嵐のような人だ
三限目の開始を告げるチャイムが鳴った。
俺は定位置に座り読書を。桜瀬と柊は身を寄せ合いながらひとつのスマホの画面を覗いている。さっきまで居たはずのひな先輩は、二限目が終わったと同時にトイレへと行ったまま帰って来ていない。
「ひな先輩大丈夫かな?」
その声を聞いて読んでいたページから顔を上げると、桜瀬と目が合った。彼女と肩を合わせて座る柊は、毛布を胸の辺りまで掛けて三角座りをしている。
「大丈夫じゃないか? 十分休憩の時にトイレに行ったから混んでたとか」
「あー、それはあるかもね。タイミングが悪そう」
「ちょっと時間をずらせば良かったのにな。他の生徒とも遭遇しちまうし」
「ひな先輩は全く気にしないんだよねー。ていうかひな先輩、屋上登校をしてる割には一般生徒にも友達が居るんだよ」
「え、そうなのか。意外──でもないか」
あの明るいひな先輩だ。屋上登校をしている理由も起きられないというだけで、人間関係に問題も見られない。学校に友達が居ると言われても、特におかしくはない。
「ちょっと待っても帰って来なかったら探しに行けばいいか」
「そうだな、その時は俺も行くわ」
ちょうどその時、屋上の扉が開く音が聞こえた。
「あ、噂をすれば」
耳を済ますウサギのように、桜瀬は扉の音に反応した。
数秒も経たずにテントのファスナーが開くと、ひな先輩がプリントを片手にやって来た。
「なんですかそのプリント」
以前推川ちゃんが配った期末テストのプリントが頭をよぎり、何となく嫌な予感がした。
「これねー、さっき会った友達から渡されたの」
ひな先輩はそう言うと、手に持っていた一枚のプリントを床に広げた。それに釣られて俺たち一年生組は、プリントに群がるようにして集まった。
「修学旅行?」
そこには大きな文字で、『沖縄修学旅行』の文字があった。
「ひな先輩、修学旅行に参加するんですか?」
桜瀬が首を傾げると、ひな先輩は「うーん」と唸りながら腕を組んだ。
「誘われたんだけどね、修学旅行には行かないことにしたの。でもその代わりに、ここに居る四人で修学旅行の代わりの旅行がしたいなーって」
「ここに居る四人って──俺も含まれてます?」
「もちろんだよ! 湊くん、紬ちゃん、瑠愛ちゃん、わたしの四人!」
食い気味のひな先輩に、一年生組は口をポカンと開いたままだ。
「あれ、もしかして嫌だった?」
ひな先輩は一転して心配そうな表情を見せた。
そんなひな先輩の言葉を受けて、一年生組はお互いに顔を合わせる。
「嫌なわけじゃないんですけど、俺たちでいいんですか?」
「湊の言う通りですよ。他に友達も居るのにアタシたちが旅行の相手でいいんです?」
俺と桜瀬がそう言うと、ひな先輩はブンブンと首を縦に振った。
「わたしはここに居る四人との思い出が欲しいの! 一般生徒の友達は、顔を合わせば話すだけで遊ぶような仲でもないし!」
必死なひな先輩の訴えかけに、俺と桜瀬は同時に頷いた。
「それならまあ、俺なんかで良ければ」
「アタシも旅行好きだから行きたいです」
俺と桜瀬が頷いてみせると、ひな先輩はぱっと表情を明るくさせた。
「おおお! さすがは優しい後輩たちだ!」
目に見えて嬉しそうなひな先輩は、柊へと視線を向ける。
「瑠愛ちゃんはどうだ! 旅行!」
足を崩して座りながら、柊は眠たそうな目でひな先輩を見ている。
「旅行ってなに?」
その一言に衝撃を受けた。それは桜瀬とひな先輩も同じようで、驚きで目を見張っている。
「え、瑠愛、旅行行ったことないの?」
「うん、ない」
「一度も?」
「一度も」
桜瀬と柊の会話を聞いていたひな先輩は、衝撃を受けたかのようにして固まった。そしてふと我に返り、勢いよく柊の手を取った。
「健気な瑠愛ちゃん! よし! わたしが楽しい旅行に連れて行ってやる!」
「旅をするの?」
「旅をするというよりは遠くに遊びに行くんだ! もちろん泊まりで!」
「お泊まり」
一瞬だが柊の目が大きく開いたように見えた。
「旅行、行ってみたい」
あの柊がまたも興味を持ったようだ。もしかして柊は無欲のように見えるだけで、実はそこそこ欲があるのだろうか。
「おおー! 瑠愛ちゃんもありがとう!」
柊の手をギュッと握ってから離すと、ひな先輩は満面の笑顔を作った。
「これで三人の承諾は取れたね! この調子でもう一人の説得もしてくるね!」
おもむろに腰を上げたひな先輩がテントから出て行こうとすると、桜瀬が「ちょいちょいちょい」と言って呼び止めた。
「何かあった?」
こちらに振り返ったひな先輩は、目を丸くさせてキョトンとしている。
「もう一人って誰ですか?」
呼び止めた桜瀬もキョトンとした顔を浮かべている。二人だけではなく、ここに居る全員が同じような表情を浮かべている。
「推川ちゃんだよ。保護者役にも適任かなって」
ひな先輩がその名前を出すと、三人は納得したように頷いた。
「推川ちゃん来てくれますかね?」
俺の問いかけに、ひな先輩は顎に人差し指を当てた。
「うーん、どうだろう。頼み込んだらオーケー出してくれそうだけど」
コテッと首を倒したひな先輩だが、すぐにいつもの笑顔に戻りテントのファスナーを開いた。
「ということでわたしは推川ちゃんを説得して来るぞ!」
警察官のように額に手を当てて敬礼のポーズをするひな先輩に、三人も敬礼を返す。俺たちの顔をゆっくりと見回したひな先輩は、愛嬌のある笑みを浮かべてからテントをあとにした。
まるで嵐のように過ぎ去って行ったひな先輩を見て、四人の中で一番幼く無邪気であるのは彼女で間違いないと改めて実感する機会となった。
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