、固まっていた桜瀬も復活していた。


「なるほどねぇ……部屋を引き払っちゃったのなら仕方ないのかもしれないけど……瑠愛が同棲かぁ……」


 しみじみと呟いた桜瀬は何かを考えたあと、頬を緩ませて笑った。


「まあ、相手が湊なら大丈夫か」


 優しい笑顔を浮かべる桜瀬を見て、心にチクリと痛みが走った。でもそれを表情に出すことだけはしちゃいけないと、俺も笑みを浮かべることに決めた。


「ありがとな」


 俺の口からは勝手に感謝の言葉が漏れた。それを聞いた桜瀬は満足そうに頷くと、手をポンと叩いた。


「それじゃあ今日は湊と瑠愛をお祝いしなきゃね。みんな、今日の放課後は空いてる?」


 桜瀬が皆に向かって問うと、推川ちゃん以外の三人は首を縦に振った。


「推川ちゃんは無理だよね」


「残念だけど私は仕事だからパスかな。佐野くんと柊ちゃんにはあとで個人的にお祝いの品をあげるから」


 ウィンクをしながら、推川ちゃんは「ゴメン」と手を合わせた。


「え、めっちゃ嬉しい。ありがとう推川ちゃん」


「ありがと」


 俺と瑠愛が頭を下げると、推川ちゃんは「いいのよ」と言って笑った。


「それじゃあ今日の放課後は湊と瑠愛のお祝いね! 場所は……湊の家で!」


 柊が部屋を引き払ってしまった今では、集まる場所など俺の部屋しかないか。それならば仕方がないと、桜瀬の意見に賛成した。


 瑠愛とお付き合いしていくことをここに居る全員が応援してくれそうなので、同棲することも含めて正直に話して良かったと思った。

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