第三章 私のことはどう思ってるんだろう

車内は恋バナで温かく

 今日は冬休み初日でもあり、ひな先輩が企画した旅行に行く日でもある。


 旅行は十二月二十三日から十二月二十五日までの、二泊三日。

 場所は柊の親戚の別荘を借りられることになった。その別荘は山奥にあるらしく、バスも通っていないので推川ちゃんが車を出してくれることになっている。


「推川ちゃん、おはよう」


 高校の教員用の駐車場には、水色の車に乗った推川ちゃんが窓を開けてこちらに手を振っていた。


「佐野くんおはよう。寒いから乗っちゃって。あ、荷物は後ろのトランクにね」


「助手席の方がいい?」


「そうね。女の子三人を後ろに乗せようと思ったんだけど。それとも湊くんが女の子に囲まれて後ろに座る?」


「……いや、助手席に乗ります」


 ここから柊の親戚の別荘までは二時間近くあるらしいので、後ろの席で女子に囲まれながら車に揺られるなんて精神がもたない。

 素直に推川ちゃんの言うことに従って、持ってきた荷物をトランクに詰め込んでから助手席へと乗り込んだ。車内は暖房が効いていて温かく、芳香剤のいい匂いがする。

 推川ちゃんはいつもの白衣姿ではなく、灰色のパーカーに黒いズボンを着用している。


「まだ誰も来てなかったんだ」


「佐野くんが一番乗りよ。女の子は三人一緒に来るんじゃない?」


「そうかも。桜瀬とひな先輩は電車で来て、途中で柊を拾っていくみたいな」


「あはは、その光景が簡単に思い浮かんだわ」


 推川ちゃんは喉を鳴らして笑うと、バッグの中からコンビニでよく見掛けるグミの入った小袋を取り出した。


「佐野くん、グミ食べる?」


 黄色いグミをひとつだけ取り出した推川ちゃんは、それを人差し指と親指で摘みながら尋ねた。


「それじゃあいただきます」


「はーい」


 手を出すと、その上に黄色いグミが置かれた。それを口の中へと放り込むと、やや酸っぱめなレモンの味がした。


「ていうかよく推川ちゃん来てくれたね」


「この旅行にってこと?」


「そうそう。絶対に来ないかと思った」


「可愛い生徒たちから頼まれたらね。あとクリスマスも一人で過ごさなくて済むと思って」


「……反応しずらいじゃないですか」


「ツッコんでよ」


 今回の旅行はクリスマスパーティーもする予定なのだ。

 高校生のクリスマスパーティーに先生も混ざるとなると、気まずくないのだろうかと考えてしまう。


「彼氏とか居ないんですね」


「居ないわよー。こんな職場じゃ出会いなんてないもの」


 苦笑まじりに言うと、推川ちゃんはこちらに振り向いてニヤニヤ顔を見せた。


「そういう佐野くんはどうなのよ。あれだけ可愛い子が周りに居るんだもん。何も無いわけがないわよね?」


 まじまじと目を見られて、心が見透かされている気分になる。何も後ろめたいことなどはないが、自分では気付いていない感情があるかもしれないと思うと、思わず目を逸らしてしまう。


「いや、何もないよ」


「本当に? いつも仲良さそうだけど」


「みんな仲の良い友達って感じですよ。きっと他の三人も俺のことはそう思ってると思います」


「柊ちゃんも?」


 その名前が出て来たことに、心臓がギクリと跳ねた。その動揺が推川ちゃんへと伝わってしまったのか、彼女は「ふーん」と意味深な声を漏らしながら前を向いた。


「柊ちゃん可愛いものね〜」


 推川ちゃんの手の平の上で踊らされている気分になり悔しいが、みんなで旅行へ行く前にバレてはマズイことなのではなかろうか。


「あの、推川ちゃん。いや、推川先生──」


「分かってるわよ。誰にも言うわけがないじゃない」


「……助かります」


 今まで一度も恋愛をしたことがないので、柊に対するこの気持ちが何なのかが分からなかった。だがこうやって改めて尋ねられると、それが恋愛感情というやつなのかもしれないと思い知らされる。


「ねえねえ、柊ちゃんのことが好きになったのは何がきっかけなの?」


 いたずらっ子の笑顔を浮かべる推川ちゃんは、とても楽しそうだ。


「きっかけですか」


 柊に対して特別な感情を持ち始めた日のことを思い出してみる。それは俺が初めて屋上へと足を踏み入れた日。雲を眺める彼女の横顔を見た時からだった。


「一目惚れ……してたのかも……」


 まだこの気持ちが本当の恋愛感情なのかは分からないが、特別な感情を持ち始めたのはあの日のことで間違いない。


「ええー! 一目惚れかぁ! うわー、その話しお酒飲みながら聞きたいなー」


 色恋沙汰には目がないといった色のついた声に、俺は途端に恥ずかしくなり推川ちゃんから顔をそむけた。


「俺の話はもういいって。もー、余計なことまで喋っちゃったじゃん」


「別にいいじゃない。減るもんじゃないし」


「何かが減った気分なんだけど」


「そんなことないよ。私に手伝えることがあったら手伝ってあげるから」


 どうして上から目線なのだとツッコミたくなったが、推川ちゃんは一応学校の先生であったことを思い出して、喉から出かけた言葉をそっと飲み込んだ。


「いや、別に付き合いたいとかは無いんでこのままでいいですよ」


「はい? なにそれ、どういう──」


 推川ちゃんは鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔をこちらへと向けた時、車の窓がトントンと叩かれた。


「おーしかーわちゃん! こーんにーちは!」


 窓の外には会心の笑顔を浮かべるひな先輩と、その後ろには桜瀬と柊が立っていた。

 これでようやく推川ちゃんの質問責めから解放される。ホッと胸を撫で下ろすと、推川ちゃんは不満げに口を尖らせながら、俺の肩に手を乗せた。


「絶対にあとで聞くからね! お酒持ってきてるから、あっちに着いたらゆっくり聞かせてもらうから」


 推川ちゃんは釘を刺すように言ってから、窓を開いてひな先輩たちに後ろへと乗るように指示をした。

 こうして、屋上登校をしている生徒と保健室の先生の、クリスマスパーティーを兼ねた旅行が始まったのだった。

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