食べかけは食べられないです

「推川ちゃーん、バーベキューの準備出来たよー」


 外で肉を焼いている桜瀬から受けた伝言を、ソファーに寝転がりながらスマホをいじっている推川ちゃんに伝える。


「お、待ってましたー」


 軽やかな動きでソファーから腰を上げた推川ちゃんは、小走りをしながらこちらに駆け寄って来た。


「誰も怪我とかしてない? 料理とかしててさ」


「してないと思いますよ。ひな先輩がピーマンを切ってた手が臭いって嬉しそうにはしゃいでたくらいです」


「ひなちゃんらしいね。誰も怪我してないのなら一安心」


 保健室の先生であり保護者役でもあるからか、推川ちゃんは生徒たちの体調などを気にかけてくれる。生徒思いであることも、彼女が多くの生徒から好かれる理由のひとつなのだろう。

 そんな推川ちゃんを案内するようにして、外でバーベキューコンロを囲んでいる女子たちの元へと向かった。


 ☆


 肉や野菜が乗った紙皿が五人に渡ると、皆で「いただきます」と声を合わせた。割り箸で分厚い豚肉を摘んで口に運ぶ。焼肉のタレで味付けがされた豚肉は、歯ごたえもあってとても美味しい。


「美味しー! 外で食べる生徒たちの作ったご飯は格別ね」


 外にあった木のベンチに座っている推川ちゃんが声を上げる隣では、ひな先輩が「美味しい」を連呼しながらアツアツの肉にかぶりついていた。


「湊はどう? 美味しい?」


 隣に立っている桜瀬が、俺の顔色を伺うようにして尋ねた。


「うん、めっちゃ美味い。腹減ってたから余計に」


「おかわりまだまだあるからね。今焼いてる分とか」


 桜瀬に言われてバーベキューコンロを見てみると、火の弱まっている網の上には肉や野菜が置いてあった。


「あとで絶対おかわりするわ」


「あはは、男の子だね」


 サイドテールを揺らしながら笑い声を上げた桜瀬は、紙皿に乗っていた肉を箸で摘んで口の中に入れると、頬を緩めながら美味しそうに咀嚼をしている。


「湊、キャベツがない」


 隣で黙々と肉や野菜を食べていた柊から声が掛かった。振り向いてみると、俺の手に持っている紙皿を柊がじっと見ていた。


「キャベツ?」


「湊のお皿にキャベツ乗ってない」


 彼女の言葉を聞いて自分の皿に視線を落としてみると、野菜はピーマンか玉ねぎしか乗っていなかった。


「たしかに乗ってないな」


「キャベツ美味しいよ」


「美味しいのか。じゃああとで食べてみるわ」


「今食べて」


「今?」


 今からバーベキューコンロに乗っているキャベツを取りに行けということだろうかと思ったのだが、柊は自分のお皿に乗っているキャベツを箸で摘むと、それを俺の口元へと寄せた。


「ちょっと瑠愛! いきなりどうしたの!?」


 それを見ていた桜瀬が驚きの声を上げたが、柊はそんなことなどお構いなしに俺の口元にキャベツを近づけて待っている。


「これ、食べろってことだよな?」


 これはまさか、夢にまで見た「あーん」というやつなのではなかろうか。それに柊が使っていた箸で食べさせてくれるということは、これはもしかしなくても間接キスになる。

 しかも俺にキャベツを食べさせてくれるのは、目の前で俺の目をまっすぐに見つめている、銀髪のよく似合う美少女である柊だ。


「イヤ?」


 柊が目を丸くさせて首をコテリと倒したのを見て、俺の中で覚悟が決まった。


「食べます」


 周りで桜瀬たちが見ていることなど知ったことかと、俺は柊が差し出しているキャベツに大きな口でかぶりついた。

 口の中にしっとりとしたキャベツの風味が広がるとともに、柊から「あーん」をされたのだという実感が湧き、感動で涙が出てきそうだ。


「どう?」


「うん、美味いな」


「でしょ」


 美味しいという感想が聞けたからか、柊は満足げに頷くと自分の食事に戻って行った。

 嬉しさで思わず頬が緩みそうになりながらも自分の食事に戻ろうとすると、不意に肩をちょんちょんとつつかれた。振り返ってみると、どこか不満そうな顔をした桜瀬が半分に切られた小さなナスを箸で摘んでいた。


「ど、どうした」


「ナスないでしょ」


「たしかにないな」


「食べさせてあげる」


 柊からキャベツを食べさせてもらったことが不満だったのか、桜瀬は無理矢理に作った笑顔のまま俺の口元へとナスを寄せた。

 ここは言う通りにしなければ、桜瀬の気分を害してしまうかもしれない。そう思うと俺の口は勝手に開いて、桜瀬のナスを受け入れていた。


「どうですか」


 何故か頬を薄らとピンクに染めた桜瀬は、先程よりも柔らかい表情をしている。


「甘くて美味しいな。ナス好きだから」


「ふーん、それはなにより」


 何故だか素っ気なく返事をされたが、桜瀬の表情からは不満そうな様子が抜け落ちたので一安心だ。


「何だか楽しそうなことしてるなー! わたしも湊くんにあーんする! 湊くん! わたしの食べかけの玉ねぎ食べるー?」


 ようやく自分の食事にありつけると思っていると、推川ちゃんと楽しそうに会話をしていたひな先輩までもが、無邪気な笑顔のままこちらへと駆け寄って来る。


「こらー、ひなちゃーん。走ると危ないよー」


 推川ちゃんからの注意など聞こえていないようで、ひな先輩は俺の元へと駆け寄るなり、歯型がくっきりとついた玉ねぎを食べさせようとしてくる。


「せめて食べかけじゃないやつがいいんですが」


「ほれほれー、いいじゃないかー。わたしの食べかけだから余計に美味しくなってるぞー」


「どういうことですか……」


 ひな先輩の食べかけはさすがに食べる訳にはいかないので口を開かずにいると、視界の端からにゅるっと肉が現れた。


「湊、肉もある」


 肉の差出人は柊だった。

 目の前には食べかけの玉ねぎと、太陽の光を油で反射させている肉がある。ここまでくると、エサを与えられているペットの気分である。


 ──推川ちゃん、助けて……。


 そんな心の叫びなど聞こえるはずもなく、ベンチから久しぶりに腰を上げた推川ちゃんは、呆れ顔の桜瀬と一緒にバーベキューコンロを囲み始めた。

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