誕生日会は大成功
お灸を据えられた俺を含めた四人が、丸いテーブルを囲うようにして座っている。目だけ笑っていない桜瀬にことのあらすじを説明するのは大変だったが、身振り手振りと必死で無実を証明すると、渋々と言った様子ではあったが信じてくれた。
しかし俺の隣には、桜瀬とひな先輩が座っている。桜瀬曰く、柊と近付けて俺を発情させないためらしい。
「ということで一件落着したし、瑠愛ちゃんの誕生日会始めよっか!」
手をポンと叩いたひな先輩の前には、チョコのホールケーキが置いてある。ケーキの上に乗っているチョコプレートには、『瑠愛ちゃん 誕生日おめでとう』と書いてある。
「じゃあ瑠愛、まだ明るいけど一応ロウソク消してね」
部屋のカーテンは閉めているが、それでも太陽の光は室内を照らす。しかし桜瀬はそんなのお構いなしに、ロウソクを立てていく。
「分かった」
柊は肩から『今日の主役』と書かれたタスキ掛けていて、目の前に置かれているケーキをじっと見つめている。
「十六本もあるのか」
「そうよ、歳の数だけロウソクを用意したの」
俺の十六歳の誕生日は六月だった。もちろん当時は友達が一人も居なかったので、コンビニでケーキを買って一人で寂しい誕生日を過ごしたのはいい思い出だ。
「わわ、湊くんが遠い目をしてる!」
ひな先輩に肩を揺さぶられ、悲しい過去から現実に戻って来ることが出来た。
それと同じくして、桜瀬はケーキに十六本のロウソクを立て終わった。十六本のロウソクは、丸いホールケーキの上で均等に並んでいる。
「はい、火は湊に頼んだ」
桜瀬はポケットからライターを取り出すと、それを俺に手渡した。
「よくライターなんか持ってたな。やっぱりタバコでも吸ってるのか?」
「んー? やっぱりってなーに? また怒られたい?」
「……冗談です」
冗談で言っただけだったのだが、目だけ笑っていない笑みを向けられたので、先程のトラウマもあってすくみ上がった。
桜瀬は日に日に、俺に対して容赦がなくなってきている気がする。仲良くなっている証拠だと信じたいものだ。
「じゃあ火つけてくぞ」
「頑張れ湊くん!」
ひな先輩に応援されながら、ロウソクに火を灯していく。三人に見守られながら火をつけていくのは少しだけ緊張したが、無事に全てのロウソクに火が灯った。
「よし、俺の仕事は完了だ」
ライターを桜瀬へと返そうとすると、「いらないからあげる」と言われてしまったので、素直に貰っておいた。
「それじゃあ次は瑠愛ちゃんの仕事だね! ロウソクの火を消そう!」
「息で消すんだよね」
「そうそう! フーッてね」
息を吹きかけるジェスチャーをするひな先輩を見て頷いた柊は、空気を肺いっぱいに溜めてから、フーッと息を吐いた──が、ロウソクの火はユラユラと揺れるだけで消える気配はない。
「頑張れ柊!」
「瑠愛! もう一回!」
「瑠愛ちゃんなら出来る! 落ち着いて!」
小さな火を消すことが出来ない柊が可愛すぎるので、俺たち三人は口々に彼女を応援した。
「うん、頑張る」
そして諦めない柊も健気で可愛い。
俺も桜瀬もひな先輩も、柊に萌えで骨抜きにされてしまいそうだ。
柊はもう一度大きく息を吸い込むと、目をギュッとつむって、先程よりも強めに息を吐いた──するとロウソクの火が一本だけ消えた。その後も数回に渡って息を吹きかけて、見事に十六本の火を消し終えることが出来た。
「ふぅ……終わった……」
ロウソクを全て消し終わり、柊は大仕事を終えたかのような台詞をこぼした。それをきっかけにして、三人は柊に拍手を送る。
「誕生日おめでとう」「おめでとう瑠愛!」「おたおめー!」
三人から大きな拍手を送られた柊は驚いたように目を大きくさせてから、いつもの無感情な表情のまま首だけでお辞儀をした。
「ありがと」
その口調は相変わらず無機質なものであったが、ちょっとだけ照れも混じっているように聞こえた。
☆
ホールケーキを四人でペロリと食べ終えた。上に乗っていたチョコプレートは、主役の柊がハムスターのようにちょびちょびと齧りながら食べていた。
「ケーキも食べ終えたし、プレゼントタイム始めようか!」
ひな先輩はガサゴソとバッグの中を漁ると、ラッピングされた小さな箱を取り出した。
「はい! わたしからの誕生日プレゼントだよ! おめでとおおおお!」
元気すぎる声とともに、ひな先輩は柊にプレゼントを手渡した。
「ありがとう、ひな先輩」
「うん! 開けてみ開けてみ!」
「分かった」
ラッピングを綺麗に剥がした柊は、箱の中から野球ボールくらいの大きさの虹色の球を取り出した。
「何これ、綺麗」
虹色の球を上から見たり下から見たりと、興味津々な様子だ。
「バスボムだよ! お風呂に入れるとお湯の色がキラキラになるやつ!」
「バスボム……初めて見た」
柊が手に持つバスボムを見て、桜瀬は「いいなー」と言いながら、バッグから手の平サイズの箱を取り出した。その箱は長方形で、ピンク色のリボンでラッピングされている。
「アタシからのプレゼントね! おめでとう瑠愛!」
柊はひな先輩から貰ったバスボムを箱にしまい、桜瀬から小さな箱を受け取った。
「開けていい?」
「もちろんいいよ」
柊が丁寧にラッピングを剥がしていく様子を、俺とひな先輩もまじまじと見つめる。柊の細い指が箱を開けると、中からは小さな円柱の形をした物が出てきた。
「リップクリーム?」
「正解! アタシからはリップクリームだよ〜」
柊は蓋を取ると、ゆっくりとした動きで自分の唇にリップクリームを塗った。
「いい匂い」
「でしょー? アタシも匂いが好きで選んだの」
「沢山使う」
「あはは、ありがとー」
桜瀬と柊がイチャイチャしているのを見ながら、俺もバッグからシンプルにラッピングされた箱を取り出す。ボックスティッシュくらいの大きさがある箱に、三人の視線が集中する。
「これ、俺からのプレゼントだ」
皆の視線が集まる中、柊にプレゼントを手渡す。
「開けてもいい?」
「いいぞ」
柊はまたもラッピングを丁寧に剥がし、箱の中から白くフワフワとしたものを取り出した。
「マフラー」
「そうだ、マフラーだ」
昨日ひな先輩のバイト先で見つけた白色のマフラーは、置いてあった中で一番柊に似合うと思ったものだ。
「巻いてみる」
マフラーを首に巻いていく柊の姿に、三人は目を奪われる。マフラーを巻くだけで美しいなんて、ずる過ぎやしないか。
「温かい」
柊の体にはちょっとだけ大きかったかもしれないが、しっかりと彼女の首に巻きついているマフラーを見てほっとした。
「それはよかった」
「いっぱい使うね」
桜瀬も言われていた言葉だが、実際に自分が言われると嬉しくて仕方がない。
「お、おう」
つい素っ気ない返事になってしまったが、柊がマフラーを巻いたまま外そうとしないところを見ると、よっぽど気に入って貰えたようだ。
「さてと! みんなからのプレゼントも渡せたし、今からゴロゴロするぞー!」
ひな先輩はその場で横になると、柊は近くにあったクッションを枕にするようにと手渡した。
「あ、そうだみんな、今日の夜どこか食べ行かない? 瑠愛の誕生日だから焼肉とか」
スマホを開こうとした桜瀬が皆に問いかけると、三人全員が賛成と即答した。
こんな日がこれからもずっと続けばいいのになと思う程に、柊の誕生日はとても楽しい日になった。
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