贅沢な感情
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瑠愛の制服は無事に洗濯することが出来て、今はリビングに干している。明日の学校までには何とか乾いてくれるだろう。
三人はお風呂に入り終わり、今はアタシの部屋で寝るまでの時間を過ごしていた。瑠愛は青色のパジャマを着ていて、愛梨ちゃんはピンク色のパジャマを着ている。二人の着用しているパジャマは、どちらもアタシが貸したものだ。
お風呂上がりであるため、アタシこと桜瀬紬のシンボルマークであるサイドテールはほどいてある。
「瑠愛ー、ちゃんと髪は乾かしなよー」
「いや」
「せっかくそんな綺麗な髪持ってるんだから乾かしなさい!」
「めんどくさい」
濡れた髪のままベッドに寝転がる瑠愛を強引に引きずり、ドライヤーで髪を乾かしていく。本当に綺麗な銀髪だ。ずっと見ていたいと心から思う。
意地でも体を起こさない瑠愛を転がしながらドライヤーをかけ終えると、部屋が一気に静まり返る。
「はーい、終わり。これからは自分でもちゃんと乾かしなよー」
「ドライヤー持ってない」
「全くもう。美人な顔と綺麗な髪が泣いてるわ」
「全部私のものだもん」
全くこの子は……と心の中でため息を吐く。子供のイヤイヤ期を目にする母親は、こんな気分になるのだろうか。
「紬せんぱーい。わたしの髪もドライヤーして下さいー」
さっきまでスマホをいじっていた愛梨ちゃんが、ベッドの上にのそのそと上がってくる。彼女は化粧を落としているが、瞳はクリクリの二重瞼なうえに顔のパーツも整っている。普段の愛梨ちゃんも可愛いが、すっぴんの方が可愛いのでは? と思ってしまう。
「おー、いいよいいよー、じゃあアタシの前に座ってね。瑠愛みたいに寝ながらはドライヤーしづらいから」
「はーい」
アタシの前に座った愛梨ちゃんの髪を、ドライヤーで乾かしていく。こちらも綺麗な金髪を持っている。けれども髪は傷んでいるようで、何本もの枝毛が見つかった。これだけ綺麗な金髪にするには、何回もブリーチをする必要があったのだろう。
瑠愛と違ってドライヤーがかけやすかったので、愛梨ちゃんの髪はすぐに乾いた。ドライヤーの電源を切ると、部屋の中が静かになる。
「はーい、愛梨ちゃんも終わりー」
「ありがとうございます〜」
こちらに顔を向けて笑顔を浮かべた愛梨ちゃん。こんなに礼儀正しくて愛嬌の良い後輩が出来て、とっても嬉しく思う。ほんとうに、屋上登校を始めてよかった。
愛梨ちゃんも瑠愛と一緒になって、ベッドの上に寝転がる。こんなにアタシのベッドをぐちゃぐちゃにしてくれちゃって……。
「湊も来れば良かったのに」
寝転がっていた瑠愛がポツリと呟いた。それを聞いた愛梨ちゃんは、「あははー」と苦笑いを浮かべた。
「さすがに女子の家に泊まるってなったら落ち着かないんですよ。紬先輩の親御さんも居ますし、男子は湊先輩だけになっちゃいますからね」
「そんなに気にするのかな」
「気にしますよー。男女って以外とそういうもんです。わたしが湊先輩の立場でも、きっと帰る選択肢を取ってたと思いますよ」
「そっか」
納得して頷いた瑠愛の頭を、愛梨ちゃんが優しく撫でる。これでは先輩と後輩が逆だ。
「瑠愛は湊に来て欲しかったの?」
足元で寝転がる瑠愛に尋ねると、彼女はコクリと頷いた。
「来て欲しかった」
その正直な言葉を聞いた愛梨ちゃんは体を起こして正座をすると、瑠愛のことを見下ろした。
「おお……瑠愛先輩、もしかしなくても湊先輩のこと好きですよね」
「うん、好き」
瑠愛の口から「好き」という単語が出てきた瞬間、心にズキリと痛みが走る。もうアタシは振られたんだから、諦めなきゃいけないのに。
「それって恋愛としての好き?」
ちょっと意地悪な質問をしている。瑠愛が恋愛感情を理解していないことは分かっているのに。ほんとにアタシって性格が悪い。
「分からない。けど、紬と愛梨に向けての好きとは違う気がする」
瑠愛はそう言いながら、正座をしている愛梨ちゃんの膝に頭を乗せた。そんな瑠愛のことを見て、愛梨ちゃんは「おぉ……」と唸り声を上げた。
「瑠愛先輩……それってもう恋してますよね」
「そうなのかな?」
「そうですよー。多分それが恋愛感情なんですよ。まあわたしは恋なんてしたことないですけどね」
「私も難しいことは分かんない」
「難しいですよねー、恋って」
膝に乗っている瑠愛の頭を撫でる愛梨ちゃんは、ニコニコと笑っている。
「そっかー、瑠愛もついに恋しちゃったかー」
自分の感情がひとつも分からなかった瑠愛が、段々と気持ちの変化を分かるようになっている。それもこれも、湊が屋上登校を始めてからだ。もしも湊と瑠愛が付き合うことになったら……悔しいけど、それが湊と瑠愛が幸せになるための最適案なのかもしれない。
「まだピンと来てないけどね」
無表情のままにこちらを見ている瑠愛の瞳に、心臓がドキリと跳ねる。
きっとこのまま湊と同じ時間を過ごしていれば、自分の感情はもちろんのこと、『愛してる』の感情も覚えてしまうのではないだろうか。アタシも感じたことのない、贅沢な感情を。
「ほんと、敵わないなぁ」
誰にも聞こえないくらいの声で呟くと、瑠愛はキョトンとした顔のまま首を傾げた。そんな彼女がとても可愛くて、泣きたくなる。
「よし、今日はそろそろ寝ようか! ほらほらー、みんな同じベッドで寝るよー」
笑顔を作りながら瑠愛と愛梨ちゃんの頭を撫でて、二人を抱き寄せる。ギュッと力を込めると、二人ともハグを返してくれた。パジャマだけしか着ていないので、二人の柔らかさや温かさが布越しに伝わってくる。
それだけで心がフワッと軽くなり、その温かさに安心する。
「頑張ってね、瑠愛」
瑠愛と額を擦り合わせながら応援してみせるも、彼女はポカンとした顔を浮かべるだけだった。
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