大ピンチはファミレスで
ある日の放課後。俺と桜瀬と柊の三人は、学校の近くのファミレスで昼食を取ったあと、その場に留まり勉強会をしていた。
どうして思い出したかのように勉強会を開いたのか。それはまだまだ先だと思っていた期末テストが、一週間後にまで迫っていたからだ。
「あーもう訳分かんなーい。やーめた」
一番始めにギブアップ宣言をしたのは、俺の正面に座っている桜瀬だった。勉強会を始めてから三十分という早さだったが、俺も折れそうな気持ちは分かるので、彼女を咎めることは出来ない。
「紬、留年しちゃう」
柊はドリンクバーから持ってきた飲み物を片手に持ちながら、桜瀬の顔を覗き込んだ。
桜瀬の前には数学のテキストが並んでいるが、柊の前には筆記用具と飲み物しか置かれていない。
「うー、留年は嫌だけど勉強も嫌」
「贅沢」
「贅沢なのは分かってるよー。あー、やるかー」
一瞬で復活した桜瀬は、シャープペンシルを片手に持ちテキストに向き直った。柊は桜瀬の様子を観察するだけで、勉強しようとしない。
「柊は勉強しないのか」
生物基礎のテキストから顔を上げて、柊に問いかける。
「もう少し経ったらやる」
「勉強得意なのか?」
「分からない」
「分からないか」
「うん、でも好きか嫌いかで言ったら、嫌い」
「嫌いか」
「うん」
さすがの柊でも勉強は嫌いなようだ。しかしここまで勉強せずに余裕で居られるということは、テストではある程度の点数が取れる算段なのだろう。
「湊ー、そっちの調子はどうー?」
「意味は全く分かってないけど、単語だけならそこそこ覚えた」
「まあ高校の勉強なんてそんなもんよねー」
テーブルの上に頬杖をついてため息を吐き、桜瀬はシャープペンシルで軽くペン回しをしてから数学のテキストに向き直った。
それを見て俺も勉強を再開しようとすると、ようやく柊がバッグの中から数学のテキストを取り出した。
「もう始めるのか」
「うん、始める。でも答え合わせするテキスト忘れちゃった」
学校で配られるテキストは、問題を解く用のテキストと解答が書いてあるテキストのセットで配られるのだ。そのどちらかが欠けると、勉強もしづらくなる。
「あ、じゃあキリのいいところまで終わったらアタシに言って。答え合わせしてあげるから」
同じ数学のテキストで勉強している桜瀬が、柊の答え合わせをしてくれるようだ。
「うん、分かった」
ちょこんと頷いた柊の頭を、桜瀬は優しい笑みを浮かべながら撫でた。
気持ちよさそうに目を細めた柊は、薄桃色の筆箱からシャープペンシルを取り出して、テキストに書いてある数式を解き始めた。柊が無事に勉強を開始したことを見届けてから、俺と桜瀬も自分の勉強に取り掛かった。
☆
「紬、出来た」
問題を解き終えた柊は、答えを書き込んでいたテキストを桜瀬へと手渡した。
「了解〜。それじゃあちょっと待っててね。丸つけしちゃうから」
「うん、分かった」
桜瀬は自分の勉強を中断して、柊の解いた問題の丸つけを始めた。
「解いてみた手応えはどうだ?」
「普通」
「普通か」
「うん」
柊はコクコクと頷いたあと、ドリンクバーから持ってきた飲み物をストローで飲み始めた。それに釣られて俺も、グラスに口を付ける。
黙々と丸つけをしている桜瀬を待つこと数分で、彼女はゆっくりと顔を上げた。その表情は目を丸くさせながら、口をポカンと開いている。
「瑠愛、すごいわ」
含みを持った言葉と同時に、桜瀬はこちらにテキストを広げてみせた。そのページには丸がひとつもなく、黒文字の上から赤文字で間違いが訂正されている。点数を記入する欄には唯一の丸が付けられていたが、これはゼロという意味だろう。
「え、まじなの?」
「まじよ」
冗談を言っている口調ではなく本気だ。
柊は真剣な顔つきをしている桜瀬を見て、コテンと首を横に倒した。
「残念」
恐らくゼロ点だったという結果について、残念だと言っているのだろう。
「柊、さっきまで余裕そうにしてなかったか?」
「余裕そうに?」
「勉強をしないで高みの見物をしていた気がするんだが」
「気のせいだよ」
「気のせいか」
柊本人が気のせいだと言うのだから、気のせいなのだろう。それでもこの点数は嘘にはならない。
その点数を見て一番衝撃を受けている桜瀬は、柊の解答を見て何度も瞬きをしている。
「なあ桜瀬、期末テストで赤点取ったらどうなるんだ?」
「再テストって四十点以下だよね? 多分四十点以下だったら再テストがあると思う」
「今の調子だったら再テストも危ないよな」
「だよね」
そこで俺と桜瀬の視線は柊へと吸い寄せられる。二人の視線に気が付いた柊は、ちょこんと首を傾げた。
「どうしたの」
まん丸な瞳を向けられては頭を撫でてやりたい衝動に駆られるが、今は心を鬼にしなければならない。
「柊、今から期末テストまで猛勉強だぞ」
「一週間は勉強漬けだから覚悟しなさい」
俺と桜瀬も人に教えられる学力は持ち合わせていないが、期末テストで赤点は取らない自信がある。
だからこれからの一週間は自分の勉強ではなく、柊に赤点を回避出来るだけの学力を付けさせる必要がある。それもこれも、一緒に二年生に上がり一緒に卒業したいからだ。
しかし俺たちから勉強漬けの宣告を言い渡された柊は、無表情のままに両方の頬を膨らませた。
──柊、それは可愛すぎだろ。
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