よく分からない

 中間テストも無事に終わった。勉強に苦戦していたのは柊と逢坂で、二人とも俺と桜瀬が教えることで赤点を回避することが出来たようだ。と言っても柊は、またも全教科で百点という好成績を納めていたのだが。


 中間テストが終わったということは、もう少しで夏休みになる。テストが終わった解放感の中、夏休み前の休日を過ごしていた時だ。またも柊から『暇』というメッセージが来たので、今日も彼女が家に来ることになった。


「おじゃまします」


 玄関を開けた先に立っていたのは、水色のワンピースに身を包んだ柊だった。


「おう、入ってくれ」


 彼女を部屋に招き入れる。桜瀬にも逢坂にも声を掛けていないので、今日も二人きりの時間を過ごすこととなる。

 予想通りベッドへと飛び込んだ柊を見ながら、昼食として作っていた冷やし中華を二つテーブルに出す。


「寝る前に食べようぜ」


「うん、お腹空いた」


 柊はベッドから体を起こして、カーペットに降りてきた。二人で手を合わせてから、「いただきます」と声を合わせる。彼女と同時に割り箸を割って、麺をすするだけの時間が流れる。


「ん、美味しい」


「それは良かった。嫌いな食べ物とか入ってなかったか?」


「うん、嫌いな食べ物は納豆くらいだから」


「納豆嫌いだっんだな。覚えておくわ」


 柊の顔を見て、確かに納豆は食べなそうだよなと思った。

 俺は麺をズルズルとすすり、柊はチュルチュルとすする。


「あ、飲み物持ってくるか?」


「じゃあ、お願いします」


「水か麦茶かグレープのソーダ。どれがいい」


「麦茶をそのまま」


 麦茶をそのままってなんだ。柊の中では麦茶は何かで割るものなのだろうか。ともかく、普通の麦茶を持ってくればいいのだろう。

 麦茶を二つ持ってテーブルに戻ると、柊は「ありがと」と言ってグラスを受け取った。俺も自分の席に戻って、食事を再開する。


「今日も暇だったのか?」


「いつも暇」


「家でスマホとかあんまりいじらないって言ってたもんな」


「うん、ベッドで寝てるだけ」


「そりゃあ暇になっちまうよなあ」


 最初は物静かで口数が少ない柊と何を話して良いのかが分からなかったが、今ではこうやってスムーズに話が出来るようになった。

 会話をしながらの食事も終わり、柊はベッドの上で横になった。俺はベッドを背もたれにしながらスマホをいじり、ゆったりとした時間が流れていた。


「ねえ湊」


「どうした?」


 声が掛かった方を振り向いてみると、ベッドで横になっている柊の顔が目の前にあった。


「うお、びっくりしたー」


 あまりの顔の近さに驚いて、思わず柊から距離を取った。


「なんでびっくりしたの?」


 柊は目を丸くさせて、ちょこんと首を傾げている。


「か、顔が近かったからです」


「そっか」


「びっくりしないか?」


「特には」


「そうですか……」


 そもそも柊がびっくりすることなんてあるのだろうか。きっとそんなことがあれば、感情が分からなくて困ることはないか。


「で、どうした?」


 名前を呼ばれていたことを思い出して問うと、柊はふるふると首を振った。


「なんでもない」


「あれ、さっき名前呼んだよな」


「呼んだ」


「それなら用があったんじゃないか?」


「ううん、呼んでみただけ」


 なんだそれ、めちゃくちゃ可愛いだろ。あまりの可愛さに俺の口からは気の利いた言葉が何も出てこなく、柊と目を合わせるだけの時間が流れる。


「そ、そうか……」


 結局それくらいしか言えずに、多少の後悔が残った。


「うん、ごめんね」


 その彼女の小さな声に、胸がギュッと締めつけられた。きっと柊は俺に興味を持ってくれただけなのに、素っ気ない返事をしてしまったから、気分を害してしまったのかと思っているのだろう。好きな人に名前を呼ばれて、悪い気なんてするはずがないのに。


「なあ柊」


 仕返しと言わんばかりに名前を呼んでみせると、柊は目を大きく見開いた。青い瞳がキラキラと光っている。


「なに」


 いつもの無感情な声だが、少しだけ浮ついて聞こえたのは間違いじゃない。

 ここで「呼んだだけ」と言って仕返しをするのもいい。だけどせっかく名前を呼んで、せっかく目が合っているのだ。俺は柊に、伝えなきゃいけないことがある。


「俺たち、付き合ってみないか?」


 そんな言葉が意外にもするりと口から出てきた。

 柊と出会ってからずっと想っていたことを吐き出すと、柊はさらに目を大きく開いた。


「どうして?」


「それは、柊のことが好きだから」


「紬や愛梨は?」


「桜瀬も逢坂も好きだけど、その好きとは違うんだ。恋愛感情ってやつなんだけど」


 前に柊と話したときに、彼女は恋愛感情が分からないと言っていた。それでもどうにか伝わってくれと青い瞳を見て言うと、柊はベッドの上に座り直した。


「私に恋愛感情を持ってるってこと?」


「そ、そうなるな……」


 改めて言い直されると、ちょっとだけ照れくさい。だけどこんなところで引くわけにはいかない。


「だから、もしも柊が良かったらなんだけど……俺と付き合って欲しい」


 柊の目を真っ直ぐに見ながら、ありったけの勇気を振り絞って言う。あとはオーケーという返事を聞ければ……そう思っていたのだが……。


「私、そういうのよく分からない」


 柊は無表情のまま、首を傾げるのだった。

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