ひな先輩の答辞
柊と桜瀬の涙も治まり、落ち着いた二人は椅子に腰掛けた。机の後ろにはひな先輩が立っていて、椅子に座る四人の顔をまじまじと見渡している。
「それじゃあ今からわたしの答辞を始めるね!」
ひな先輩は笑顔のまま元気な声で言うと、「んんっ」と咳払いをしてから続ける。
「まずはみんな! わたしのために卒業式を開いてくれてありがとう! 紬ちゃんから卒業式を開いてくれるって連絡があった時に、すごく喜んだんだあ。これは死ぬまで自慢になるよ。わたしのためだけに後輩たちが卒業式を開いてくれたって。しかも青空が広がっててさ、空までわたしを祝ってくれてるみたいだよ」
ひな先輩の赤茶色の長い髪が風になびいている。
「それでね! わたしからの答辞は、みんな一人ずつにメッセージを送ろうかと思って! 順番は──祝辞をしてくれた順でいいかな。ということで最初は推川ちゃん!」
隣に座る推川ちゃんの背筋がピシッと伸びる。ひな先輩は推川ちゃんへと視線を向けると、ニコリと微笑んだ。
「推川ちゃんも言ってくれた通り、わたしたち三年の付き合いなんだよね。だからって沢山ワガママ言ったり、沢山メッセージ送っちゃってごめんね」
「いいえ。ワガママもメッセージも嬉しかったわ」
「あはは、そう言ってくれると嬉しい。やっぱり優しいね、推川ちゃんは」
「うふふ、ありがとう」
ひな先輩と推川ちゃんは顔を合わせて笑い合っている。
「わたしを保健室登校に誘ってくれたのも推川ちゃんだし、わたしが遅刻をしても怒らずに、笑顔で「おはよう」って言ってくれる推川ちゃんに救われた。それにね、わたし知ってるよ。寝坊して頻繁に休んでるはずなのに欠席点がほとんど無かったんだよね。っていうことはさ、いつもわたしが休んだら欠席じゃなくて遅刻か出席にしてくれてたんじゃない? わたしが卒業出来るようにって」
みんなの視線が一斉に推川ちゃんへと集まる。推川ちゃんはバツが悪そうな顔をしながらも、「ノーコメントで」と口にした。それが全ての答えだ。
そこで頭の中には、出席確認の際に何かのメモを取る推川ちゃんの姿が思い浮かんだ。もしかしたらあの時、ひな先輩が欠席ではないことを記入して、他の先生へと提出していたのかもしれない。
「だからね、わたしがこうして学校に来れてるのも、可愛い後輩たちに囲まれてるのも、無事に卒業出来るのも全部が推川ちゃんのおかげ。本当に心の底から感謝してます。推川ちゃん、三年間お世話になりました」
ひな先輩が深く頭を下げると、推川ちゃんも「こちらこそ」と言いながら頭を下げた。
頭を上げたひな先輩は照れ笑いをしながら、桜瀬へと視線を向ける。
「次は紬ちゃんだね」
名前を呼ばれた桜瀬は、「はい」と今にでも泣きそうな声で返事をした。
「紬ちゃんとは約一年の付き合いだね! 出会った当初は捨てられた子猫みたいだった紬ちゃんが、ここまで元気になってくれてわたしはすごく嬉しいよ。さっきはもっとお出かけしたり馬鹿なことしたりしたかったって言ってたけど、わたし死ぬわけじゃないからね? 仕事がお休みの日にでも行こうよ! 前から行きたいねって話してた古着屋巡りも行ってないから!」
桜瀬はハンカチを口元に当てながら、「行きたいです」と口にした。それを聞いたひな先輩は、力強く頷いてみせた。
「うん! 絶対に行こう! 約束だよ! 紬ちゃん、一年間お世話になりました!」
「こちらこそですよぉ」
ハンカチで目元を隠した桜瀬は、涙声で返事をした。そんな桜瀬に優しい笑みを送ったひな先輩は、俺へと視線を向ける。
「じゃあ次は湊くん!」
「はい」
名前を呼ばれたことで、俺も自然と背筋が伸びた。俺の返事を聞いたひな先輩は、目を細めて愛嬌のある笑顔を作った。
「わたしね、一人っ子なんだけど、ずっと弟が欲しかったんだ。そんな時に湊くんが屋上登校の仲間に加わってさ、わたしすごく嬉しかったんだよね。だって年下の男の子なんて弟みたいなもんでしょ? だから湊くんには弟のつもりでいっぱいベタベタしちゃった。最初はびっくりしたって言ってたけど、慣れてくれたみたいで良かったよ」
「ははは、おかげさまで」
「うん! あとはまたドラモエやりに行きます! ドラモエじゃなくても今度は二人で出来るゲームでオールしたいかな! ということで湊くん、半年くらいの付き合いだったけどお世話になりました!」
「こちらこそお世話になりました」
ひな先輩へと頭を下げると、彼女は嬉しそうに笑った。ひな先輩はその表情のまま、すっかり涙が引いた柊へと視線を向ける。
「次は瑠愛ちゃんだね!」
「うん」
柊がコクリと頷くと、ひな先輩は笑顔のままで話し始めた。
「瑠愛ちゃんとはなんだかんだで一年の付き合いなんだよね。初めて出会った時はめっっっちゃ美人だし髪の色も銀髪だからびっくりしたなあ。地球にこんな可愛い子が居たんだって本気で思った。しかも話せば話すだけ瑠愛ちゃんの良さが分かってくるし、関わっていくうちにどんどんと好きになっちゃったよ。湊くんと紬ちゃんは弟と妹って感じだけど、瑠愛ちゃんは娘って感じだったね! ちょっとワガママで素直な子、それが柊瑠愛だと思う! また一緒にお出かけしたり、瑠愛ちゃんの家に呼んでね!」
「うん、もちろん」
「やっぱりいい子だ! あとひとつだけ心残りがあるとしたら、瑠愛ちゃん、まだ湊くんにキスしてないよね。だからわたしの順番がなかなか回って来ないなーって思ってたんだけど──」
「任せて」
その話にドキリとしていると、一番左端の椅子に座っていた柊が突然立ち上がった。皆が柊に視線を向けると、彼女はとことこと俺の前まで歩いて来て足を止めた。
「ど、どうしたのでしょうか……」
何をされるのだろうかと身構えていると、柊は無表情のまま両手で俺の頭をがっちりと掴んだ。
「え、ま、まさか……」
「口閉じて」
柊はそう言うと同時に、椅子に座っている俺へと顔を近づけた。唇に柔らかいものが押し付けられる。それが柊の唇であると思っても、いきなりのことに頭がフリーズして身動きが取れない。
ほんの数秒程で顔が離れると、柊は後ろに振り向いてひな先輩を見た。
「次、ひな先輩の番」
俺の顔から手を離した柊がそう言うと、一瞬の沈黙のあとひな先輩がゲラゲラと笑いだした。今まで泣いていた桜瀬は目を大きくさせながら頬を赤らめていて、隣に座る推川ちゃんは気まずそうに困ったような笑みを浮かべている。
「あははははは! 瑠愛ちゃん、やっぱり最高だね!」
瞳に涙を浮かべながら笑っているひな先輩は、そのまま俺の方へと歩み寄ってくる。
「それじゃあわたしも頂こうかな」
ひな先輩は笑いながら言うと、俺の頬に手を当てて顔を近づけた。
「嫌だったら、逃げてね」
ひな先輩は小声でそう言ったあと、俺の唇へと唇を押し付けた。そしてニュルリと、俺の唇を割って舌が入り込んで来た。これには少しだけ驚いたが、まだ脳の処理が追いつかない俺は固まっているしかなかった。そしてほんの数秒でひな先輩の顔が離れると、彼女は照れたようにクスリと笑った。
「わたしは年上だからね、ちょっとだけ大人なキスしてあげちゃった」
ひな先輩はそれだけを言い残すと、俺から逃げるように早足で机の後ろに回った。放心状態の俺は、彼女の姿を目で追うことしか出来ない。
「ということで、ありがとね瑠愛ちゃん! これで心残りがなくなったよ!」
「ん、どうも」
「ほんと、瑠愛ちゃんのそういうところ好きだよ! 瑠愛ちゃん、今までお世話になりました!」
「こちらこそ」
頭を下げたひな先輩に、柊もちょこんと頭を下げる。そんな二人が顔を上げると、ひな先輩は四人を見回した。
「ということでわたしの答辞はこれで終わり! みんな、本当に本当に大好き! こんなわたしと仲良くしてくれて、本当にありがとうございました! また絶対に遊びに来るからね! また会えるその時まで! 月居ひなでした!」
頭を深く下げてお辞儀をしたひな先輩に、拍手が送られる。放心状態だった俺も、釣られるようにして拍手を送る。顔を上げたひな先輩の頬には、一粒の涙がツーっと流れた。それはすぐに顎を伝って零れ落ち、風に流されてしまった。
ひな先輩の答辞が終わり、推川ちゃんが卒業証書を授与してから卒業式は終わりを迎えた。
きっとひな先輩が卒業したあとも、彼女とした大人のキスだけは頭からずっと離れないのだろうと、唇に残された感触を感じながら思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます