複雑だけど応援してるよ

 皆が勉強を終えるまで、柊は起きなかった。

 そろそろ夕飯を食べに行こうという話になり、家を出る時に柊を起こしてあげると、彼女は無表情のまま「やっちゃった」と口にした。それがとても可愛く思えたので、あとで勉強を教えてやることにする。


 ファミレスで夕飯を終えた四人は、コンビニで買ったアイスを片手に夜の小さな公園に居た。公園の中には滑り台とブランコしか遊具がなく、俺たち以外に人の姿はない。


「は〜、夏の夜って涼しくていいよね〜」


 バニラのソフトクリームを食べている桜瀬は、ベンチに腰を掛けながら足をブラブラとさせている。ちなみに彼女の隣に座っている俺は、ソーダ味の棒アイスであるバリバリ君を食べている。


「分かる。冬だったら夜に外出てアイスなんか食えたもんじゃないもんな」


「そんなことしたら凍えちゃうよ。確実に風邪ひく」


「でも冬に家の中で食べるアイスも最高じゃないか?」


「たしかにそれはあるねー。もうそうなってくると夏でも冬でもどっちでもいい。というかどっちもがいい」


「さすが欲張りだな」


「さすがってなによさすがって」


 そんな会話をしている俺と桜瀬の視線の先には、ソフトクリームを片手に滑り台に上っている柊と逢坂の姿がある。彼女たちは滑り台の上で会話をしているようで、逢坂はニコニコとしていて楽しそうだ。


「逢坂って柊にめちゃくちゃ懐いてるよな」


 今も逢坂は柊にベタベタとくっついていて、犬が飼い主にしっぽを振っているようにも見える。


「まあねー。瑠愛ってそういう力があるからなあ」


「そういう力?」


「なんというか……瑠愛ってあんまり喋らないし何考えてるか分からないしちょっと常識が抜けてるじゃない?」


「それだけを聞くとヤバい人だな……」


「でしょ? だけど何故か瑠愛に惹かれない?」


 桜瀬は俺の顔を覗き込みながら、首を傾げた。


「めちゃくちゃ惹かれるな……」


 これは恋愛感情としての『惹かれる』ではない。言葉には出来ないが、柊には人を惹き寄せる力があるのだ。そうして惹き寄せられた人は、柊の魅力にずぶずぶとハマって抜け出せなくなる。まるで甘い香りで蝶を誘う食虫植物のように。


「アタシも最初は変わった子だなーって思ってたんだけど、いつの間にか目が離せなくなっちゃったのよね」


「桜瀬も柊と仲良いもんな。姉妹みたいに見えてたよ」


「お、嬉しいこと言ってくれるねー」


 ニヤニヤとした桜瀬は、小さな口でソフトクリームをパクリと食べた。この調子では食べ終わるまでにかなりの時間がかかりそうだ。


「それにしても不思議な力だな。人をあれだけ惹きつけるっていうのも」


「あら、湊も持ってるよ?」


「は? 俺が?」


「うん、愛梨ちゃんは分からないけど、アタシも瑠愛もひな先輩も湊に惹きつけられてたんだよ?」


「ひな先輩もか?」


「当たり前でしょ。でなきゃ恋人でもない男子とキスなんてしないわよ」


「……たしかに」


 ひな先輩の卒業式を思い出しながら、滑り台の方を見る。柊と逢坂は未だに滑り台の上に居て、どちらかが滑り始める気配なんて微塵もない。


「でもって不思議な力を持ってる瑠愛も惹き寄せたわけじゃない?」


「まあ柊の場合は恋愛感情かどうかは怪しいけどな」


「そうなのよねー。あの子の場合、本当に興味だけでキスしたり甘えたりしてる可能性がある」


 柊は感情が表に出てこない。だから彼女が何を思っているのかを判断するのは、とても難しいのだ。


「でもそれが興味なのか本当の恋愛感情なのかを知るには、湊が頑張るしかないんだよ」


「そう……だよな……」


 桜瀬は俺の顔から目を離して、滑り台の方を向いた。彼女の目には、柊の姿が映っていることだろう。


「きっとこのままずるずると過ごして行っても、瑠愛が恋愛感情に気付く日は来ないよ」


「自分の感情が分からないんだから、恋愛感情なんてもっと分からないだろうなあ」


 滑り台の上では、逢坂が今から滑ろうとしているところだった。そんな逢坂のことを、柊は興味津々な目で見ている。


「だからさ、湊にその気があるなら、湊の方から行ってあげて欲しいの」


 桜瀬がこちらを向いたのが横目で見えたので、俺も彼女の顔を見る。そこにあった彼女の顔は、どこか複雑な表情を浮かべていた。


「ああ、そのつもりだ。多分──いや、絶対に近いうちには告白しようと思ってる」


 そう言ってみせると、桜瀬は一瞬だけ目を見開いたあと、安心したように頬を緩ませた。


「そっか……うん、頑張ってね。応援してる」


「ありがとな。結果が分かったら、桜瀬にはすぐに連絡するから」


「あはは、楽しみにしてるね」


 桜瀬が笑ってくれたのを見て、俺も胸を撫で下ろした。


「ねえ、紬」


 俺と桜瀬が顔を合わせていると、柊の声が聞こえてきた。声のした方を振り向くと、そこには苦笑いを浮かべる逢坂といつもの無表情を浮かべる柊が立っていた。一番に目を引いたのは、柊のスカートにべったりとこびり付いた白い液体だった。


「ちょっと瑠愛!? その白いのどうしたの!?」


 慌てて腰を上げた桜瀬は、柊のスカートに飛びついた。


「ソフトクリームを手に持って滑り台を滑ったら、こぼしちゃった」


「ちょっとぉ……明日も学校あるのよ?」


「洗濯すれば落ちる」


「誰が洗濯するの? 瑠愛、制服の洗濯出来ないわよね?」


「うん、だから紬にしてもらおうと思って」


 桜瀬は「まったく……」と母親のような反応をしながら立ち上がると、ポケットからスマホを取り出していじり始めた。


「じゃあ瑠愛は今日ウチに泊まっていきなさい。その間にお母さんが洗ってくれると思うから」


「うん、よろしくお願いします」


 どうやら柊は桜瀬の家に泊まっていくことが確定したようだ。


「えー、いいなー、わたしも紬先輩のおうちに泊まりたいですー」


「おー、愛梨ちゃんも泊まってく? アタシは全然いいけど、お父さんとお母さんにちゃんと許可取ってね」


「はい! 分かりました!」


 表情をパーッと明るくさせると、逢坂は急いでポケットからスマホを取りだした。


「湊はどうする? ウチくる?」


 目を丸くさせて首を傾げる桜瀬。

 美少女たちのお泊まり会の中に、俺が混ざってもいいものなのだろうか。いや、きっとあまり良いものではない。


「いや、俺は帰るわ」


 そう思って、首を横に振った。


「そっか。了解〜」


 桜瀬は引き留めようともせず、納得したように頷いてくれた。きっとこれがひな先輩だったら、駄々をこねられていたところだ。


 そんなこんなで、逢坂も桜瀬の家に泊まっていくことが決まった。柊のスカートは桜瀬による緊急措置が取られ、俺は三人に見送られながら一人で駅に向かうこととなった。


 女子の三人でどんな話をするのだろうか。それを考えてみたが、ちょっとだけ怖くなったりもしたので、違うことを考えながら家までの道のりを歩いた。

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