怖いって言ったじゃん

 夕飯は推川ちゃんの作ったカレーを食べた。鍋いっぱいに入っていたカレーは、五人でペロリと食べられてしまった。

 夕飯を食べ終えるなり、買い出しのためにスーパーへと行っていた推川ちゃんとひな先輩は、一時間半くらいでコテージへと帰って来た。


「おい一年生! 温かい格好をして外に出なさい!」


 リビングでスゴロクのテレビゲームを楽しんでいた一年生組の元に、ドタドタと足音を立てて帰って来たひな先輩が顔を出した。


「どっか行くんですか?」


 ゲームのコントローラーを手に持った桜瀬が尋ねると、ひな先輩は笑顔のまま両手を垂らして幽霊のマネをした。


「肝試しをするぞ〜」


 彼女なりの幽霊を演じてみたのか、ひな先輩は普段よりも声を低くさせて言った。


 ☆


 テレビゲームを中断して外に出ると、夜の山奥というだけあって想像よりも肌寒かった。けれどもコートを羽織っているので、耐えられない寒さではない。

 コテージから少しだけ離れた場所にある道に移動すると、ひな先輩はひとりひとりに懐中電灯を配ってから胸を張った。


「それじゃあ屋上登校をしてる諸君! 今から第一回肝試し大会を始めまーす!」


 ひな先輩は声高らかに肝試しの開幕を宣言した。


「えー、本当にやるんですか? 怖いなあ」


「紬ちゃん怖いの苦手なの?」


「んー、テレビとかで心霊の番組がやってたら、見たくないけど見ちゃうタイプです」


「なら大丈夫だよ! 肝試しって言ってもちょっとしたやつだから!」


 桜瀬に向けて親指を立てたひな先輩は、身振り手振りと説明を始める。


「今から二人一組になって、あそこの階段を登って細い道を進んだ先にある小さい神社まで行って帰って来て下さーい」


 ひな先輩が指さした先にあったのは、明かりがひとつもないコンクリートの階段だった。


「二人一組だと一人だけ余っちゃいません?」


 今この場に居るのは五人だ。となると、一人で肝試しすることになる人が出ることになるが……。


「それなら大丈夫よ。私はここで待ってるから」


 温かそうなコートを二重にしてマフラーを首に巻いている、防寒対策はバッチリの推川ちゃんが言った。


「推川ちゃんは肝試ししないの?」


「さっきひなちゃんと上まで登ったもの。それで満足したわよ」


「じゃあひな先輩はもう一回肝試しすることになるんですね」


 ひな先輩の方を見ると、彼女は自分の顔に下から懐中電灯の光を当てながら笑顔を浮かべていた。ちょっとだけ不気味な顔に見えるのが面白い。


「そう! 行ってきたけど人数合わせとしてもう一回行くよー」


 ひな先輩はそう言うと、拳を前に突き出した。


「じゃあ組み合わせを決めよ! グッパーでいい? グーかパーしか出しちゃいけないじゃんけん」


「いいですよ」


「グッパー懐かしー」


「分かった」


 ひな先輩の問いに、三人は頷きながら拳を出した。


「いくよー、グーとパーで別れましょー」


 聞いたこともないひな先輩の掛け声に戸惑いながらも、四人はそれぞれの手を出した。


 ☆


「じゃあ行ってくるね!」


「行ってきまーす」


 桜瀬と柊ペアが神社に向かってから五分が経過したので、俺とひな先輩ペアも出発することとなった。


「はーい、行ってらっしゃーい」


 寒そうにマフラーに顔を埋めている推川ちゃんに見送られながら、俺とひな先輩は階段を登り始めた。


「うおおおお、怖いね! 興奮するね!」


 いつの間にか俺のコートの裾を握っているひな先輩の声はとても楽しそうなので、肝試しの雰囲気を打ち壊される。食後の散歩くらいに思いながら、先を進もう。


「ひな先輩は怖いの得意なんですね」


「ううん! あんまり好きじゃない!」


「え、でもめっちゃ楽しそうじゃないですか」


「こうやって声を出してないと怖くてしょうがないよ!」


「あはは」と笑うひな先輩は、全く怖がっている様子はない。それどころか楽しんでいるようにしか見えないので、怖がっているというのは冗談だろう。

 そこでふと、ひな先輩を驚かしてみたいと思ってしまった。


「へー、そうなんですね」


 階段を登り終えると、木々が生い茂った暗い一本道が続いていた。先の方を懐中電灯で照らしてみても、ゴールである神社は見えない。


「神社まで歩いてどれくらいですか?」


「んー、十分かからないくらいかなー」


「ちょっとだけ遠いんですね」


 何気ない会話をしながら、二人並んで獣道のような細い道を歩く。

 相変わらずひな先輩は元気な声を上げているので、ちょっとだけイタズラをしてみよう。

 懐中電灯で木々が生い茂る場所を照らしてみた。


「どうしたの?」


 案の定、ひな先輩は目を丸くさせながら首を傾げている。


「いや、あっちの方でなにか物音がした気がしたんですが」


「え、うそ」


「ほんとです。あっ、あれなんですかね……」


 わざと声を小さくさせて言うと、ひな先輩は恐る恐るといった動きで懐中電灯が照らしている方を振り返った。

 その隙を待っていた。両手でひな先輩の華奢な肩をポンと叩くと同時に、「わっ」と低く大きな声を出してみる。


「ひぇっ……」


 虫が潰されたような悲鳴を上げて、ひな先輩は崩れるようにしてその場にへたり込んだ。


「え……?」


 予想だにしていなかった事態に、俺は慌てて懐中電灯の光をひな先輩へと向けた。そこにいた彼女は今にも泣き出しそうな顔をしながら、俺のことを見上げていた。


「腰抜けた……湊くんヒドイ……」


 震える声で名前を呼ばれたことで、俺はようやく自分のしたことに気が付いた。


「ご、ごめんなさい! ひな先輩、全く怖くないのかと思って」


 膝を地面に着けてしゃがみ込み、地面に尻もちをついているひな先輩と同じ目線の高さに合わせる。


「怖いって言ったじゃないかよ〜」


「本当にすいません! すごく楽しそうだったので冗談かと思って……」


「責任取りなさい」


「せ、責任……?」


 こんな真っ暗なところで「責任を取れ」なんて言われたら頭がクラっとしそうになるが、怯えたひな先輩の表情を見ているとそんな気分も起こらなくなる。

 ムッとした表情をしているひな先輩は、腕を大きく広げた。


「お姫様抱っこして。そしたら許してあげる」


「神社までですか?」


「ううん、推川ちゃんのところまで」


 ということは、ひな先輩を抱えたまま二十分程歩くことになるのか。しかしひな先輩の腰を抜かしてしまった責任も取らなくてはいけない。


「分かりました」


 余計なことなど考える暇もなく、ひな先輩を抱きかかえて立ち上がる。想像の二倍は軽かったことに驚きながらも、柔らかな女子の体をした彼女を全身で感じながら、暗い一本道を歩き始めた。


 結局、推川ちゃんの元へと帰るまで、ひな先輩をお姫様抱っこし続けた。冬の山の中だというのに汗だくになったが、ひな先輩は俺の悪ふざけを許してくれたので良しとしよう。

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