頑固VS頑固

 やっぱり休み明けは体が重いんだよなあと思いながら、階段を上り空き教室へと登校する。

 教室の中にテントが置いてある光景は、何度見ても違和感しかない。そんなテントの前には、つま先の色が青色をした上履きがあった。逢坂のものだ。


「入るぞー」


「あ、はいはーい」


 中から逢坂の返事が返ってきたので、上履きを脱いでテントのファスナーを開く。すると中には、寝転がって携帯ゲーム機で遊ぶ逢坂の姿があった。屋上登校を初めてほんの数ヶ月で、桜瀬や柊のダラダラっぷりが移ってしまったようだ。


「湊先輩、はよざいまーす」


「おう、おはよう」


 こちらに視線を向ける逢坂と朝の挨拶を交わしながら、いつもの定位置に腰を下ろす。


「逢坂だけか?」


「そりゃそうですよ。先輩、グループ見てませんね?」


「グループ? あいつらからメッセージ来てるのか」


「はい、五分くらい前に連絡ありましたよ」


 逢坂に言われてバッグにしまっていたスマホを取り出すと、桜瀬と柊からグループ宛にメッセージが届いていた。


『今起きたので今日は学校休みますー』と桜瀬からメッセージが。


『ベッドが離してくれないから寝ます』と柊からメッセージが送られていた。


「まあ、月曜日だからなあ」


 柊と桜瀬の休む理由なんて、大体が寝坊か二度寝のどちらかだ。もうこんな欠席理由を見るのにも慣れてしまった。


「湊先輩が来てくれて良かったです。危うく一人ぼっちになるところでした」


「俺はあんまり休まないから安心してくれ」


「へへ、頼りになります」


 寝転がっていた逢坂は体を起こすと、ゲーム機をカバンの中にしまった。そして腕を伸ばして、ググッと伸びをしている。


「っていうことは今日、わたしと先輩の二人きりですね」


 そう言われてようやく、今日は逢坂と二人きりなのだと気付いた。逢坂と二人きりなんて場面はこれまでに無かったので、ちょっとだけ緊張する。


「確かにそうだな」


「これまでに紬先輩とか瑠愛先輩とかと二人きりになったことってあるんですか?」


「二人ともあるな」


「じゃあもう慣れっこなんですね。なーんだ、じゃああんまり気にする必要ないですね」


「おう、気楽に過ごしててくれ」


 まあ、俺も緊張しているわけだが。ここは先輩としての見栄を張ることにした。

 今度はスマホを取り出した逢坂を見て、俺も文庫本を取り出す。そんなこんなで、俺と逢坂の二人きりな一日が始まったのだった。


 ☆


 一限目が始まって十分程が経過した。

 いつもは気にならないはずなのに、今日は寝転がって携帯ゲーム機をいじっている逢坂が気になって仕方がない。


「なあ逢坂」


「なんでしょう」


 画面から顔をあげた逢坂は、キョトンとした顔でこちらを見た。

 やばい。何を話そうか決めていないままに名前を呼んでしまった。なんでもいいから急いで話題を見つけなくては……。


「なんのゲームやってるんだ?」


 必死に頭を回転させた結果、そんな話題しか思いつかなかった。


「今はパケモンやってます。最近発売したやつです」


 そんな質問にも真面目に答えてくれる逢坂は、こちらに画面を見せてきた。

 そこには可愛らしいリスのようなモンスターが、黒色のドラゴンに立ち向かっている姿があった。


「パケモンかー。パケモンってよく分からないんだよな」


「めっちゃ面白いですよ。楽しみ方も人それぞれなので」


「そうなのか? 聞いた感じだと難しそうなゲームだけどな」


「そんなことないです。厳選をしなくても、充分に楽しめるゲームです。わたしは好きなパケモン縛りでストーリーを進めるのが好きなんですよぉ」


「よく分からないけど、楽しそうで何よりだ」


 自分から話を振っておいてなんだが、着いて行けなくなり話を終わらせてしまった。しかし逢坂は気にした素振りなんか全く見せず、近くにあったペットボトルを手に取るなり唇を尖らせた。


「あー、もうペットボトル空になっちゃったー」


 そう呟いた逢坂は寝転がったまま、俺の方をチラリと見た。


「先輩、一緒に自販機行きません?」


「一緒にか? まあいいけど」


「やったー。じゃあちょっと準備しますね」


 足の反動を使って起き上がった逢坂は、バッグをゴソゴソと漁りピンク色の財布を取り出した。


 ☆


 一階に設置されている自販機に到着した。夏だからか、自販機の中身は全てが冷たい飲み物だ。


「どれがいいんだ? 奢ってやるよ」


 自販機に並ぶ飲み物をまじまじと眺める逢坂に声を掛けると、彼女はこちらを振り向いた。


「え、いいですよ。わたしが誘った側なんで、むしろわたしが先輩の飲み物奢ります」


「後輩に飲み物を奢らせる訳にはいかないだろ。俺の面目のためにも奢られてくれ」


「いいやダメです。わたしが奢りますから飲み物選んで下さい。最初からそのつもりだったので」


 それからも奢る奢らないのやり取りは続いた。観念した様子の逢坂は、じゃあ自分の分は自分で買うということで。と強引に話を終わらせ、奢られないうちにと自販機に五百円玉を突っ込み、コーラのボタンを押した。しかも二回もだ。

 ガタゴトと音を立てて飲み物が落ちてくると、逢坂は取り出し口からペットボトルを二本取り出した。


「あー、間違って二本買っちゃったー。さすがにコーラ二本なんて飲めないなー。誰か心優しい先輩が飲んでくれないかなー」


 逢坂はわざとらしく小芝居をしながら、顔をニヤニヤとさせている。そんな彼女を見て、してやられたと思った。


「絶対にわざとだろ」


「わざとじゃないですよー。やだなー」


 逢坂はニコリと無邪気な笑顔を見せると、こちらにコーラの入ったペットボトルを差し出した。


「ということでこれ、先輩にあげちゃいます」


 俺の胸にペットボトルを押し付ける逢坂の表情は、完全に勝ち誇っている笑顔だった。


「次は絶対に俺が奢るからな」


「忘れてなかったらお願いします」


「絶対に忘れないぞ。明日奢るから飲み物は持ってこなくていいからな」


「先輩……めっちゃ頑固ですね」


「それはお互い様だと思うんだが」


 奢る奢らないの話でお互いに一歩も譲る気がなかったところを見るに、頑固なのはお互い様な気がする。逢坂もそれを思ったのか、クスリと笑いをこぼしてから、口を大きく開いて笑いだした。


「普通のクラスは授業中だから静かにな」


 彼女が笑っているところを見ていると、こちらまで自然と頬が緩んでくる。それを隠そうと「まったく」とため息を吐いてから、胸に押し当てられているペットボトルを受け取った。

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