ゲームセンターでも通常運転
お昼はフードコートで済ませて、俺たち四人はショッピングモール内にあるゲームセンターに訪れた。
ひな先輩と来た時はゲームセンターには入らなかったので、ここに訪れたのは初めてである。しかし俺以外の三人は、既に何度か訪れたことがあるようだった。
ゲームセンターに入ってすぐに、色々なゲームの騒音が耳に入ってきた。しかしそんな騒音にもすぐに慣れてしまい、なんのストレスもなくクレーンゲームを見て回る。
「ねえ湊、これ取って」
俺の肩をちょんちょんとつついた桜瀬は、大きなうさぎのぬいぐるみが入っているクレーンゲームを指さした。
そのクレーンゲームはアームが三本で、鷲掴みにして取るタイプのものだ。その台の前で足を止めると、後ろから着いてきていた柊と逢坂も足を止めた。
「これって取れるのか? 取れる未来が見えないんだけど……まあ任せとけ」
弱気になったら負けだと思った。ゲームセンターに来たからにはゲームで遊んで行きたいと思っていたので、ちょうどいいからと百円を入れる。
三人は俺の周りに集まり、クレーンゲームの台をじっと見ている。他の人に見られていると思うだけで、なんだか緊張してくる。
「湊先輩、クレーンゲームとかやるんですか?」
「いや、全然やらないな。ここ数年はやってないと思う」
「まじですか。それで紬先輩の欲しいぬいぐるみ取ってあげるとか勇者ですね」
「まあな」
逢坂と会話をしている間に、台の横の方で寝転がっているグレーのうさぎに狙いを定めた。
レバーでクレーンを操作して、うさぎの真上からがっしりと鷲掴みにする。
「お! いい感じ!」
隣に立っている桜瀬が声を上げる。柊と逢坂は口をつぐんだまま、クレーンの行く末を見守っている。
クレーンはうさぎを抱えたまま持ち上がると、ほんの数センチだけゴールへと近付いたところでアームの力を弱めた。そのことで、うさぎが地面に叩きつけられる。
「えぇ……完全に力弱めただろ」
「弱めてた」
「絶対に弱めてたね」
「やる気が感じられないですね」
四人がアームに向かって文句を言うも、相手は機械なので何の意味もない。
しかしここで諦めるのも負けた気がしてならない。財布から百円を取り出して、知りもしないうさぎのぬいぐるみにリベンジを挑む。
「え、まだやるの?」
「ああ、取れるまでやる」
「えー、ありがとう」
どこか嬉しそうな表情を浮かべる桜瀬を見てから、レバーを操作してうさぎを鷲掴みにする。そしてまたアームの力を弱められ、落とされる。
まだまだと財布から百円を取り出し、レバーを操作してうさぎを鷲掴みにして、ちょっと進んだところで落とされる。そんなことを何回も繰り返しているうちに、うさぎはゴールである穴に近付いた。穴には三十センチくらいのプラスチックのような板が取り付けられているので、ここからが勝負になる。
「ふぅ……やるか」
三人に見守られながら息を整え、百円を投入する。
アームをうさぎの真上まで持っていき、左右に大きく揺らしてみる。
「うぇ? 何してるんですか? アーム壊れちゃいません?」
「いや大丈夫だ。なんかこうやって取ってるのを動画で観たことがあるんだよ」
「そ、そうなんですか。ファイトです」
後輩にも応援され、俺は覚悟を決めて下降ボタンを押した。
アームは左右に大きく揺れながらもうさぎのぬいぐるみをキャッチすると、また揺れながら上昇していく。そして上まで到達してアームの力が弱まった直後、左右に揺れた勢いそのままにうさぎのぬいぐるみが離され、ちょうど穴に落ちるように落下していった。
「おお!」と桜瀬と逢坂の声が重なった。
クレーンゲームの機械からファンファーレが鳴り響き、景品取り出し口からうさぎのぬいぐるみを取る。
「はい、有言実行」
ちょっとだけ強がりながら、桜瀬へとうさぎのぬいぐるみを手渡す。それを受け取った桜瀬はうさぎと見つめ合ったあと、それを胸に抱いた。
「ありがとう。すっごく大事にする」
うさぎのぬいぐるみを抱きしめながら、桜瀬はくしゃりと笑った。
これで俺の面目は保たれた。そう思った矢先、左腕を二本の手に掴まれた。まさかと思いながらそちらに視線を向けてみると、俺の腕を掴んでいる正体は柊と逢坂だった。
「湊、あっちに抱き枕あった」
「先輩、さっき好きなキャラのぬいぐるみがあったんですけど」
二人の目はキラキラと輝いていて、桜瀬のワガママを聞いた後では断れるはずもなかった。
どうやら俺の面目が保たれるかどうかは、後にならないと分からないようだ。
☆
三千円弱をかけて、柊と逢坂が欲しいと言っていたぬいぐるみを取った。桜瀬のと合わせると合計で四千円は使ったことになり、今日だけで俺の懐は一気に寒くなってしまった。
しかし彼女たちが喜んでくれたのならいいのかと、時間が経った今では考え直すことが出来た。
「立ち位置どうします? このままでいいですか?」
そして今はプリント倶楽部──通称プリクラの中に入り、写真撮影が開始されるのを待っている。ちなみにプリクラを撮ろうと言い出したのは、桜瀬と逢坂だった。
生まれてから一度もプリクラという機械に入ったことが無かったので、俺の心臓はバクバクと音を立てている。
荷物置き場にはクレーンゲームで取ってあげたぬいぐるみが置かれていて、その全てが緊張している俺を見ているようだった。
「このままでいいんじゃない? ねえ湊」
前に立つ桜瀬がこちらを振り向いて尋ねるので、「おう」と頷き返す。
俺と柊の目の前に、桜瀬と逢坂が立っている。
「よし、それじゃあお金入れちゃいまーす」
逢坂はそう言うと、四人から集めた百円を四枚投入した。そこから逢坂は慣れた手つきで様々な設定を進めていくと、画面には俺たち四人の姿が映った。
桜瀬と逢坂が立ち膝になると、俺と柊の姿も鮮明に映る。
「それじゃあ最初は普通にピースで!」
桜瀬が皆に指示を出し、四人はそれぞれピースを作った。こういうことに慣れていないので、とても照れくさい。
その後も桜瀬と逢坂から繰り出される指示をこなしていき、遂に最後の一枚を迎えた。
「最後は各々自由なポーズでお願いします!」
逢坂がそんな指示を出し、プリクラ初体験の俺としては困ってしまう。
どうしようかと悩んでいると、柊に肩をつんつんとつつかれた。
「ん、どうした」
「ちょっとかがんで」
目を丸くさせた柊は首をちょこんと傾げた。そんな顔を向けられて断る馬鹿などいない。柊の顔の高さに身を屈めると、プリクラの画面からはカウントダウンの音声が聞こえてきた。
「前向いて」
柊から次々に指示を出され、素直に従っていく。画面には俺たち四人の姿が映っており、桜瀬と逢坂はキメ顔を作って準備万端のようだ。
やばい、俺も早くポーズを決めなくては。焦りながら思考を巡らせるも、何も思い浮かばないままカウントダウンは残り三秒に迫った。
こうなったらポーズ無しでいこう。そう心に決めた瞬間、俺の首元には柊の腕が回され、頬に柔らかな何かが当たった。それが柊の唇であることを理解した時には、シャッターが切られていた。
「ちょ、瑠愛先輩!? 今、湊先輩にキスしてませんでした!?」
「ちょっと瑠愛! なんでキスしてるの!?」
画面に映った写真には、キメ顔をする桜瀬と逢坂の後ろで、俺が柊にキスをされているという謎の写真が表示された。それを見た逢坂と桜瀬は慌てた表情を見せながら、こちらを振り向いた。
しかし当の本人は首を傾げながら、何が起こったのかという表情をしている。
「自由なポーズでいいって言うから、チューした」
さも当然のように言い放つ柊に、逢坂は絶句している。逢坂とは知り合ったばかりなので、これが普通の反応だろう。
「はぁ……まあこれもいつものことか……」
「いつものことなんですか!?」
呆れたため息をこぼす桜瀬を見て、逢坂はまたも驚きの声を上げた。
「いつものことだな。頬にされたのは初めてだけど」
「いつものことなんですか!? え、頬じゃないってことは口!? え、え、湊先輩と瑠愛先輩って付き合ってるんですか!?」
「付き合ってはないな」
俺も桜瀬に同調してみせると、逢坂はポカンと口を開いた。
「紬も湊にチューしたから」
「はい!? 紬先輩もですか!? え、もしかして屋上登校ってそういう……」
目を白黒とさせながら俺たちの顔を見回す逢坂。なんだかその反応が嬉しかった。だって、ようやく常識のある子が仲間に加わってくれたのだから。
「そうだよな……やっぱりおかしいよな……でもそういう不健全な集まりじゃないからそこだけは分かってくれ」
そんな常識がある子に、屋上登校は不健全な集まりではないと言い聞かせるのは大変だった。軽く三十分は掛かっただろう。
今日撮ったプリクラはデータとしても保存出来るらしく、スマホのフォルダーの中にはしっかりと例の写真を保存しておいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます