ギャルっぽいこと

 昨日は久しぶりに遊んだなあと思いながら、テントの中で朝の時間を過ごす。

 既にテントの中には柊が来ていて、俺にピタリとくっついてクッションを背もたれにして座っている。


「なあ柊」


「ん、なに」


「なんでこんなにピッタリくっついてるんだ?」


 今日は俺が一番先に登校してきた。その次に登校して来たのが柊だったのだが、彼女は荷物をいつもの場所に置くなり、俺と肩を合わせるようにして座ったのだ。


「紬が来るまでこうしてたい」


「寒いのか?」


「ううん、暖かい。春の今くらいの気温が好き」


「分かる。長袖でも半袖でもどっちでも良さそうなこの気温がいいよな」


「それはちょっと分からない」


「えぇ……」


 思わぬ所で裏切られて愕然としていると、柊は腕を伸ばしてグッと伸びをしながら「ふああ」とあくびをした。犬や猫を思わせるあくびだ。


「眠いのか?」


「うん、あんまり寝てない」


「珍しいな、どうしたんだ?」


「寝させてくれなかったの」


「えっ」


 まさか……まさか柊が彼氏を……?

 確かにこんな美少女に彼氏が居ないという方が不思議でならないが、一体どこの馬の骨なのか。


「愛梨にね」


 柊がポツリと落とした声で、俺のどんどんと広がっていく妄想は終わりを告げた。

 それでも柊の口から出てきた名前は、意外なものに思えた。


「え、逢坂と一緒に居たのか?」


「ううん、愛梨が電話掛けて来たの」


 しかも柊は逢坂のことを、呼び捨てで『愛梨』と呼んでいる。昨日までは逢坂に対して警戒心をあらわにしていた柊だったが、昨日の夜にどんなやり取りがあれば呼び捨てで呼ぶ仲になるのだろうか。


「どんな話したんだ?」


「仲良くなりたいって言われた」


「おお……なるほど」


 逢坂は柊に興味を持っているようだったので、思っていたことを直球に伝えたのだろう。


「それに対して柊はなんて返事をしたんだ?」


「私も仲良くなりたいって言った」


 どうやら柊も思っていたことを伝えられていたようだ。それを知ってホッと胸を撫で下ろしている自分が居た。

 そんな話をしていると、屋上の扉がバタンと閉まる音がした。それから程なくして、テントのファスナーがジジジと音を立てて開いた。


「はよざいまーす……って朝からくっつき過ぎじゃないすか? やっぱり付き合ってるんですか?」


 外から顔を出したのは、化粧をバッチリとしている逢坂だった。


「付き合ってはないぞ」


「だとしたら余計に謎なんですけどね」


 そう言いながらテントの中に足を踏み入れた逢坂は、俺と柊と向きい合わせになるようにして座った。


「噂をすれば、愛梨が来た」


 柊がボソリとこぼした言葉に、ポケットから取り出した手鏡を覗いている逢坂はピクリと反応した。


「わたしの噂してたんですか?」


「うん、してた」


「えー、どんな話ですかー?」


「昨日の電話の件」


「ピンと来ました。めっちゃ話しましたよね!」


 手鏡を片手に前のめりとなった逢坂は、尻尾を振る犬のようだ。


「おかげさまで」


 それに対して柊はドライとも思える反応だが、その声色はどこか弾んでいた。


「あ、瑠愛先輩。昨日わたしがやりたいって言ってたの……今からどうですか……?」


 逢坂は首を傾げながら、期待の眼差しを柊へと向けている。

 二人で何かをする約束でもしていたのだろうか。


「うん、いいよ」


 コクリと頷いた柊は、スカートを抑えながら立ち上がった。肩に感じていた彼女の体温が、ジワジワと消えていく。

 柊が立ち上がったのを見て、逢坂は嬉しそうに笑いながら腰を上げた。


「どこか行くのか?」


「うん、ちょっとお手洗いに」


 柊はそれだけを言うと、逢坂に案内されるようにしてテントから出て行った。

 そんな二人の後ろ姿を見て、やはり金髪と銀髪は目立つなあと思ったのだった。


 ☆


 桜瀬も登校して来て、二人で他愛もない話をしながら柊と逢坂の帰りを待つ。


「へぇー、瑠愛が愛梨ちゃんと仲良くなったのね。なんだか安心した」


「やっぱり安心するよな」


「なんなんだろうね。自分の子供が学校で友達を作ったらこんな気持ちになるのかな」


「あー、確かにそれだ。絶対その気持ち」


 そんな話をしていると、屋上の扉が開く音が聞こえてきた。


「あ、瑠愛たち帰って来たんじゃない?」


「そうだな。出欠確認にしては早いもんな」


 程なくしてテントのファスナーがジジジと音を立てて開くと、逢坂がニヤニヤとしながら中へ入ってきた。

「おかえりー」と笑顔で出迎えていた桜瀬だったが、途端に彼女の表情がピシッと固まった。その視線の先に居たのは、テントに入ってファスナーを閉めている柊の後ろ姿だった。


「る、瑠愛……その顔どうしたの?」


 桜瀬が声を掛けると、柊はくるりとそちらを振り向いた。キョトンとしている柊の顔を見て、俺も言葉を失った。

 目の周りにはパンダを連想させるようなアイメイクをしていて、唇にはオレンジ色のリップ。それに心なしか、頬が薄らピンク掛かっている気がする。


「ギャルメイク」


 ボソリと口にした柊の元に、逢坂が歩み寄る。


「違いますよ瑠愛先輩。もっとギャルっぽいこと言いましょう」


 こちらにも聞こえるくらいのヒソヒソ声で、柊に耳打ちをした逢坂。柊はコクリと頷くと、逢坂の腕に抱き着いて首を傾げた。


「財布、置いてけ?」


 柊は俺と桜瀬に向かってそんなセリフを吐いた。何故そのセリフを選んだのだろうか。でも可愛いから全てを許そう。


「瑠愛先輩、それギャルじゃないです。ただの不良ですよ」


「……難しい」


「難しいですよね。あと、腕組んでもらってめっちゃ嬉しいです」


「そう?」


「はい、めっちゃ」


「それは良かった」


 そこでテント内にはしばしの沈黙が訪れた。この空気を察した逢坂は「あれ」と言いながら、俺と桜瀬の顔色を交互に伺う。その直後のことだ──。


「あああああああああああああああ、めっちゃ可愛いいいいいいいいいいい。瑠愛あああああもう一回ギャルっぽいこと言ってえええええええ」


 スマホのカメラを向けながら、桜瀬は腰を上げて柊の元へと近付きながらカシャカシャと何枚もの写真を撮っている。ギャルメイクをしている柊と逢坂はお互いに頭をくっつけながら、桜瀬の写真撮影に応じている。


「東京湾に沈めるよ」


 そしてやはりギャルっぽいことが言えない柊。どこでそんな言葉を覚えて来たのだろうか。

 ギャルメイクで盛り上がる三人を眺めていると、テントのファスナーが開いて推川ちゃんが顔を出した。そしてはしゃいでいる三人を見るなり、俺へと視線を向けた。


「これ、なんの騒ぎ?」


「ギャルメイクです」


 そう言ってみせると、推川ちゃんは三人の様子をチラリと見てから苦笑いを浮かべた。けれどもその表情は、ちょっとだけ嬉しそうでもあった。


「ひなちゃんは卒業しちゃったけど、また騒がしくなりそうね」


 推川ちゃんがこちらに顔を向けたまま、目を細めて微笑む。


「ははは、まったくです」


 推川ちゃんとそんなやり取りをしている間も、桜瀬たちはワイワイと盛り上がっていた。

 逢坂が屋上登校を初めてから間もないが、彼女がテントの中に居ることに違和感を感じなくなっていた。

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