第六章 好きなのかも

一番好きな先生

 すっかり季節は夏になり、着慣れていたブレザーの制服からワイシャツへと衣替えをする季節となった。それに伴いズボンもチェック柄の薄い生地となり、女子の履いているスカートもチェック柄になっていた。


 学校に行くための準備を進めていると、スマホに一件のメッセージが入った。送り主は桜瀬のようで、屋上登校をしているグループ宛に送られていた。


『今日から屋上じゃなくて四階の空き教室に登校すること!』


 それだけが桜瀬から送られて来ていた。

 普通ならば頭の中にクエスチョンマークが浮かび上がる文面だが、こうなったのにも理由がある。


 ☆


 これは昨日の出来事だ。

 いつも通り屋上へと登校すると、テントの前に夏服姿の柊と桜瀬が立っていた。


「おはよう二人とも、中に入らないのか?」


 二人に近寄って尋ねると、桜瀬は苦笑いをしながらテントの中を指さした。


「中、入ってみて」


「お、おう」


 言われるがままに上履きを脱いでテントの中へと入ってみる。その瞬間にモワッとした熱気が全身を包み込む。なんだこれ、これではまるでサウナではないか。数秒も中に居られずに、テントから出る。


「どうだった?」「四限まで居れる?」


 柊と桜瀬が同時に首を傾げた。そんな二人の隣に立ち、俺は首を横に振る。


「これは無理だろ……暑すぎる」


「だよね」「分かる」


 桜瀬と柊が同時に頷いたのを見てから、テントへと視線を向ける。


「そっかー、夏になるとテントの中は暑くなるのか」


 冬は毛布があったので難なくテントの中で生活することが出来ていたから、夏になるとどうなってしまうのかなんて想像したこともなかった。考えてみれば分かる話だ。夏になればテントの中は、サウナに早変わりになる。昨日までは何とも無かったというのに、気候というのは気まぐれで困る。


「そうなんだよねー、去年も暑かったから」


「去年はどうしたんだ? まさか暑さを我慢しながらこの中に入ってたのか?」


「そんなはずないでしょ。去年はアタシと瑠愛とひな先輩の三人で空き教室に避難してたのよ」


「そりゃあそうか。こんなサウナ状態のテントに居たら熱中症で倒れちゃうもんな。それで、空き教室を使うには教師たちの許可が必要だよな?」


「そう。ということで今から保健室に行きます」


「推川ちゃんに相談するんだな」


「そういうこと〜」


 桜瀬は人差し指を立ててそう言うと、テントのファスナーを閉めて校舎に戻るために歩き出す。桜瀬に着いていく形で、俺と柊も歩き出す。


「逢坂にも連絡しなきゃな」


「愛梨には私から連絡しておく」


 隣を歩いている柊はバッグからスマホを取り出して、手早く逢坂へとメッセージを送った。



 保健室には既に推川ちゃんと逢坂が居たので、二人にテントがサウナ状態になっていることを伝えた。


「なるほどねぇ、今年もそんな季節が来たかー」


 椅子に座っている推川ちゃんは、コーヒーの入ったマグカップを片手にしみじみとした声を漏らした。推川ちゃんを囲むようにして、俺たち四人は立っている。


「これからどうすればいいかな。また空き教室に登校する感じでいい?」


 桜瀬が俺たちを代表して、推川ちゃんと話している。


「そうねぇ……空き教室を使うにはお偉い先生の許可を貰わなくちゃいけないから、まだなんとも言えないけれど」


 生徒たちの視線を受けながら「うーん」と唸った推川ちゃんは、マグカップを机に置いて手をポンと叩いた。


「よし分かった。今日は四限まで保健室に居ても大丈夫よ。明日から登校する場所は、私が何とかしておくから。あなた達は何も心配しなくても大丈夫だからね」


 ニコリと微笑んだ推川ちゃんに、生徒の四人はホッと胸を撫で下ろした。歳も十個程しか変わらないのに、なんて心強さなのだろう。俺が今まで出会って来た先生の中でも、推川ちゃんは群を抜いて一番好きな先生だ。


 ☆


 昨日はそんな出来事があったのだ。

 改めて桜瀬から送信されたメッセージを見てみる。


『今日から屋上じゃなくて四階の空き教室に登校すること!』


 この文面から察するに、推川ちゃんが頑張って四階にある空き教室を手配してくれたのだろう。そして推川ちゃんから直々に連絡があった桜瀬が、こうして皆にメッセージを送信したというワケだ。

 会ったら推川ちゃんにお礼を言わなきゃいけないなあと思いながら、桜瀬のメッセージに返信をする。


『了解した』


 俺がメッセージを送信したと同時くらいに、柊と逢坂がスタンプで返信をした。柊は無料で配布されている熊のスタンプを。逢坂は課金しないと買えない、有名なネズミのキャラクターのスタンプを貼り付けていた。


「俺もスタンプにすればよかったかな」


 誰も居ない部屋で独り言をこぼして、床に置いてあったスクールバッグを肩にかける。

 空き教室ということなので、もしかしたら机で勉強する羽目になるかもしれないからと、一応学校で配られたテキスト類もバッグへと詰め込んだ。


「よし、忘れ物はないな」


 また独り言をこぼす。一人暮らしをしていると、自然と独り言が出てしまうものだ。

 身の回りを確認してから部屋を出る。しっかりと扉に鍵を掛けたのを確認して、夏の日差しを全身に浴びながら学校へと向かうのだった。

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