付き合ってないんだよな
ゴールデンウィーク初日。俺は学校の駐車場にやって来た。
駐車場に入ってすぐに、見慣れた水色の車があった。推川ちゃんの車だ。その車に近付いてみると、運転席の窓が開いて推川ちゃんが顔を出した。
「佐野くん遅かったね。もうみんな揃ってるよ」
「まじすか」
「うん、佐野くんは助手席ね」
「はーい」
返事をしながら助手席に乗り込むと、嗅いだことのある芳香剤のいい匂いがした。
「湊おはよー」
「先輩おはようございます!」
「おはよ」
ドアを閉めるなり、後ろから三人の声が掛かった。後ろの席を振り返ってみると、柊を挟むようにして桜瀬と逢坂が笑顔でこちらを見ていた。
三人とも私服を着用していて、柊は桃色のニットにグリーンのロングスカート、桜瀬は白色のブラウスにベージュのロングスカート、逢坂はデニムジャケットを羽織りデニムパンツを着用している。そして今日も逢坂は、化粧をバッチリと決めている。
「三人ともおはよう、早かったな」
そう声を掛けてから前を向く。運転席に座る推川ちゃんは、水色のパーカーとワイドパンツを着用している。彼女はよくパーカーを着用しているので、推川ちゃんのコーデはなんとなく予想が出来ていた。
「それじゃあ向かうわよー。目的地まで約一時間、楽しく行こー」
そう言いながらエンジンを掛けた推川ちゃんに、桜瀬と逢坂が「おー!」と続いた。
こうして俺たちは、とある場所へと遊びに行くために推川ちゃんの車に揺られるのだった。
☆
「わー! 綺麗ー!」
辺り一面に青空と緑の芝生が広がっている景色を見て、桜瀬は嬉々とした声を上げた。
推川ちゃんの車に揺られること一時間程度で、目的地であった大きな公園に到着した。休日であるためか、周囲には沢山の家族やカップルの姿が見受けられる。ここで何をするのかというと──。
「推川ちゃん。レジャーシートここらへんに広げればいい?」
「うん、広いところならどこでもいいよー」
「了解っす」
推川ちゃんが持ってきてくれた大きなレジャーシートを芝生の上に敷いて、風に飛ばされないように四方をペグで留めたら準備完了だ。
もうお分かりだろう。今日はこの公園に、ピクニックをしに来たのである。
「やったー! アタシが一番乗り〜」
目に見えてはしゃいでいる桜瀬が、靴を脱いでレジャーシートの上に乗る。それをきっかけに、あとの四人もレジャーシートの上に乗った。高校生四人と大人一人が乗っても、まだスペースは余っている。
「うわやば。こんな大自然の中で瑠愛先輩と紬先輩の作ってきたご飯が食べられるんですね」
ピクニックと言えば弁当だろう。その弁当を作ってきてくれたのは、なんと柊と桜瀬なのである。二人は集合時間前に柊の家に集まり、弁当を作ってきてくれたのだという。
「この子達は料理が出来ちゃうからね。自慢の生徒たちよ」
「え、先輩たちが作ったご飯食べたことあるの?」
「あるわよー。去年は屋上登校してる生徒達に混じって旅行に行ったんだけど、その時に沢山作って貰っちゃった」
「えー! 旅行行ったんですか。いいなー、わたしも行きたーい」
キャラクターものの靴下を履いている足をバタバタとさせて、逢坂は俺の顔を見ながら駄々をこねた。
「推川ちゃんがまた連れていってくれるなら、俺もまた行きたいな」
色々と大変なことだらけの旅行だったが、また行きたいとは思う。そう思いながら推川ちゃんを見ると、彼女は「まったくもう」と口を尖らせた。
「そうやって佐野くんはすぐに私を足にするんだからー。まあ旅行は私も楽しかったから全然いいけどー」
「お、意外と乗り気だね」
「まあねー」
そんな推川ちゃんの反応を見て、逢坂は「やったー!」と素直に喜んだ。
「絶対に約束だよ推川ちゃん。湊先輩も」
改めて正座をした逢坂に、俺と推川ちゃんは「はいはい」と言葉を重ねた。
「はーい、準備出来たよー」
三人で旅行の話をしている間に、レジャーシートには重箱に入った食べ物の数々が並んでいた。おかずは数えただけでも十種類近くあり、その他にもサンドイッチやおにぎりが並んでいる。
「この量を二人で用意したんすか……?」
「そう、私と紬で頑張った」
「まじすか……どれくらい時間掛かったんですか」
「うーん、二時間くらい?」
「おわぁ……すげぇ……」
逢坂が仰々しく驚いてみせると、柊は「そう?」とキョトンとした顔を浮かべるのだった。
「よし、それじゃあ食べよっか! お腹空いちゃったし」
桜瀬はそう言って手を合わせた。そんな彼女を見て、俺たちも手を合わせる。皆が手を合わせたのを確認してから、「いただきます」と声を合わせた。
五人には紙皿や割り箸が配られ、好きなおかずを取って食べられるプチバイキング形式だ。
「んー! このトマトをベーコンで巻いてるのすごく美味しい! お酒に合いそう」
「あはは、推川ちゃんはすぐお酒飲むんだから」
「え、推川ちゃんお酒飲むんですか? めっちゃ大人」
「でも今日は飲んじゃダメだからね」
「今日は飲みませーん。みんなの帰る手段が無くなっちゃうからね」
推川ちゃんと桜瀬と逢坂がわいわいと盛り上がっているのを横目に見ながら、俺もおかずを取ろうと手を伸ばすと、目の前には色々なおかずが乗った紙皿が現れた。
「これ、湊のぶん」
声のした方に顔を向けてみると、隣に座っている柊と目が合った。紙皿をこちらに差し出していたのは、柊だったようだ。
「あ、取り分けてくれてたのか」
「うん、湊は特別に」
「特別に……」
色々と勘違いしてしまいそうな言い方だが、柊のことなので深い意味はないのだろう。
「ああ、ありがとう」
柊から差し出された紙皿を受け取ると、彼女は満足したように頷いた。そんな彼女は自分の食事に戻ったのかと思えば、シュウマイを箸で掴んで俺の口元に寄せた。
「食べさせてあげる、あーん」
いや、自分で食えるぞ。という言葉が喉まで出かかったが、すんでのところで飲み込んだ。
きっと柊は俺にシュウマイを食べさせるまで、「あーん」を止めようとはしないだろう。
「あ、ありがとう」
一応お礼を述べてから、大きく口を開く。すると口の中には、柊の箸で掴まれたシュウマイが放り込まれた。うん、肉厚で美味しい。
「めっちゃ美味しいな」
そう言ってみせると、柊は気が済んだのか自分の食事に取り掛かった。
「湊先輩、ほんとうに瑠愛先輩と付き合ってないんですよね?」
隣に座っている逢坂に小声で尋ねられ、俺は首を傾げながら彼女の顔を見た。
「俺、柊と付き合ってないよな?」
「いや知らんですよ」
最近になって付き合うとはなんだろうと、度々考えさせられるようになった。
「あーん」は何度もするし、間接キスだってするし、普通のキスだってした。その他にも色々なスキンシップを取った柊とは、本当にただの友達なのだろうか。
「ねえ、湊」
またも柊から声が掛けられ、彼女へと視線を向ける。銀髪を風になびかせながら、柊は小さな口を開いた。
「私にもあーんして」
そんな柊の姿を見て、俺と逢坂は目を合わせる。
「俺、柊と付き合ってないよな?」
「いやだから知りませんって」
金髪を風になびかせる逢坂はそう言うと、くしゃりとおかしそうに笑った。そんな彼女を見て、俺も思わず笑ってしまう。
手元の紙皿に乗っていたタコさんウィンナーを箸で挟んで、柊の口の中へと運んであげた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます