結果発表〜!
期末テストが終わってから一週間が経過した。
今日は期末テストの結果が返却される日である。
テントの中には珍しく緊張感が漂っていて、それを誤魔化すべく四人は他愛もない話を繰り広げている。そうやって時間を潰していると、ドアのファスナーがジジジと音を立てて開いた。
「さてさてー、お待ちかねのテストの結果が来ましたよー」
推川ちゃんは大きな茶封筒を片手にテントに入ってきて、ドアのファスナーを閉めるなり笑顔を作った。その笑顔は何を暗示しているのか、テストの結果が分かるまでは謎のままだ。
「うわぁ……緊張してきた……」
四人の中で一番緊張しているのは桜瀬だ。彼女は赤点を取った経験が無いようで、追試だけは絶対に避けたいのだと口にしていた。
「紬、落ち着いて」
柊は桜瀬の頭を撫でている。いつもは桜瀬が柊の頭を撫でているので、立場が逆になっているのは初めて見た。
四人の中で一番落ち着いているのは、柊で間違いないだろう。彼女からは一切の緊張など感じず、いつも通り眠たそうにウトウトとしていた。
「わたしも緊張するよ〜、湊くん助けて〜」
床の上に仰向けに寝転がっていたひな先輩はゴロゴロと転がり、足を伸ばして座る俺の膝を枕にした。
ひな先輩に膝枕をしてやる形になったが、普段から過度なスキンシップをされるので耐性がついたのか、これくらいでは狼狽えなくなった。
「アナタたち仲がいいわね〜」
しみじみとした言葉を放った推川ちゃんは、茶封筒を床でトントンとして揃えると、その中からプリントを数枚取り出した。
「それじゃあまずは三年生のひなちゃん! 五枚まとめて返しちゃうわね」
「は、はい!」
ひな先輩は俺の膝から頭を上げようとせず、寝転がったまま推川ちゃんからプリントを受け取った。
一年生組が見守るなか、ひな先輩は五枚のプリントをまじまじと眺めている。そしてプリントから顔を上げると、笑みを浮かべた。
「推川ちゃん! 赤点って四十点以下だよね?」
「そうよー」
「やったー! 卒業出来るぞー!」
プリントを大きな胸の上に置いて、ひな先輩は俺の膝に頭を乗せた状態でバンザイをした。
「まじすか。点数見せて下さいよ」
「いいぞー、ほれ」
胸の上に置いていたプリントを手渡される。ひな先輩の点数に興味を持った桜瀬と柊も集まって来て、俺を囲うようにして座った。
ひな先輩のテストの結果は、英語が68点、国語が88点、数学が42点、世界史が82点、生物が53点だった。数学と生物以外は、余裕で赤点となる点数を上回っている。
「わー、文系科目の点数高いですね」
「文系脳だからねー。数学はからっきしだからギリギリ合格してて良かったよ」
「アタシも数学苦手だから結果が心配です」
「紬ちゃんならどうにかなるよ! 中間テストの時も何だかんだ言って赤点取らなかったじゃん!」
「そうですけどー」
桜瀬とひな先輩が会話を交わしている内に、推川ちゃんは次の茶封筒からプリントを取り出していた。
「はい、次は数学が苦手な桜瀬ちゃん。よく復習しなさいねー」
不穏な言い方に頬を引き攣らせた桜瀬は、推川ちゃんからプリントを受け取った。しかし桜瀬は五教科の点数を何度も確認すると、安堵するように「ふぅ」と息を吐いた。
「もー、びっくりしたなー。赤点取ってないじゃん」
「一年生なんだから復習は必要でしょ?」
「そうだけどー、ちょっと意地悪な言い方だったと思うなー」
「ちょっと怖がらせてみようって気はあったかな。ごめんごめん」
「もー」
推川ちゃんに向けて唇を尖らせてみせる桜瀬だが、その表情はどこか嬉しそうだった。
「桜瀬も点数見せてくれよ」
「いいよー」
桜瀬から五枚のプリントを受け取って、点数を確認する。英語は75点、国語は88点、数学は55点、日本史は70点、生物基礎は68点だった。かなりの高得点のようにも見える。
「お前、頭良かったんだな」
胃が痛そうな表情から一転して、桜瀬は自慢げな表情を作った。
「ふふん、夜なべして勉強した甲斐があったわ」
桜瀬が残り一週間で沢山勉強していたことは知っているので、その言葉には重みがあった。
「次は佐野くんね。はい、佐野くんもちゃんと復習するのよー」
「分かりました」
推川ちゃんから五枚のプリントを受け取ると、隣に座る桜瀬と柊が俺の手元を覗き込んだ。
テストの結果は、英語が56点、国語が68点、数学が91点、日本史が76点、生物基礎が75点だった。
「げっ、数学九割も取れるんだ」
「中学の時に数学塾に通ってたから」
「すごいね、意識高い」
「それ褒めてる?」
「超褒めてるよ」
桜瀬と話していると、手首の辺りをツンツンとつつかれた。寝転がっているひな先輩だ。
「どうしました?」
「わたしにも湊くんの点数見せてー!」
「あ、はい。いいですよ」
ひな先輩にプリントを手渡すと、「うわ、理系男子」と感想を述べられた。
「最後は柊ちゃんね。はい、よく勉強したわね」
そして一番の問題だった柊のテストが返却された。
一週間前は数学の点数がゼロ点だった柊だが、赤点は回避出来ただろうか。
「瑠愛……どう……?」
親友であり保護者でもある桜瀬は、柊の手に持っているプリントを覗くなり、眉をひそめてから目を大きく開いた。
「え、嘘……」
嫌な予感が背筋を撫でた。今まで俺の膝で寝ていたひな先輩もこれには興味を示し、頭を上げてその場にちょこんと座り込んだ。
「瑠愛ちゃん! 点数を見せなさい!」
ひな先輩が床をバンバンと叩きながら要求をすると、柊はキョトンとした顔をしたまま五枚のプリントを床の上に並べた。
そこにあったのは、全てが満点のテスト用紙だった。
「え? どういうこと?」
期末テストで満点を取る人なんて初めて見たので自分の目を疑ったが、やはり何度見ても全てが満点だった。
「瑠愛ちゃんすごい! どうしてこんなに取れるの?」
「勉強した」
「そりゃあ勉強しかないか!」
柊の解答用紙を見たひな先輩はスマホを取り出すと、床に並ぶプリントを撮影し始めた。ロック画面に設定してお守りにするらしい。
「そう言えば一度勉強したら覚えるって桜瀬言ってたよな」
「うん、確かに言ってたけど、まさか当日までひとつも忘れないなんて思わないじゃない」
「だよなあ。天才って言葉だけじゃ足りない気がする」
その間も柊はキョトンとした表情を浮かべるだけだった。当の本人が一番冷静である。
「柊、よく勉強したな」
一週間で点数を百点も伸ばすには、多くの苦労があっただろう。それを思ってそう言ってみせると、柊はこちらに頭を向けた。
「ん? どうした?」
綺麗な銀髪から覗くツムジを見せつけられ困惑していると、柊は顔を上げて無表情のまま片頬を膨らませた。無表情なので感情は動いていないようにも思えるが、彼女なりに怒りを表現しているのだろうか。
「撫でて」
それだけを言うと、またもこちらにツムジを向けた。
「撫でて欲しかったのか」
それならば容易い御用だ。柊の要望通りに頭を撫でてやる。
「ちょっと瑠愛! 湊に心開きすぎでしょ!」
俺に嫉妬をしている桜瀬は柊へと近づくと、彼女の頭を撫で始めた。柊は現在、二人から頭を撫でられている状況にある。
その隣では脇目も振らずに、柊の解答用紙を並べては撮影してを繰り返しているひな先輩が居る。
「アナタたち……ホントに楽しそうねぇ」
ため息のような推川ちゃんの呟きは、テントの中でわいわいと騒ぐ四人の耳には届かなかった。
――第二章 完――
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