義理か本命か
テーブルの上にはチョコレートとクッキーが乗ったお皿や、チョコフォンデュ用の具材や溶けたチョコが入った小鍋などが置いてある。
「よーし準備も整ったしチョコパ始めるよ! みんな飲み物持ったー?」
ひな先輩はコーラの入った紙コップを片手に持ち、一年生組の三人へと尋ねた。
「俺は準備できてます」
「大丈夫でーす」
「うん、大丈夫」
三人は紙コップを片手に持ち、ひな先輩に視線をやりながら頷いた。それを確認したひな先輩は、明るい笑顔のまま紙コップを掲げた。
「それじゃあ屋上登校組だけのチョコパ始めるぞー! かんぱーい!」
「「「かんぱーい」」」
三人も紙コップを掲げてから、飲み物を口にする。ちなみに俺が飲んでいるのは麦茶だ。
「よーし、わたしは早速チョコフォンデュから頂くよ〜」
ひな先輩は鉄の串でイチゴを突き刺すと、それを小鍋に入ったチョコの池に浸した。チョコの池から出てきたイチゴは、全身が茶色に染まっていた。それを口に入れたひな先輩は、恍惚とした表情を浮かべている。
「わ、ずるーい。アタシもチョコフォンデュ食べるー」
「私もチョコフォンデュがいい」
ひな先輩に遅れて、桜瀬と柊も鉄の串を手にした。それぞれが食べたい具材を串に突き刺すと、それをチョコの池に浸してから口に入れた。
「んー、美味しい! 湊も食べな!」
表情を輝かせた桜瀬は半ば強引に、俺へと鉄の串を手渡した。言われるがままに一口サイズにカットされたフランスパンを鉄の串で刺すと、それをチョコの中に浸してから口に運ぶ。味は完全にミルクチョコレートだが、フランスパンの食感が楽しい。
「どうどう?」
向かい合わせに座っているひな先輩が、俺の顔を覗き込んでいる。
「めっちゃ美味いです。ずっと食べていられます」
「おお! よかったよかった! メンズの口にも合ったようだな」
安心した顔を浮かべたひな先輩は、またも鉄の串でイチゴを刺してチョコに浸すと、それを俺の口元へと寄せた。
「イチゴも美味しいよ! はい! 口開けてー!」
まるで歯科医のようなセリフを言うひな先輩。素直に口を開くと、中にチョコ味のイチゴが入れられた。
「うん、美味しいです。めっちゃチョコ」
「でしょー! もっと色んな物があるから食べてみてね!」
「はーい」
ひな先輩に返事をしてからクッキーに手を伸ばそうとすると、何やら熱い視線を感じた。顔を上げてみると、桜瀬と柊から納得いかないといった目線を向けられていた。
「な、なんでしょう……」
何か気に障るようなことでもしてしまっただろうかと、恐る恐るに尋ねる。
「ふーん、そうやって目の前でイチャつくってことは心の準備が出来てるってことよねー?」
「い、イチャついてました……?」
「まあアタシの目にはそう見えたかなー」
ひな先輩から「あーん」をされただけだったのだが、桜瀬の目にはイチャついて見えたようだ。
桜瀬は呆れた表情を作ったまま、鉄の串にマシュマロを刺した。それをチョコの池に浸すと、そのまま俺の口へと近づけた。
「はい、あーんして」
「分かりました」
全く愛情のない「あーん」だったが、逆らう気など一切起きなかった。逆らえば俺が鉄の串で串刺しにされるのではと、身の危険を察知したからだ。
口を開くと、チョコをまとったマシュマロが入れられた。
「美味しい?」
「おいひいです」
有無を言わせない桜瀬の雰囲気に、意図せず敬語が出てきた。
「湊、あーん」
すると今度は柊から声が掛かった。柊に視線を向けると、既に何かをチョコに浸したあとで、それを俺の口元へと近づけていた。チョコが垂れてしまうからと口を開くと、何の食べ物なのかも分からない物が口の中へと入れられた。しかしいくら噛んでも、チョコの味しかしない。
「美味しい?」
「美味しいけど、チョコの味しかしないな」
「チョコだからね」
「チョコは分かるけど、具材は何にしたんだ?」
「チョコ」
「……チョコをチョコにフォンデュしたのか?」
「そう」
どうしてチョコにチョコをフォンデュしようと思ったのか。そう尋ねようと思ったが、「分からない」と返ってくる未来が容易に想像出来たので口を閉じた。
「湊、次もあるよ」
「え」
ようやく自分の食事にありつけると思っていると、またも桜瀬が鉄の串にイチゴを刺してチョコに浸していた。
「湊、私もある」
柊は鉄の串をテーブルの上に置いて、クッキーを手に取って俺の口元へと寄せた。
俺はいつになったら、自分の食べたいものを食べられるのだろうか。ことの発端となったひな先輩へと視線を向けると、彼女は幸せそうな顔をしながら黙々とチョコを食べていた。
☆
テーブルの上に乗っていたチョコは、四人でペロリと食べてしまった。その後は皆でゆっくりとした時間を過ごして、そろそろお開きにしようかという話になった。
「はーい! ここで三人にプレゼントがありまーす!」
ベッドで柊と一緒に寝転がっていたひな先輩が声を上げた。三人の視線がひな先輩に集まる。
「プレゼントですか?」
桜瀬が尋ねると、ひな先輩はベッドから下りてスクールバッグをごそごそと漁り始めた。するとものの数秒で、彼女はビニールの小包みを三つ取り出した。
「こんなにチョコ食べたあとであれなんだけど、チョコ作ってきたんだー」
笑顔を浮かべているひな先輩は、みんなに小包みを手渡した。ビニールの小包みには可愛いリボンがくっついていて、中には色々な色や形をしたチョコが入っている。
「え、作ってきてくれたんですか」
「うん! バレンタインだからね! 友チョコだよ!」
「めっちゃ嬉しいです。ありがとうございます」
今年もチョコは貰えないのかと思っていたところなので、サプライズをされた気分でとても嬉しい。
桜瀬と柊も「ありがとうございます」と口にすると、二人同時に腰を上げてキッチンへと向かった。
「どうしたんだろー」
ひな先輩は不思議そうな顔をしながら、ベッドに頭からダイブした。制服を着用しているので、スカートの中が見えてしまいそうになる。
「はーい、私たちから湊とひな先輩に」
桜瀬はそう言いながらリビングへと戻ってくると、ひな先輩に小さな茶色の紙袋を手渡した。
「えー! なにこれー! もしかして紬ちゃんたちも用意してくれてたの?」
「はい! 実は昨日、瑠愛と一緒にバレンタインだからってブラウニー作ったんです」
「すごーい! ブラウニー大好きだから嬉しい! ありがとう!」
目に見えて喜んでいるひな先輩は、紙袋を大事そうに抱きかかえた。
その様子をソワソワとした気持ちで見ていると、俺の肩がちょんちょんとつつかれた。振り向いてみると、ひな先輩のと同じ紙袋を持った柊が立っていた。
「これ、あげる。ハッピーバレンタイン」
「お、おう。ありがとう」
紙袋を受け取ると、思っていたよりもずっしりとしていて重たかった。と言っても、ソフトボールくらいの重さしかない。
中身はブラウニーらしいので、家に帰ったら食べることにしよう。
貰った物をスクールバッグにしまおうと立ち上がると、今度は桜瀬に肩をつつかれた。彼女はニヤニヤとしながらも俺の耳へと口を寄せると、小さな声で耳打ちをした。
「義理か本命かは、自分で判断してね」
桜瀬はそれだけを言うと、柊とひな先輩が座っているベッドに戻ってしまった。
チョコパを終えて家に帰宅してあと、貰ったチョコやブラウニーを食べながら、桜瀬から耳打ちされた言葉を悶々と考えることとなった。
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