恋愛感情……じゃないか
ゴールデンウィーク最終日。
明日から学校が始まるということで、今日は家でのんびりとすることに決めた。
テレビではお昼のニュースが流れていて、窓の外を見れば青い空が広がっている。何の変哲もない昼下がりにも思えたが、俺の部屋にはひとつだけ変わった光景があった。
「ごちそうさまでした。美味しかった」
テーブルでサンドイッチを食べていた柊が、ベッドに寝転がっている俺の方を向いて手を合わせた。柊は白色のワンピースを着用していて、それが銀髪によく似合っていてとても美しい。ちなみに柊の食べていたサンドイッチは、俺の手作りだ。
「おそまつさまでした」
そう返事をすると、柊はサンドイッチの乗っていった皿を台所へと置きに行った。そんな柊の後ろ姿を見ながら、どうして彼女が部屋に居るのだったかと一時間前に記憶を巻き戻してみる。
確かあれは、昼食としてカップラーメンを食べていた時のことだ。
スマホがメッセージを受信した着信音を鳴らしたので画面を見てみると、普段はあまりSNSでやり取りをしない柊からだった。その珍しさに急いでメッセージを確認してみると、一文字だけが送られて来ていた。その文字というのは──。
『暇』
それだけの文面──いや、文字が送られてきていた。
それから何度かメッセージをやり取りすると、暇を持て余した柊が俺の家に遊びに来ることとなったのだ。でもまあ、俺も暇をしていたのでちょうどいい。
家に来た柊は昼食を取ってないと言っていたので、余っていた食パンやら具材でパパッとサンドイッチを作り、食べさせてやっていたのだ。
台所に皿を運び終えた柊が部屋へと戻ってくると、ベッドで寝ている俺の隣で寝転んだ。二人がベッドの上で仰向けになっている状況なうえ、肩が触れ合うくらいの距離に居る。
「あの、柊さん」
「なに」
「それはちょっと大胆ではないでしょうか……」
柊と部屋で二人きりと言うだけでもドキドキとしているのに、一緒に添い寝なんて俺の心臓が持たない。
「大胆?」
「分からないか」
「うん、分からない」
「じゃあ、いいんだ」
「そう?」
柊はこちらを向きながら目を丸くさせると、体をくるりと反転させてうつ伏せになった。それでも顔はこちらを向いて、ジッと俺のことを見ている。
「そんなに俺のことを見てて面白いか?」
「面白くはない」
その一言で、ちょっとだけショックを受けている自分が居る。
「じゃ、じゃあどうしてそんなに見てるんでしょうか……緊張するんですけど……」
「湊のこと見てると心が温かくなる……気がする」
今度はその一言で、俺の頭の中にはクエスチョンマークが浮かぶ。
「心が温かく? どういうことだ?」
「私にも分からない」
「桜瀬や逢坂を見た時には温かくならないのか?」
「うん、ならない。だから最近は、湊のこと目で追っちゃう」
心が温かくなるから目で追う……その現象を起こす正体に、一つだけ思い当たるものがあった。
「それってさ……その……好きってこととは違うのか……?」
自分で言っていて、もしかしたら自意識過剰なだけなのではと思った。だって目の前に居る柊は、ベッドに頬を擦り付けたままキョトンとした顔をしているのだ。
「好きって気持ちが分からない。けどきっと、湊も紬も愛梨も好き。あと推川ちゃんも」
「いやその、恋愛感情としての好きなのかなーと。自意識過剰ながら思わせて頂いたのですが」
「恋愛感情……?」
柊は目を丸くさせたまま、首を傾げた。やっぱり柊に恋愛感情はまだ早かったか。でもまあ、俺に対して悪い感情を持っていないと知れただけでも、収穫があったということにしておこう。
「混乱させてごめんな。今のは忘れてくれ」
「うん、分かった」
コクリと頷いた柊の頭を優しく撫でると、気持ち良さそうに目を細めた。いつも頭を撫でると見せてくれるこの表情が可愛いんだよなあと思いながら、俺はベッドから体を起こした。
「どこ行くの?」
「どこも行かないよ」
「そう、よかった」
柊は抑揚のない声で言うと、ゆっくりと目を閉じた。それから程なくして、彼女の口からは「すーすー」と寝息が聞こえてきた。
ワンピースを着た銀髪の少女がベッドで寝ているとどこかのお姫様みたいだなと思いながら、彼女に薄手の毛布を掛けてやった。
☆
「ん、うぅ……」
ベッドを背もたれにしてテレビを観ていると、後ろからガサゴソと柊が起き出す音が聞こえてきた。
窓の外はすっかり暗くなっていて、テレビに映る時間を確認すると『18時15分』の表示があった。十四時頃から寝ていたので、柊はがっつり四時間の昼寝をしていたことになる。
「おはよう、起きたか」
寝ていた柊の方を振り向いて声を掛けると、彼女は目を開いた。相変わらず青い瞳がとても綺麗だ。
「うん、おはよう」
まだ眠たそうな目を擦りながらゆっくりと体を起こして、柊はテレビに表示されてる時間を確認した。
「せっかく湊の家に来たのに、寝ちゃった」
「ははは、まあ家もそんなに遠くないしな。またいつでも遊びに来いよ」
「うん、ありがとう」
柊が腕を天井に向けて伸びをした時、彼女のお腹からキュルルルと可愛らしい音が鳴った。しかし柊はお腹が鳴ったのを隠そうとはせず、俺の目を真っ直ぐに見た。
「お腹減った」
お昼を食べて寝て、目が覚めてお腹が空いて。お腹が鳴っても隠そうともせず、気にした素振りも見せない。その全てが愛おしくて、思わず笑いがこぼれる。
「そうだな、どっか食べに行くか」
笑いながらそう言うと、柊は不思議そうな顔をこちらへと向けるのだった。
一緒にファミレスで夕飯を取ったあと、柊を家まで送り届け、自分の家に到着した時には二十時を過ぎていた。
柊が家に遊びに来てくれただけで良い一日になったなと思いながら、明日から始まる学校の準備を進めるのだった。
――第五章 完――
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