意外な人物からの電話

 ようやく空き教室への登校にも慣れて、今日は何も予定のない土曜日。昼食としてカップラーメンも食べ終わり、さて何をしようかと考えていた時のことだ。スマホが心地の良い着信音を鳴らした。


「電話なんて珍しいな」


 一体誰からだろうと思いながらも画面を見ると、『推川ちゃん』と表示されていた。意外な人物からの電話だったので、無意識に「え」という声が口から漏れる。

 応答ボタンを押してから、スマホを耳に当てる。


「もしもし?」


『あ、もしもし佐野くん?』


「そうだけど……珍しいね、推川ちゃんから電話してくるなんて」


『ちょっと頼みたいことがあってね〜。今日って暇だったりする?』


 推川ちゃんから頼み事なんて珍しいな。普段は生徒のために色々と動いてくれているのを知っているので、頼み事には出来るだけ応えていきたい。


「ちょうど暇してたところだよ。頼み事ってなに?」


『物干しラックが壊れちゃってねえ。買いに行きたいんだけど、私の力じゃ家まで運べる自信がないから、男の子である佐野くんの力を借りたくて』


 それを言う推川ちゃんの声は、本当に申し訳なさそうだった。


「ということは……どこに行くの?」


『ホームセンターかなー』


「なるほど。ホームセンターなんかここら辺にあったっけ」


『さっき調べたら車で三十分くらいのところにあるらしいわよ』


「そうなんだ。それじゃあ推川ちゃんが車を出してくれるってことでいい?」


「うん、それで大丈夫。だから一時間後に学校の駐車場に待ち合わせにしない?」


 推川ちゃんに言われて時計へと視線を向けると、十三時を少し過ぎたところ。


「了解です。じゃあ一時間後にまた」


「はーい、よろしくねー」


 耳元に当てていたスマホを操作して通話を終了させると、現在時刻とともにロック画面が現れた。それを確認してから、スマホを机の上に置く。


「よし、準備するか」


 ボーッとしてればすぐに一時間なんて過ぎてしまう。出掛ける気分のうちに、外出するための準備を始めた。


 ☆


 学校の駐車場に到着すると、推川ちゃんは先に着いていた。すっかり見慣れた水色の車に乗り込み、ホームセンターを目指して車は出発した。


「今日はごめんねー、いきなり電話しちゃって」


 運転席に座る推川ちゃんは、前を見ながらそんなことを言った。こうやって推川ちゃんと二人でどこかへ行くなんて初めてなので、少しだけドキドキとしている。

 今日の推川ちゃんはオレンジ色のチュニックを着用していて、白色のパンツを履いている。さすがに夏場では厚手のパーカーは着ないようだ。


「いえいえ、全然大丈夫。なんなら暇だったし」


「そう言ってくれて嬉しいよー。いやー、まさか物干しラックが壊れるなんて思わないじゃない?」


「ほんとだよ。物干しラックが壊れるなんて初めて聞いた。なんで壊れちゃったの?」


 車内でそんな会話をしながら、俺はペットボトルに口をつけて麦茶を飲んだ。このお茶は推川ちゃんが買ってきてくれた物である。


「洗濯物を干してる時にね? ちょっとひと休みしようと思って物干しラックの竿の部分に体重かけたら、急にバキッて言ったの」


「あー、それは推川ちゃんが悪い」


「うそ!? だってもうちょっと頑丈だと思うじゃん」


「たしかにそうだけどねー」


「佐野くんの物干しラックはどう? 無事?」


「いや、まず物干しラックがないです」


「え、じゃあどうやって室内干ししてるの?」


「カーテンのレールとかにハンガーを掛けて干してるかな」


 今日も家を出る前にカーテンレールに洗濯物を干してきた。これは誰でもやってるのではと思っていたのだが、推川ちゃんは信じられないといった表情を浮かべている。


「なんか、男の子って感じね」


「柊もカーテンレールに干す派らしいけど」


「……まあ、柊ちゃんはね……あの子は無気力だから洗濯をしてるってだけで安心するよ」


「その気持ちはちょっと分かる」


 物干しラックから洗濯物の話に変わり、どんどんと盛り上がっていった。推川ちゃんと二人きりなのは初めてのことだが、全く気まずくなることなんてなく、あっという間にホームセンターへと到着した。


 ☆


 ホームセンターの中に入ると、独特な匂いが鼻をくすぐった。

 店員に物干しラックが置いてある場所まで案内してもらい、推川ちゃんはほんの数分で購入する商品を決めた。箱に入った物干しラックを俺が抱えるようにして持ち、二人でレジに並ぶ。


「たしかにこれは女の子の力じゃキツいですね」


 物干しラックは意外と重たく、俺でも気を抜くと落としてしまいそうだ。


「でしょー? 壊した物干しラックを畳んでる時に思ったんだよねー。これ一人じゃ運べないぞって」


「俺を頼って正解でしたね」


「それ、自分で言うんだ」


 こちらをみてくしゃりと笑った推川ちゃんを見て、ちょっとだけドキリとした。いつもは教師として見ていたが、今日は一緒にお出掛けをする大人のお姉さんだ。だからちょっとだけ緊張していたのかと、心の片隅で考えた。


「ホームセンター出たらどうするの?」


「出来れば私の部屋まで運んで欲しいんだよねー」


「全然いいですよ」


 推川ちゃんの家か。一体どんな部屋に住んでいるのか気になる。彼女の性格から予想すると、大好きなヒップホップの歌手などのポスターなんかが部屋中に貼ってありそうだ。


「佐野くんって私の家に来るの初めてだよね」


「行ったことないね。生徒で推川ちゃんの家に行ったことある人って居る?」


「もう生徒じゃないけど、ひなちゃんは何回かうちに来たね」


「へー、そうなんですね」


 やっぱり推川ちゃんとひな先輩は仲良いんだなあと思っていると、前に並んでいた人が会計を終えた。今度は俺たちが会計をして貰う番なので、箱に入った物干しラックを台に置く。


 無事に会計を済ませ、物干しラックを車の荷台に詰め込み、初めてとなる推川ちゃんの家に向かうのだった。

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