メンタルが化け物

 ゴールデンレトリバーのモモも無事に飼い主の元に帰れたことだし、何をしようかと五人で話し合ったところ、皆でバドミントンをすることになった。

 ラケットとシャトルは桜瀬が持ってきてくれたらしく、持ち主である彼女と俺の二人で推川ちゃんの車まで取りに行くことになった。

 推川ちゃんから車の鍵を受け取り、俺と桜瀬は歩き始めた。


「愛梨ちゃん、ピクニック楽しんでくれてるかな?」


 桜瀬はそう言いながら、俺の顔を覗き込んだ。相変わらず美形な顔立ちをしていて、太陽に照らされて光る唇の感触を俺は知っている。


「楽しんでるんじゃないか? 作ってきてくれた弁当も美味しい美味しいって食べてたし」


「そうかなー、それならいいんだけどー」


「まあまだまだ始まったばかりだし、これからだろ」


「そうだね、楽しんで貰わなきゃ」


 ピクニックをしたいと言い出したのは桜瀬で、新入りである逢坂と少しでも距離を縮めたかったのだと言う。もう充分過ぎるくらいには仲良くなった気がしていたが、逢坂が屋上登校を始めてまだ一週間程しか経っていない。

 そんなんでゴールデンウィークに突入したので、せっかくだから親睦会という意味もこめて遊ぼうという話になったのだ。


「愛梨ちゃんいい子だよね」


 歩く進行方向を向いた桜瀬は、そんなことを言った。


「そうだな。初めて常識人が入ってくれて嬉しいよ」


 冗談と本気を半分ずつ混ぜて言ってみると、桜瀬はこちらにジト目を向けた。うん、ちゃんと怖い。


「それ、どういうことかな〜?」


「何でもないっす」


「ふーん」


 桜瀬は納得していないといった表情を作りながら、俺の脇腹をグーで小突いた。それをきっかけに、俺たちの間に会話はなくなった。

 でもやはり気まずさなんてなく、こういう何も喋らない時間も心地いい。なんでだろうと考えてみたが、恐らくテントの中でも沈黙の時間が長いからだろう。


「ねえ湊」


 沈黙を破った桜瀬は、キョトンとした顔でこちらを見た。


「どうした?」


「最近、瑠愛と仲良くない? というかめちゃくちゃ懐かれてるよね」


「あー、それは俺も思う」


「何かあったの? 仲良くなるきっかけみたいなの」


 そう言われてもピンとくるものはない。気が付いた時には、柊にグッと距離を詰められていたのだ。


「それが俺もよく分からないんだよなー。絶対に何かしらのきっかけはあるんだろうけど」


「思い出してみてよ」


「そんな無茶な」


「湊なら出来るって」


「えぇ……まあちょっと考えてみるわ」


「うん、頑張れ」


 両手でガッツポーズを作る桜瀬を横目に、俺は顎に指を当てて考える。

 柊と距離が縮んだ日か……。過去へ過去へと思考を巡らせていると、とある出来事が思い当たった。


「仲良くなったというか、柊が駄々っ子みたいになったのは旅行に行った日かな」


「旅行の日からなんだー。それよりも過去に思い当たる節は?」


「うーん、旅行前でもたまにワガママだったけど、旅行で爆発した感じ」


「なるほどねぇ。旅行は色々とあったもんね」


 桜瀬からニンマリとした笑みを向けられて、俺は思わず目を逸らしてしまう。こいつはメンタル化け物か。


「っていうかさ、あれだけ瑠愛から好かれてるなら早く付き合っちゃって欲しいんだけど。じゃないとアタシが生殺しにされてる気分」


「そ、そうは言ってもなあ」


「湊に彼女が出来るまでは、アタシ諦めないよ? アンタのこと」


「うっ……はい……」


 それを本人に言ってしまうところを見ても、桜瀬は本当にメンタルが強いんだと思う。俺だったら絶対に言えない。


「今、ちゃんと返事したからね? それでズルズルと付き合いもしないでイチャイチャするだけだったら、また告白させて頂きます」


 桜瀬はそれだけを言うと、前を向いて歩き始めた。


「が、頑張ります」


 彼女の視線から逃れられたことにホッとしながら、俺も前を向いて歩き始める。


「愛梨ちゃんも惚れさせちゃったりしてね」


 風にかき消されそうなくらいの小声だったが、俺の耳にはしっかりと届いていた。でも聞こえなかったフリをすることに決めて、俺も前を向いて歩くことにした。


 ☆


 推川ちゃんの車に到着して、トランクからバドミントンのラケットを四本とシャトルを一本取った。

 ラケットを俺と桜瀬で二本ずつ持ちながら柊たちの元へと戻ると、三人はレジャーシートの上に座って談笑をしていた。


「お、湊先輩と紬先輩帰ってきた!」


 笑顔でこちらに手を振っている逢坂を見て、楽しんでいるようで安心する。その隣に座る柊は相変わらずの無表情だが、彼女の目から見える空は綺麗に映っているのだろうか。そんな二人の正面で足を崩して座る推川ちゃんは、馴染みすぎていて生徒に見えなくもない。


「お待たせみんな〜、それじゃあバドミントンはじめよっか──って言いたいところなんだけど、なんとラケットが四つしかないのです」


 レジャーシートの外で立ったまま、桜瀬は手に持っているラケットを見せながら言った。俺も桜瀬の隣に立ち、ラケットとシャトルを皆へと見せる。

 ラケットが四本しかないということは、誰かが余ってしまうことになる。どうやって遊べばいいのかと考えていると、推川ちゃんが手を挙げた。


「じゃあさ、生徒の四人が二人組になって、二人対二人で戦って、勝った方が私と決勝戦で戦えるってのはどう?」


 その提案に皆の視線が推川ちゃんへと集まる。


「え? それじゃあ推川ちゃんは誰と組むの?」


 俺が問いかけると、推川ちゃんは首を横に振った。


「私は一人で大丈夫よ。大学の時にバドミントンサークルに入ってたの」


 そんな陽キャみたいなサークルに入っていたのかと、推川ちゃんの新しい一面が伺えた。


「なるほどね、俺たち相手には負けないってことか」


「そういうこと〜。だから二対二で勝負して勝った方が、私と戦う権利を得られるってルールでいいんじゃない?」


 その問いに四人が賛成してみせると、その後すぐにルールも決まった。ラケットでシャトルを打ち合い、先に五回シャトルを地面に落としたチームが負けというルールだ。つまり五点先取をしたチームの勝利になる。


「私に勝って生徒チームが優勝出来たら、帰りにコンビニで全員に好きなお菓子買ってあげるよ」


 その一言で生徒の四人には火がついた。優勝商品として全員にお菓子なんて、熱くなるに決まっている。

 俺たちは熱くなった熱量そのまま、グッパーでチーム決めを行った。

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