期末テストと進路

 期末テスト当日。

 屋上登校をしている四人は、校舎の中にある空き教室に集まっていた。空き教室には四つの机が横一列に並んでいる。左からひな先輩・俺・柊・桜瀬の順に席に着いて、推川ちゃんがテスト用紙を持って来るのを待っている。


「おー、緊張してきたー」


 左隣に座るひな先輩は落ち着かない様子で、空中で足をバタバタとさせている。


「ひな先輩でも緊張することあるんですね」


「あるよ! 湊くんはわたしを何だと思っているのだ」


「天真爛漫少女ですかね」


「なんだその幼稚園児感……」


「幼稚園児であながち間違いじゃないかもしれないです」


「えぇ……」


 とても心外そうな顔をしているが、最近のひな先輩は元気な幼稚園児にしか見えない。


「ひな先輩も湊もメンタル強いですね」


 机に突っ伏して寝ている柊を挟んで右隣から声を掛けたのは、目元にクマを浮かべた桜瀬だ。


「寝不足か?」


「寝不足よー。瑠愛と電話繋いで深夜の一時まで勉強してたの」


「だから柊は寝てるんだな」


 柊は自分の腕を枕にして、机の上で爆睡している。


「瑠愛ちゃん頑張ったんだねー」


「頑張ってましたよ。寝るギリギリまで生物基礎と日本史を勉強してました」


「暗記物ばっかりだ」


 柊は五教科全ての成績が赤点まっしぐらだったので、一週間で範囲の全てを覚えるのは至難の業だ。桜瀬はそれでも「どうにかする」と意気込んで、普段はスマホをいじったり寝たりするだけの自習の時間を、柊との勉強に費やしていた。


「でも瑠愛は記憶力いいんですよ。暗記するものは大体一発で覚えちゃうんです」


「え、それはすごいな」「羨ましいー」


 俺とひな先輩の声が重なった直後、教室の扉がガラガラと音を立てて開き、大きな茶封筒を手にした推川ちゃんが中へと入って来た。


「さて、期末テスト始めようか。柊ちゃーん、起きて下さーい」


 推川ちゃんの呼びかけに肩をピクリとさせて、柊は寝ぼけ眼を擦りながらゆっくりと体を起こして、腕を天井へと向けて伸びをした。

 こうして、お昼の下校時間まで続く期末テストが始まったのだ。


 ☆


約五時間にも及ぶ期末テストが終わり、推川ちゃんから帰宅の承諾も得たので、俺たち四人は学校を後にした。


「うおー! 終わったぞー! これで残りの高校生活は自由だー!」


 校門から出るなり、ひな先輩は大きな胸を揺らしながらぴょんぴょんとジャンプをした。


「そっか。あとは出席日数稼いで卒業するだけなんですね。いいなー」


「うん! まあ赤点取らなかったらだけどね」


「赤点だけは取りたくないなー」


 期末テストから解放されて、すっきりとした顔を浮かべる桜瀬とひな先輩が会話をしながら足を止めた。それに釣られるようにして、後ろを歩いていた俺と柊も校門前で足を止める。


「ひな先輩、そう言えば進路ってどうするんですか?」


 あとは卒業するだけということは、もう既に進路が決まっているのだろうか。すると桜瀬とひな先輩が同時にこちらを向いた。


「あれ、湊に教えてなかったんですか?」


 その桜瀬の問いに、ひな先輩は「そういえば!」と仰々しく驚いてみせた。


「湊くんには教えてなかったよね!」


「え、その感じだと桜瀬も柊も知ってるのか」


 桜瀬と柊の方を見てみると、二人ともコクコクと頷いた。


「二人には湊くんが屋上登校を始める前に話したからね」


「じゃあその時から決まってたんですね。進学か就職かどっちなんですか?」


「就職だよ! 今のバイト先で正社員になります」


 こちらに向けてピースをするひな先輩。

 ひな先輩のバイト先は、柊の誕生日プレゼントを購入したアパレルショップだ。あんなお洒落なお店に就職だなんて、ひな先輩らしい。


「こんなひな先輩でも社会人になるんですね。おめでとうございます」


「こんなひな先輩って何だ! 幼稚園児じゃないんだぞ! おめでとうはありがたく受け取っておくけど!」


「いえいえ」


 無邪気な笑顔を浮かべるひな先輩の頭を撫でたくなるが、年上ということもあってグッと我慢した。


「ねえねえみんな、期末テストお疲れ様ってことでご飯食べに行かない?」


「俺は全然大丈夫だけど」


「わたしもバイト休み!」


「私も大丈夫」


 桜瀬の提案に、三人はすぐさまオーケーを出した。

 きっとみんな、同じことを考えていたのだろう。もちろん俺もその中の一人だ。


「どこがいい? どこか行きたい場所ある?」


 桜瀬が三人に向けて尋ねると、柊が顔の横で手を挙げた。


「おー、瑠愛が行きたい場所あるなんて珍しいね。どこ?」


 三人の視線が柊へと集まると、彼女は無表情のまま手を下げた。


「ショッピングモールの中にあるイタリア料理のお店。行きたい」


 柊が珍しく要望を口にしたことに、俺は言葉に出来ないような感動を覚えた。自分の感情が分からないと言っていたのに、柊が食べたいと思ったお店を提案してみせたのだ。


「行こう! 瑠愛ちゃんが行きたいって言うなら行くしかないよ!」


「そ、そうですよね! 瑠愛! よく言った!」


 目に見えて興奮しているひな先輩と桜瀬は、お互いの手を取り合って声を上げている。その二人の様子を見ている柊は、訳が分からないといった様子で首を傾げている。


「それじゃあ行こうか」


 不思議そうな顔を浮かべている柊を見て言うと、彼女はこちらに振り向いてから頷いた。


「うん、行く」


 そんな柊の手を桜瀬が取り、ひな先輩は抱き着いた。柊は相変わらずの無表情ではあるが、嫌がっているようにも見えない。

 もしかしたら柊が感情を理解する日は、そう遠くない未来にあるかもしれない。

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