新入りへの反応はそれぞれ

 自己紹介を終えて、屋上登校についての説明をした。登校して何をしているか。午前中いっぱいで帰宅していいこと。その他もろもろを話した。


「ほえ〜、ここでそんなことしてるんですね〜」


 正座をしている逢坂は納得したように頷くと、次いでキョトンとした顔を浮かべた。


「ってことは、わたしも今日から屋上登校を始めるんですか?」


 目を丸くさせて首を傾げる逢坂だが、その問いに答えられるのは誰も居ない。


「推川ちゃんからそう言われたんじゃないのか?」


「そうですね、保健室登校じゃなくて屋上登校したら? って言われたんでそうだと思います」


 ということは、今日から逢坂が屋上登校のメンバーに加わるのか。俺は大歓迎であるが、柊は未だに桜瀬の背中に隠れて警戒心をあらわにしている。


「じゃあ今日からよろしくな、逢坂」


「よろしくね! 愛梨ちゃん!」


 俺と桜瀬が同時に声を上げると、逢坂は「よろしくお願いします!」と元気よく返事をした。見た目はギャルだが、悪い人ではなさそうだ。


「……よろしく」


 遅れて柊も頭を下げると、逢坂は目をキラキラとさせながら勢いよくお辞儀をした。


「よろしくお願いします! 瑠愛先輩!」


 顔を上げた逢坂は、満面の笑みを浮かべていた。しかし柊はいつもの無表情のまま、ちょこんと会釈をしただけだった。


「愛梨ちゃん、荷物は保健室?」


「あ、はい。保健室に置いて来ちゃいました」


「じゃあ屋上登校は明日からかな。明日登校して来たら保健室に寄らずにまっすぐ屋上来ていいからね」


「はい! 分かりました!」


 逢坂は笑顔で頷くと、スカートを抑えながら立ち上がった。ずっと正座をしていたが、足は痺れていないようだ。


「じゃあまた明日来ますね。お疲れ様でーす」


 こちらに向けて何度か会釈をして、逢坂は笑顔を浮かべたままテントから出て行った。

 屋上の扉が閉まる音を聞いた俺たちは、揃って顔を合わせる。


「愛梨ちゃん、どう思う?」


 そう尋ねたのは桜瀬だった。その背後から出て来た柊は、俺の顔をじっと見ている。


「まあ、なんていうか、ギャルだったな」


「ギャルだよね。金髪褐色ギャル」


 何故か嬉しそうな桜瀬とは対照的に、柊はムスッとした表情を浮かべている。


「柊はお気に召さないか?」


 そう問うと、柊は渋い顔をしながら首を傾げた。


「勢いが怖いかも」


「勢いか……確かに元気あったなあ」


「うん、元気あった」


 俺は逢坂の元気に良い印象を持ったが、柊はあまり良い印象を持たなかったらしい。感じ方は人それぞれである。


「愛梨ちゃんの方は瑠愛のこと気に入ってたみたいだけどね」


「それは俺も思ったな。柊を見る目がキラキラしてた」


 柊はギャルとは対照的な性格をしている気がするが、逢坂は何かを感じ取ったのかもしれない。


「桜瀬はどうだ?」


 俺が保健室登校を始めようとした日には、桜瀬にすごい剣幕で追い出されたのを未だに覚えている。新人はあまり歓迎していないのかと思ったのだが……。


「アタシは愛梨ちゃんが仲間に入ってくれるのはすごく嬉しい」


「おお、ちょっと意外だな」


「そう? だって後輩が出来るんだよ? 嬉しくない?」


「うーん、分からなくはないな」


 高校に入学してまさか後輩が出来るとは思ってもいなかったので、何だか不思議な感じはする。


「でしょ? だからアタシは大歓迎だよ」


 本当に嬉しそうに目を細める桜瀬。その隣には苦い表情をした柊が座っている。

 そんなこんなで俺たちには、逢坂愛梨という後輩が出来たらしい。まだどんな子なのかは分からないが、これから時間を掛けて知っていくことにしよう。


 ☆


 次の日。

 いつも通り扉を開けて屋上に出ると、テントの前には既に上履きが一足だけあった。その上履きはつま先の色が青色をしている。一瞬だけひな先輩かと思ったが、彼女はもう卒業してしまったのだった。ということは、テントの中に居るのは……。


「入るぞー」


 試しに外から声を掛けてみる。


「あ、はいはい、どうぞどうぞ」


 案の定、中からは昨日聞いたばかりの女子の声が聞こえてきた。

 テントのファスナーを開けると、そこには正座をしながらスマホをいじる逢坂の姿があった。金髪のロングヘアはサラサラとしていて、こちらに振り返るだけでふわりと浮く。


「湊先輩! おはようございます!」


「おう、おはよう」


 元気よく挨拶をされて、何だか照れくさい気持ちになりながらも中へ入っていく。

 いつもの定位置に腰を下ろすと、逢坂はこちらへと体を向けた。


「ずっと正座してたのか?」


「はい! 正座好きなので」


「まじか、珍しいな」


「そうですか?」


「ああ、足痺れるだろ」


「それがですね、あんまり痺れないんですよ。生まれつきなんですかね?」


 生まれつき正座をしても足が痺れないのか。あまり羨ましくはないが、あって困る体質でもない。まあ、正座をしない俺には縁のないものだ。


「だから昨日も正座してたのか」


「そうですね。基本的に正座してるので」


「足を崩して座ってもいいんだぞ?」


「正座をするのが疲れたらお言葉に甘えることにします」


 愛嬌のある笑顔を浮かべた逢坂。そんな彼女を見て、ふととある疑問を覚えた。


「聞いていいのか分からないけどさ、どうして逢坂は保健室登校してるんだ? 性格も明るいし朝早く起きれてるみたいだし、特に問題があるようには見えないけどな」


 そう問うと、彼女は苦笑いを浮かべながら髪をつまんでみせた。


「わたし、こんな見た目じゃないですか。化粧してるし髪の毛もこんなバリバリにブリーチして、ピアスも空いてるんですよ?」


 持ち上げられた髪から覗いた両耳には、青色のピアスが刺さっていた。逢坂はつまんでいた髪を離すと、ニコリと笑った。


「たしか、ウチの高校って化粧とピアスはだめだったよな?」


「それだけじゃないですよ。髪の毛だって、ブリーチはしちゃダメなんです」


「あ、そうだったのか……ということは?」


 校則を頭の中に思い浮かべた上で、彼女の姿を見てみる。金になるまでブリーチされた髪。両耳にはピアス。目元にはキラキラとした物が塗られていて、唇は桃色のリップをしている。


「はい。校則破り過ぎて教室に入れなくなりました」


「あはは」と笑い飛ばすような逢坂を見て、なんとなく合点がいった。


「なるほどな。化粧とかピアスが出来ないくらいなら保健室登校をしようと思ったわけだ」


「当たりです。今のこの姿がわたしそのものだと思っているので、自分を消してまで教室に戻ろうとは思いませんでした」


 ニッと白い歯を見せて笑う逢坂。彼女はとんでもなく我が強いらしい。


「そういうことだったんだな。それなら納得だ」


「へへへ、くだらない理由ですいません」


 金髪をぐしゃぐしゃと掻いた逢坂に、俺も笑って返す。

 すると屋上の扉が閉まる音が聞こえてきた。間もなくしてテントのファスナーがジジジと音を立てて開くと、柊と桜瀬が「おはよー」と言いながら中へと入ってきた。


「紬先輩と瑠愛先輩! おはようございます!」


 無邪気な笑顔で挨拶をする逢坂に、桜瀬は笑顔で手を振って、柊は首だけでお辞儀をした。

 そんな二人はいつもの定位置に腰を下ろすと、クッションを背もたれにしてお互いに肩をくっつけた。


「昨日から思ってたんですけど、紬先輩と瑠愛先輩ってめちゃくちゃ仲良いんですね」


 目をパチパチとさせながら、逢坂は正座をしたまま前のめりになっている。

 それを聞いた桜瀬は満更でもない笑顔を作り、「ふふん」と鼻を鳴らした。


「まあねー、アタシと瑠愛は親友なんだもん」


 胸を張る桜瀬の横では、柊がキョトンとした顔を浮かべている。やはり柊はピンと来ていないのかもしれない。


「いいなー、わたしにも同級生の友達が居たら親友とか出来てたのかなー」


 桜瀬に拍手を送った逢坂がそう言うと同時に、テントのファスナーがジジジと音を立てて開いた。


「うおぉ! びっくりしたぁ」


 思わず正座を崩した逢坂が後ろを向くと、テントのドアからは推川ちゃんが顔を出した。


「そっか、逢坂は推川ちゃんが出欠確認しに来ること知らないんだもんな」


「知らなかったです。めっちゃびっくり」


 逢坂がドアの付近から俺の近くへと移動すると、推川ちゃんがテントの中へと入って来た。


「ごめんねー、驚かせちゃったね」


 申し訳なさそうな顔をしながら手を合わせた推川ちゃんに、逢坂は「全然大丈夫」とやはりタメ口で返した。推川ちゃんに敬語を使わない文化は、今の一年生にも引き継がれているらしい。


「それじゃあ出欠確認を始めるわね」


 推川ちゃんはそう言うと、ポケットからメモ帳を取り出した。

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