空き教室登校

 学校に到着して、いつもの屋上ではなく四階にある空き教室の前に到着した。

 四階には三年生の教室があるが、そこから離れた場所に空き教室はある。期末テストを受けた教室でもあったので、よく覚えている。


「ここか」


 空き教室の扉は使用感がなく、綺麗な印象を受ける。それに他の教室よりも大きいようで、四人ではスペースが大きく余ってしまいそうだ。

 いつもの癖で「入るぞ」と言いそうになるが、口から出る前に飲み込むことが出来た。少しの緊張感を覚えながら、引き戸となっている扉を開く。


「え」


 扉を開けた先にあった物を見て思わず声が出た。

 空き教室の中には、いつも屋上で見ているオレンジ色のテントがそのまま置いてあったのだ。

 意味が分からぬまま空き教室へと入ると、テントの前には上履きが三足並んでいた。間違いない、桜瀬と柊と逢坂のものだ。

 それに教室内にはエアコンが効いているようで、とても涼しい。


「入るぞー」


 今度こそ声を掛けると、テントの中からは「はーい」と桜瀬の声が聞こえてきた。

 テントのファスナーを開くと、肩を寄せ合って座る桜瀬と柊と、その近くで正座をしている逢坂の姿があった。


「おはよう湊」


「おはよ〜」


「先輩おはようございまーす」


 三人から挨拶をされながら、俺もテントの中に入りいつもの定位置に腰を下ろす。


「なあ、なんで空き教室の中にテントがあるんだ?」


 何となく桜瀬を見ながら問うと、彼女は首を傾げた。


「アタシに聞かれても分からないよ。どっかの先生達が運んでくれたんじゃない?」


「そうなのか。まあそれしか可能性はないよな」


 推川ちゃんが教師のお偉いさんたちに掛け合って、テントを空き教室に運ぶように指示をしたのだろうか。それとも教師たちが勘違いをして、空き教室にテントを運んだのだろうか。


「空き教室とは言え教室なんだからテントいらないですよね」


 正面に座る逢坂は苦笑いを浮かべながら、人差し指で頬をかいた。


「でも、テントの中だと安心する」


 ポツリと柊が言葉を落とすと、皆の視線が彼女へと集まる。


「それは分かる。なんかもう教室とかだと落ち着かないもんな」


「アタシも同感〜。期末テストの時とか落ち着かなかったもん」


「え、テストの時ってテントの中じゃないんですか?」


 逢坂は目を丸くさせながら、首を傾げた。


「期末テストはこの空き教室でやるの。ちゃんと机を横に並べて、皆で一斉に始めるんだよ」


「へー、そうなんですね。机とか久しく座った覚えないです」


「あはは、屋上登校してるとそうなるよねー」


 逢坂の問いに桜瀬が笑顔で答えていると、テントのドアがジジジと音を立てて開いた。


「おはよー、みんな揃ってるわね」


 白衣姿の推川ちゃんはテントの中へと入ってくると、ドアを閉めてからその場で足を崩して座った。


「ねえ推川ちゃん、なんで空き教室にテントを設置したの?」


 全員が思っていた疑問を推川ちゃんへとぶつけてみると、彼女はキョトンとした顔を浮かべた。


「だってみんな、机で四限まで自習しろって言われても出来ないでしょ?」


 ごもっともなことを言う推川ちゃんに、四人全員がコクコクと頷いた。


「さすが推川ちゃん、俺らのことをよく分かってる」


「机は無理〜。学校には寝転がってスマホを見に来てるんだから」


「机でも寝ていいなら」


「わたしも机は嫌かもですー。テントの中で伸び伸びと生活してたーい」


 四人が好き勝手にものを言うと、屋上登校という環境がどれだけ緩いのかが改めて分かった。そんな俺たちの声を聞いた推川ちゃんは、「あはは」と苦笑いを浮かべた。


「一応ここは学校だからね? 勉強しに来てるってことを忘れないように。自習中にスマホを眺めるのは校則的に微妙だけど……勉強に関することを調べてたのよね?」


 桜瀬は肩をビクリとさせると、無言のまま首をブンブンと縦に振った。

 自習中にスマホをいじることはダメだったのか。うっかり口を滑らせた桜瀬の手には、大事そうにスマホが握られていた。

 推川ちゃんは「全くもう」と言って、ため息を吐いた。


「それにずっと椅子に座ってるのって意外と体に悪いのよ。だからそれを考慮して、ゴロゴロと過ごせるテントがいいかなって」


「え、ずっと椅子に座ってると体に悪いんだ」と逢坂が反応した。


「そうよー。中でも腰に結構ダメージくるからね。みんなはまだ分からないだろうけど、腰をやっちゃうとまともに動けなくなるのよ。腰ってそれくらい大切なの」


 淡々とそんなことを語る推川ちゃんは、今までで一番教師らしく見えた。

 四人が「へー」と反応すると、推川ちゃんは照れたように微笑んだ。


「こう見えても保健室の先生だからね、たまにはこういうことも言ってみてもいいじゃない。ということで、今から出欠確認していくよー」


 ポケットからメモ帳を取り出した推川ちゃんは、普段通り出欠確認を始めた。


 こうして今日から涼しくなるまでの間だけ、空き教室での学校生活が始まるのだった。といってもテントの中で過ごすことは変わらないので、特に俺らの生活は変わらないはずである。

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