今日の空は綺麗

 出欠確認を終えた推川ちゃんが保健室へと戻ると、一限目のチャイムが鳴り響いた。


「ここで四限まで勉強するんですか?」


 逢坂は目を丸くさせながら、三人に問いかけた。

 後輩から質問をされた時には、ちょっと格好のつく言い方をした方がいいのだろうか。


「あー、そうだな。夏休み前には中間テストがあるから、それに向けて勉強をするのがいいんじゃないか?」と文庫本を手にした俺が。


「湊の言う通りね。中間テストで赤点取ったら追試があるから、勉強した方がいいんじゃない?」とスマホを横画面で観ている桜瀬が。


「二人の言う通り」と寝ぼけ眼をこする柊が言った。


 そんな頼りがいのない先輩たちを見て、逢坂は頬を掻きながら苦笑いをこぼした。


「先輩、説得力が皆無っす」


 まあ、説得力なんてないよな。

 俺は文庫本を閉じて、逢坂の方に向き直った。


「勉強というのは冗談で、四限までは何したっていいぞ」


「え、何したってですか? ゲームとかも?」


「いいんじゃないかな。推川ちゃんに見つかったとしても怒られないと思うし」


「えぇ……緩いんですね。ほんとにここ学校ですか?」


「学校の屋上だからな」


「よく分からないけど、分かったっす」


 腑に落ちないような表情をしながらも、逢坂はバッグからスマホを取り出した。スマホのケースは濃いピンク色をしている。


「じゃあ明日はゲーム持って来ますね」


 逢坂はそう言うと、熱心にスマホをいじり始めた。そんな彼女を見て、俺も文庫本に視線を向ける。

 こうして、逢坂を含めた学校生活が幕を開けたのだった。


 ☆


 四限が終わり校門から出ると、俺たち四人は駅へと足を向けた。理由は四人でお昼ご飯を食べに行くためだ。

 高校の最寄り駅から三駅離れた駅で電車を下りて、ひな先輩と一緒に訪れたことのあるショッピングモールに到着した。


「四限が終わったら帰れるってめちゃくちゃ楽ですよね〜、保健室登校──じゃなくて屋上登校はじめて良かったっす」


 隣を歩く逢坂が表情を明るくさせながら、胸の前で手をギュッと握った。金髪にピアスや化粧といった派手な見た目をしているが、制服は着崩さずにきっちりと着用している。


「それは俺も思った。楽すぎるよな」


 そんなことを話しながらショッピングモールの中を歩いていると、後ろを歩いていた桜瀬と柊が追い付いてきた。かと思えば、桜瀬は逢坂の腕を掴んでその場で立ち止まった。


「ねえねえ湊、これ見て」


 釣られて足を止めると、両手に柊と逢坂の腕を持った桜瀬がこちらを見ていた。


「ん、どうした?」


「これすごくない? 金髪と銀髪! 両手に金銀!」


 ああ、そういうことか。逢坂の金髪と、柊の銀髪に挟まれているということか。それの何がすごいのかは分からないが、綺麗であることは分かる。


「こうやって見ると綺麗だな。芸術みたいだ」


 金髪と銀髪に挟まれる茶髪。こうして歩いていると派手髪集団に思われないか心配である。いや、俺は黒髪だから大丈夫か。


「ねえ湊、写真撮って!」


「あ、わたしもその写真欲しいですー」


 桜瀬と逢坂はワイワイと盛り上がっているようだが、柊は眠たそうな表情でこちらを見ている。飼い主のワガママに付き合っている犬のような表情だ。

 言われるがままに、桜瀬が金髪と銀髪に抱きついているところをスマホで撮影して、逢坂を加えたグループに送信する。ちなみにこのグループに入っていたひな先輩は、卒業とともに退会してしまった。


「思った通りすごい綺麗〜! 待ち受けにする!」


「あ、わたしも待ち受けにします!」


「お! お揃いにしてくれるのかー! 可愛い後輩め〜」


「あはは、紬先輩とお揃いは嬉しいです」


 はしゃぐ桜瀬と逢坂が前を歩き、俺の隣には柊が立った。


「どうだ柊、逢坂は」


 歩きながら柊に尋ねると、彼女はコテリと首を傾げた。


「悪い人ではなさそう……かも」


「まだ慣れないか」


「うん。でも紬が仲良くしてるから、私も仲良くしたい」


「そうか」


 もっと逢坂に苦手意識を持っているのかと思っていたのだが、意外にも友好的であった。そのことに少しだけ安心しつつ、柊の頭を撫でる。


「逢坂と仲良くなれるといいな」


 柊は気持ちよさそうに目を細めると、こちらに視線を向けて頷いた。


「うん、仲良くなりたい」


 柊自身がそう思っているなら、きっと仲良くなれるだろう。逢坂も柊には興味を持っているみたいだし、仲良くなれる未来はそう遠くないのかもしれない。


「湊」


 そんなことを思っていると、柊から声が掛けられた。


「ん、どうした?」


 改まって名前を呼ばれて、俺はどうしたのだろうと柊の顔を覗き込む。すると柊は俺から視線を外して、前を歩く桜瀬と逢坂に顔を向けた。その表情はいつもの無表情だが、どこかソワソワとしているようにも見えた。


「今日の空は、綺麗だったよ」


 たしか今日は曇り空だった気がする。それでも柊の目には綺麗に映ったということは、やはり自分の心情を投影しているのではなかろうか。


「そっか。良かったな……って反応で合ってるか?」


「うん、合ってると思う」


 柊が満足そうに頷いたのを見て、俺も前を向いた。その視線の先には、仲良さそうに身を寄せ合いながら歩く桜瀬と逢坂の姿があった。

 新しく仲間に加わった逢坂とは、仲良くやって行けそうな気がした。

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