贅沢な感情

 ♡


 瑠愛の制服は無事に洗濯することが出来て、今はリビングに干している。明日の学校までには何とか乾いてくれるだろう。


 三人はお風呂に入り終わり、今はアタシの部屋で寝るまでの時間を過ごしていた。瑠愛は青色のパジャマを着ていて、愛梨ちゃんはピンク色のパジャマを着ている。二人の着用しているパジャマは、どちらもアタシが貸したものだ。

 お風呂上がりであるため、アタシこと桜瀬紬のシンボルマークであるサイドテールはほどいてある。


「瑠愛ー、ちゃんと髪は乾かしなよー」


「いや」


「せっかくそんな綺麗な髪持ってるんだから乾かしなさい!」


「めんどくさい」


 濡れた髪のままベッドに寝転がる瑠愛を強引に引きずり、ドライヤーで髪を乾かしていく。本当に綺麗な銀髪だ。ずっと見ていたいと心から思う。

 意地でも体を起こさない瑠愛を転がしながらドライヤーをかけ終えると、部屋が一気に静まり返る。


「はーい、終わり。これからは自分でもちゃんと乾かしなよー」


「ドライヤー持ってない」


「全くもう。美人な顔と綺麗な髪が泣いてるわ」


「全部私のものだもん」


 全くこの子は……と心の中でため息を吐く。子供のイヤイヤ期を目にする母親は、こんな気分になるのだろうか。


「紬せんぱーい。わたしの髪もドライヤーして下さいー」


 さっきまでスマホをいじっていた愛梨ちゃんが、ベッドの上にのそのそと上がってくる。彼女は化粧を落としているが、瞳はクリクリの二重瞼なうえに顔のパーツも整っている。普段の愛梨ちゃんも可愛いが、すっぴんの方が可愛いのでは? と思ってしまう。


「おー、いいよいいよー、じゃあアタシの前に座ってね。瑠愛みたいに寝ながらはドライヤーしづらいから」


「はーい」


 アタシの前に座った愛梨ちゃんの髪を、ドライヤーで乾かしていく。こちらも綺麗な金髪を持っている。けれども髪は傷んでいるようで、何本もの枝毛が見つかった。これだけ綺麗な金髪にするには、何回もブリーチをする必要があったのだろう。

 瑠愛と違ってドライヤーがかけやすかったので、愛梨ちゃんの髪はすぐに乾いた。ドライヤーの電源を切ると、部屋の中が静かになる。


「はーい、愛梨ちゃんも終わりー」


「ありがとうございます〜」


 こちらに顔を向けて笑顔を浮かべた愛梨ちゃん。こんなに礼儀正しくて愛嬌の良い後輩が出来て、とっても嬉しく思う。ほんとうに、屋上登校を始めてよかった。

 愛梨ちゃんも瑠愛と一緒になって、ベッドの上に寝転がる。こんなにアタシのベッドをぐちゃぐちゃにしてくれちゃって……。


「湊も来れば良かったのに」


 寝転がっていた瑠愛がポツリと呟いた。それを聞いた愛梨ちゃんは、「あははー」と苦笑いを浮かべた。


「さすがに女子の家に泊まるってなったら落ち着かないんですよ。紬先輩の親御さんも居ますし、男子は湊先輩だけになっちゃいますからね」


「そんなに気にするのかな」


「気にしますよー。男女って以外とそういうもんです。わたしが湊先輩の立場でも、きっと帰る選択肢を取ってたと思いますよ」


「そっか」


 納得して頷いた瑠愛の頭を、愛梨ちゃんが優しく撫でる。これでは先輩と後輩が逆だ。


「瑠愛は湊に来て欲しかったの?」


 足元で寝転がる瑠愛に尋ねると、彼女はコクリと頷いた。


「来て欲しかった」


 その正直な言葉を聞いた愛梨ちゃんは体を起こして正座をすると、瑠愛のことを見下ろした。


「おお……瑠愛先輩、もしかしなくても湊先輩のこと好きですよね」


「うん、好き」


 瑠愛の口から「好き」という単語が出てきた瞬間、心にズキリと痛みが走る。もうアタシは振られたんだから、諦めなきゃいけないのに。


「それって恋愛としての好き?」


 ちょっと意地悪な質問をしている。瑠愛が恋愛感情を理解していないことは分かっているのに。ほんとにアタシって性格が悪い。


「分からない。けど、紬と愛梨に向けての好きとは違う気がする」


 瑠愛はそう言いながら、正座をしている愛梨ちゃんの膝に頭を乗せた。そんな瑠愛のことを見て、愛梨ちゃんは「おぉ……」と唸り声を上げた。


「瑠愛先輩……それってもう恋してますよね」


「そうなのかな?」


「そうですよー。多分それが恋愛感情なんですよ。まあわたしは恋なんてしたことないですけどね」


「私も難しいことは分かんない」


「難しいですよねー、恋って」


 膝に乗っている瑠愛の頭を撫でる愛梨ちゃんは、ニコニコと笑っている。


「そっかー、瑠愛もついに恋しちゃったかー」


 自分の感情がひとつも分からなかった瑠愛が、段々と気持ちの変化を分かるようになっている。それもこれも、湊が屋上登校を始めてからだ。もしも湊と瑠愛が付き合うことになったら……悔しいけど、それが湊と瑠愛が幸せになるための最適案なのかもしれない。


「まだピンと来てないけどね」


 無表情のままにこちらを見ている瑠愛の瞳に、心臓がドキリと跳ねる。

 きっとこのまま湊と同じ時間を過ごしていれば、自分の感情はもちろんのこと、『愛してる』の感情も覚えてしまうのではないだろうか。アタシも感じたことのない、贅沢な感情を。


「ほんと、敵わないなぁ」


 誰にも聞こえないくらいの声で呟くと、瑠愛はキョトンとした顔のまま首を傾げた。そんな彼女がとても可愛くて、泣きたくなる。


「よし、今日はそろそろ寝ようか! ほらほらー、みんな同じベッドで寝るよー」


 笑顔を作りながら瑠愛と愛梨ちゃんの頭を撫でて、二人を抱き寄せる。ギュッと力を込めると、二人ともハグを返してくれた。パジャマだけしか着ていないので、二人の柔らかさや温かさが布越しに伝わってくる。

 それだけで心がフワッと軽くなり、その温かさに安心する。


「頑張ってね、瑠愛」


 瑠愛と額を擦り合わせながら応援してみせるも、彼女はポカンとした顔を浮かべるだけだった。


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