第五章 話すだけで心が温かくなる

金髪に桃色リップ

 春休みが開けて二週間が経過した。


 屋上登校をしている生徒はクラス変えも教師が変わることもないので、二年生に上がっても特に変化はなかった。

 あえて変わったことを挙げるとするならば、ひな先輩が卒業してしまったことくらいだ。

 それ以外で特に変わったことはなく、春休みが開けても一年生の時と代わり映えのない学校生活を送っていた。


「あー、暇ー、何か面白いことないかなー」


 屋上のテントでいつも通り自習をしていると、クッションを背もたれにして座る桜瀬が声を上げた。


「学校は暇なもの」


 桜瀬と肩を合わせて座っている柊が、ポツリと声を落とした。彼女たちがいつも被っていた毛布はなく、テント内の端の方に畳まれて積まれている。春休みの内に学校側が毛布をクリーニングに出してくれていたらしく、学校に来た時にはああやって積まれていたのだ。


「柊の言う通りだな。下校までは我慢するしかない」


 文庫本を読みながらそう言ってみせると、桜瀬は「ぶー」と唇を尖らせながら柊の肩に頭を乗せた。


「今、何限目だっけ?」


「二限目だな」


「じゃあまだまだあるじゃんー。ねー、何かやろうよー」


 珍しく駄々っ子モードの桜瀬。一方の柊はというと、眠たそうに首をこくこくとさせている。


「何かって何をやるんだ?」


「それはまだ決めてないけど」


「なんだ」


「なんだってなんだよ。いいじゃんかよ」


 桜瀬は拗ねたように言うと、スマホを熱心にいじりはじめた。


「スマホで何してるんだ?」


「少人数でも遊べるゲームを探してる」


 本当に暇を持て余しているようだ。いつもはずっとスマホをいじって時間を潰していた桜瀬だったが、今日はそういう気分でもないらしい。

 桜瀬がスマホを熱心にいじり、柊は眠たそうにウトウトとしていて、俺は文庫本を読む。そんな時間が流れ出した途端に、屋上の扉がガチャリと音を立てて開く音が聞こえてきた。


「え、推川ちゃんかな?」


「そうじゃないか? 他に屋上来る人いないよな」


「そうだよね、何かあったのかな」


 俺と桜瀬の意識が完全に推川ちゃんへと逸れたところで、テントの壁に人影が写った。その影がなんとなく、推川ちゃんのものには見えなかった。


「え、何このテント。テンション上がるんだけど」


 テントの外からは知らない女子の声が聞こえてきた。これには俺と桜瀬はピクリと反応して、お互いに顔を合わせた。


「え、誰」


 桜瀬が小声で俺へと尋ねる。


「分からないけど、絶対に知らない人だ」


「知らない人がなんで屋上に入ってこれるの?」


「推川ちゃんから鍵を預かった、とか?」


 俺と桜瀬が小声で憶測を立てていると、テントのファスナーがジジジと音を立ててゆっくりと開いた。

 そこから顔を出したのは、見たこともない少女だった。金髪を胸下辺りまで伸ばしていて、肌の色は健康的に日焼けした小麦色。瞳はぱっちり二重で、唇は薄らと桃色のリップが塗られている。


 ──ギャルだ。そう思わざるを得なかった。


「ホントに人居るじゃん! 外に上履きあったからもしかしてと思ったけど……え、なんで?」


 金髪の少女は驚いたように目を丸くさせながら、テント内に居る三人をキョロキョロと見回した。


「うお! めっちゃ美人な人が居るんですけど……」


 金髪の少女がそう言いながら見ているのは、無表情のまま桜瀬の背後に隠れようとしている柊だ。


「えっと……誰ですか?」


 いても立っても居られずに尋ねると、金髪の少女はこちらに視線を向けた。その瞳は茶色に透き通っていて、とても綺麗である。


「ああ、すいません。わたし、一年の逢坂愛梨(おうさかあいり)って言います」


 一年生なのかと思いながら彼女の上履きに視線を向けると、つま先が青色をしていた。今の三年生が黄緑色、二年生が赤色、一年生が青色なので、彼女は一年生で間違いないだろう。


「逢坂さん、なんでこんな時間に屋上に居るの? 推川ちゃんから何か言われた?」


「ああ、そうです。推川ちゃんから屋上に行けば仲間が居るよって言われて飛んで来ました」


 逢坂さんはそう言うと、ポケットから銀色に輝く鍵を取り出した。それは間違いなく、屋上の扉を解錠するための鍵である。


「なーんだ、そうだったんだね。じゃあ中に入ってよ。話し聞かせて」


 推川ちゃんが屋上に行くことを勧めたということは、理由は違えど何らかの理由で保健室登校をしている学生なのだろう。それを思ってなのか、桜瀬は笑顔のまま逢坂さんを迎え入れた。


「ありがとうございます! 失礼します!」


 逢坂さんはキラキラとした笑顔で頭を下げると、上履きを脱いでテントの中へと入り、ドアのファスナーを閉めた。見た目はギャルでも中身は真面目なのか、礼儀正しい印象を受ける。

 ドアの近くで正座をした逢坂さんは、目を輝かせながらテント内を見回している。


「逢坂さんって言ったよね?」


 そう尋ねてみると、逢坂さんはこちらに顔を向けて力強く頷いた。


「はい、逢坂愛梨です。保健室登校をしていたのですが、一人で寂しい思いをしていたところ、推川ちゃんに屋上登校を進められました。あと、さん付けは他人行儀なので呼び捨てかちゃん付けでお願いします」


「じゃあ逢坂でいい?」


「いいですよ。他の二人も好きなように呼んで下さい」


 ニコニコと愛嬌のある笑顔を浮かべている逢坂は、桜瀬と柊に向かって言った。桜瀬は「アタシは愛梨ちゃんで」と言って笑顔を浮かべたが、柊は無言のまま逢坂を見つめている。


「ええと、皆さん先輩ですよね? 二年生?」


「そうだな」


「やっぱりそうですよね。上履き見てそうだと思いました。それで先輩たちの名前をお聞きしたいのですが」


 逢坂は期待するような目を三人へと向けて、手を膝の上に置きながら尋ねた。

 二年生の三人は互いに顔を合わせてから、一人ずつ自己紹介を始めた。

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