室内は凍りつく
桜瀬の部屋に入ると、女の子らしい内装で驚いた。
白とピンク色がベースのベッドには、テディベアのぬいぐるみがいくつか並べられている。カーペットの色も白やピンクで統一されていて、本棚には少女漫画が並んでいた。
「そこら辺に適当に座っちゃって」
桜瀬がそう言うと、柊は誰よりも早くベッドへと飛び込んだ。その勢いでスカートの中が見えそうになるが、ギリギリ見えずに一人で悔しさを噛みしめる。
柊以外の三人は丸い机を囲うようにして、カーペットの上に腰を下ろした。
「紬先輩のお部屋可愛いですね〜。あ、これ紬先輩の小さい頃の写真ですか?」
部屋をキョロキョロと見回すと、逢坂は棚に飾ってあった写真立てを指さした。
「そうそう。確か小学校の入学式の写真かな」
「わー、ちゃんとその時の写真飾ってるんですね。手に取って見ていいですか?」
「いいけど恥ずかしいなー」
「大丈夫ですよ。きっと紬先輩は昔から美人さんです」
照れたようにはにかむ桜瀬だが、逢坂はその場から腰を上げて棚に置いてあった写真立てを手に取った。それを持って来て正座をした逢坂は、写真立てを皆が見えるようにと机の上に置いた。
「ほらー! めっちゃ可愛いじゃないですかー! やばー! 小学生バージョンの紬先輩可愛すぎるー!」
興奮したような逢坂の声に引き寄せられるように、俺も机に置かれた写真を見てみる。
写真立てに入っている一枚の写真には、『入学式』と書かれた立て看板の横で、満面の笑みを浮かべながらピースをしている小学生の頃の桜瀬の姿があった。髪型は今と変わらずサイドテールをしていて、顔もこの頃から整っていたらしくどこか面影が残っている。
「ずっとサイドテールだったんだな」
「ちょっとー、湊は感想それだけなのー? もっと褒めてもいいのよ?」
「なんというか、写真だけ見ると純粋で優しく育っていきそうだよな」
「その通りに育ってるじゃない」
「ははは、面白い冗談だ」
「あらそう。もしかして今日で死ななきゃいけない都合でもあるの?」
真顔のままに首を傾げる桜瀬に思わずチビりそうになる。
「じょ、冗談だって……今も昔も純粋で優しいに決まってるじゃないかよ……」
「そうよねー、優しすぎて困るくらいよねー」
笑顔でこちらに顔を近づける桜瀬に、俺は何度も力強く頷いてみせる。
「そりゃあもう。聖母マリア様も驚かれるくらいには優しいです……」
ちょっと冗談を言っただけなのに酷い目に遭った。冗談を言う相手は選ばなくてはいけないと、よい教訓になった。
すると俺と桜瀬のやり取りを見ていた逢坂が、吹き出したように声を上げて笑った。
「湊先輩と紬先輩ってめちゃくちゃ仲良いですよね。まるで付き合ってるみたいです」
逢坂が放った言葉は、部屋の中を一瞬で凍りつかせた。変な空気になっていることに気が付いたようで、逢坂は困惑したような表情をしながら俺と桜瀬の顔を交互に見ている。
「え、わたし何か変なこと言いました?」
うん、もちろん逢坂は何も悪くない。だって彼女にはまだ、俺が桜瀬を振ってしまったことを教えていないのだから。
しかし逢坂に掛けるべき言葉が見つからずに、俺は桜瀬の顔色を伺う。視線に気が付いた桜瀬はこちらを見ると、何かを決心したように一度だけコクリと頷いた。
「愛梨ちゃん。実は愛梨ちゃんに隠してたことがあるんだけど……」
「え、なんですか、めっちゃ怖いんですけど……」
真面目な顔をする桜瀬を見て、逢坂は背筋をすっと伸ばした。
それから桜瀬は逢坂に、俺に告白したが振られてしまったことを正直にこと細かく話した。俺は席を外そうかと思ったが、立ち去るのもどうかと思ったのでただただ黙って聞いていた。
「ほんっっっとうにごめんなさい! まさかそんなことがあったなんて思ってもいませんでした!」
桜瀬から話を聞いて、逢坂は正座をしたまま綺麗な土下座を決め込んだ。
「い、いいのいいの! だって隠してたアタシたちが悪いんだから! ねえ湊」
「そ、そうだな。俺たちが悪かったんだから頭上げてくれ」
俺と桜瀬がそう言うと、逢坂はゆっくりと頭を上げた。その表情はどこか落ち込んでいるようにも見える。
「まあこれでアタシもスッキリしたよ。ずっとこの話を愛梨ちゃんにする機会探してたから、ちょうどよかったんじゃないかな」
「でもぉ」
「いいから気にしない気にしない! もうこの話はここで終りにしよう!」
「……はい、分かりました」
目に見えて落ち込んでいる逢坂の肩を、桜瀬がポンポンと叩いた。
「よし、気を取り直して勉強しようか……って瑠愛?」
ベッドで寝転がっている柊へと、桜瀬が視線を向ける。それに釣られるようにして俺と逢坂も、柊へと視線を向ける。柊はベッドの上で猫のように体を丸めながら、すやすやと気持ち良さそうに寝ていた。
「寝ちゃいましたね。起こしますか?」
逢坂が首を傾げると、桜瀬は首を横に振った。
「いやいいかな。これだけ気持ち良さそうに寝られたら、起こすのが可哀想に思えてくる」
「それもそうですね。それじゃあこのまま勉強始めますか」
柊の寝顔を見て頬を緩ませた桜瀬と逢坂は、バッグから勉強道具を取り出した。
「本当に気持ち良さそうに寝るよな、柊って」
俺もボソリとそんなことを呟いてから、バッグの中に手を突っ込んだ。
それから程なくして、桜瀬ママが色とりどりのマカロンと紅茶を持ってきてくれた。あまり食べることのないマカロンをつまみ、さらには柊の寝息を聞きながら、俺たち三人は勉強を始めたのだった。
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