第七章 多分、好き
手繋ぎ腕組み
柔らかな温もりを肌に感じながら目が覚める。寝ぼけた頭のまま、布団を引き剥がす。するとそこには、俺の体に抱き着いて寝ている瑠愛の姿があった。白色のパジャマは家から持ってきたもので、愛用していたものらしい。
枕元に置いていたスマホを手に取ると、ぼちぼちと起き出さなければ学校に遅刻してしまう時間だった。
「おーい、瑠愛ー、起きろー」
まだ慣れない名前呼びで、彼女の体を揺すりながら起こす。瑠愛はモゾモゾと動き出すが、目を開けようとはしない。
「ん、うぅ……おやすみ」
「朝なんだけどなー」
「私が目を開けるまでは朝じゃない」
「時間を操れる神かお前は」
俺の体に顔を埋めながら喋るので、ちょっとだけくすぐったい。しかも抱き着く力が強く、ベッドから抜け出したいのに立てない。
「神でもなんでもいい。起きたくない」
「そんな横暴な」
「湊の匂いする」
「恥ずかしいのであんまり嗅がないでくれるとありがたいんですが」
鼻をすんすんと鳴らして体の匂いを嗅いでいる。朝からそんなことされたら、俺の理性が持たない。今すぐにでも瑠愛を押し倒したい衝動に駆られる。でも俺たちは付き合って一日目だ。そういうのは、まだ早いだろう。
「朝飯食べるか?」
「食べる」
「何が食べたい?」
「湊の作った物」
うん、反則級の返しだ。気が付いた時には、瑠愛の頭を撫でていた。
「じゃあ適当に食パンにジャム塗って食べるか。時間もあんまりないし」
「うん、そうする」
「ということで瑠愛。俺から離れて欲しいんだが」
「もうちょっとだけ」
「……しょうがないなあ」
瑠愛の可愛らしいワガママに負けて、もう少しだけベッドの上で過ごすことにした。時間を確認すると朝飯を食べないといけない時間だったが、今日くらいはちょっとだけ遅刻してもいいのではなかろうか。そうも思えたのだ。
☆
こんがりと焼き目のついた食パンに、いちごジャムを塗るだけの簡易的な朝食を終えた。
それからパパっと制服に着替えたのだが、瑠愛はパジャマ姿のままベッドに座り、眠たそうに首をコクコクとさせていた。
「瑠愛さーん、もう出なきゃ間に合わないですよー」
そう声を掛けると瑠愛は眠たそうな目を開いて、その場でパジャマを脱ぎ始めた。
「こ、ここで着替えるのか……」
「うん」
俺も制服に着替える時はここで着替えたので、彼女には何も文句が言えない。昨日シャワーを浴びる時には、ちゃんと別室で着替えてくれたのに……。
そんなことを思っている間にも瑠愛はパジャマを脱ぎ終わり、下着姿となった。決して派手ではないブラだが、くっきりと胸の形が出ている。それよりも目を引くのは、太ももや二の腕の白さだ。まるで雪のように白い肌に、思わず生唾を飲み込んだ。
「制服、どこにやったっけ」
瑠愛は下着姿のまま立ち上がると、部屋の中をウロウロと歩き周り始めた。彼女の下着姿は誰にも見せまいと、慌ててベランダのカーテンを閉める。
「制服ならクローゼットの中にしまったはずだぞ」
キャリーケースに入っていたもののほとんどが衣類だったので、大体はクローゼットの中にしまったはずだ。
下着姿の瑠愛は裸足のままペタペタと歩いて、クローゼットを開いた。
「あった」
ハンガーに掛かってあった制服を取り、瑠愛は早速その場で着替え始めた。瑠愛が脱ぎ捨てたパジャマは俺が拾って、洗濯機の中へと入れておいた。
分かってはいたが、随分と手のかかる彼女を授かったものだ。でもまあ、こうやって世話を焼くのも悪くない。こんなに愛おしい彼女は、瑠愛の他に居ないだろう。
☆
瑠愛と肩を並べて歩きながら、学校へと向かう。
今週の金曜日まで学校に行けば夏休みが待っているのかと思うと、自然と足取りが軽くなる。
「なあ瑠愛、俺たち付き合い始めたってみんなに言うよな?」
「うん。推川先生にも言う」
「どんな反応するだろうな」
「分からない。けど、悪い反応ではなさそう」
「ははっ、そうだな」
まだ瑠愛と付き合い始めたということは誰にも言っていないので、皆どういう反応をするのか楽しみだ。
「ねえ湊、手繋ぎたい」
皆がどんな反応をするのか妄想をしていると、瑠愛が興味津々な顔をしながらそう言った。
「あ、ああ、もちろんいいぞ」
瑠愛とはキスも済ませてあるので、手を繋ぐくらいどうってことない。と思っていたのだが、俺の心臓はバクバクと鼓動を早くしている。
そんな俺に対して瑠愛はあっさりと手を繋いだ。指を絡めるようにして手を繋がれ、瑠愛の熱を手で感じる。
これが夢にまで見た、彼女と手を繋いでの登校か……と感動していると、瑠愛が繋いでいる手をじっと見つめていることに気が付いた。
「どうした? 何かあったか?」
そう声を掛けてみると、瑠愛は無表情の顔を上げてこちらを向いた。
「何か違う」
「何か違う……ってどういうことだ?」
「うーん、なんというか、落ち着かない」
「まじか」
俺と手を繋ぐのが落ち着かないのか……? もしそうだとするならば、これ程ショックなことはない。
「じゃ、じゃあ腕組みはどうだ?」
「腕組み?」
彼女はキョトンとした顔を浮かべながらも、腕を組んで「えっへん」のポーズを取った。うん、とても可愛い。
「そういう腕組みじゃないんだ。俺と瑠愛で腕を組むんだよ。見たことないか? ドラマとかで」
「あ、見たことあるかも」
「それならどうかなって思ったんだけど」
「なるほど」
これまた興味津々そうな顔をしながら、俺の顔を見上げる瑠愛。そんな彼女に「ほれ」と言って腕を差し出すと、間髪入れずに柊の腕が絡みついた。腕に瑠愛の胸が押し当てられ、ワイシャツ越しに彼女の柔らかさを感じる。
「どうだ? 腕組みも落ち着かないか?」
これで腕組みも落ち着かないなんて言われたら、これからどうやって瑠愛と一緒に歩けばいいのだ。
しかしそんな心配は無用だったようで、瑠愛は目をキラキラと輝かせた。
「これがいい。すごく落ち着く」
「おぉ……よかったぁ……」
これでとりあえずは一安心だ。瑠愛が腕組みを気に入ってくれて良かった。
「じゃあこのまま学校行くか」
「うん、このままがいい」
ただ歩いているだけでも汗が吹き出してしまう季節に、瑠愛と腕を組んで歩く。傍から見れば頭がおかしいカップルだと思われるかもしれないが、これが俺たちなのだ。
「これから楽しくなりそうだな」
どんなことが待っているのかは分からないが、きっと楽しくなるに違いない。それを言葉にしてみると、瑠愛も「そうだね」と頷いてくれた。
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