記念日にランクイン
学校から帰宅して家のベッドでダラダラとしていると、普段はうんともすんとも言わないスマホが着信を知らせる音楽を奏で始めた。
「うお……電話か……」
久しぶりに聞いた着信音にドキリとさせられながらも、ベッド脇に置いてあったスマホを手に取った。画面には『桜瀬紬』の名前が表示されていた。
「電話なんて珍しいな」
メッセージでやり取りをすることが多いため、桜瀬がこうやって電話を掛けて来たことなど一度もない。
電話で話さなければならない程の急用なのかと思い、特に何も考えずに応答ボタンを押して耳に当てる。
『あ、やっと出たー。今電話しても大丈夫だった?』
電話をするのが久しぶり過ぎて、スマホ越しに桜瀬の声が聞こえてくることが不思議に感じる。
「おう、大丈夫だぞ」
『何してたの?』
「ベッドでダラダラしてた」
『お、一緒じゃん』
「まさかそれだけを聞くために電話掛けて来たのか?」
『まさか。それだけの用事だったら電話じゃなくてメッセージで聞くよ』
「それもそうだよな」
ちゃんと用があって電話を掛けて来たらしい。
『湊、明後日がなんの日か分かる?』
なんだその面倒な彼女みたいな質問は。
ベッドから体を起こして、壁にかかっているカレンダーを見てみる。明後日は十一月十一日の木曜日だ。
「ポッキーの日か?」
『ハズレ──ではないけど、アタシの求めてる回答じゃないからハズレね』
それ以外には何も思い浮かばない。特に遊ぶ約束もないし、至って普通の平日である。
「ごめん、分からないな」
もしかしたら桜瀬と何かを約束している可能性もあるからと、一応謝罪を入れてから白状する。
『いや、謝ることでもないんだけどね? アタシも言ってなかったのが悪いし』
電話越しに桜瀬の小さな笑い声が聞こえて来た。実家暮らしの彼女は、家族に気を使いながら電話をしているのだろう。
「言われてないなら分からないな。十一日って何の日なんだ?」
『十一月十一日は瑠愛の誕生日よ』
「え」
この日から、俺の人生において忘れてはいけない日のひとつに、十一月十一日が追加された。
☆
次の日の放課後。俺は柊の誕生日プレゼントを買うために、学校の最寄り駅から二駅離れた場所にあるアパレルショップに訪れた。
どうして二駅も離れたアパレルショップに訪れたのかと言うと、桜瀬から「ここなら品揃えが豊富でオシャレ」だとオススメされたからだ。
自動ドアをくぐると、ホコリひとつないくらいに清潔な店内が広がっていて、様々な服を着たマネキンが置いてあった。
「いらっしゃいませ〜」
するとさっそく、後ろから女性店員に声を掛けられた。店員と話すのは緊張するので、出来れば一人で店内を見たかったなーと思いながら振り返ると、そこにはよく知っている人物が立っていた。
「ひな……先輩……?」
そこに立っていたのは、肌色のニットを着ていて黒色のロングスカートを着用しているひな先輩が居た。首からぶら下がっているネームホルダーには、『月居ひな』と手書きで書いてあるので間違いない。
「よう少年! 一日ぶりに会ったね!」
今日もひな先輩は学校に来てなかったので、彼女の言う通り一日ぶりの再開である。
「ひな先輩、なんでこんなところに?」
「ここがバイト先だからね!」
ひな先輩が自慢げに胸を張ると、元から大きな胸がさらに強調される。
「こんなオシャレなお店でバイトしてるんですね」
「まあねー! この店の雰囲気に一目惚れだよ」
「確かに店内の雰囲気はひな先輩に合ってますね」
「嬉しいこと言ってくれるじゃないか! お礼にあとで湊くんの家に行ってやろう」
「ゲームやりたいだけですよね」
「よく分かったね!」
仕事中でもひな先輩のテンションは高い。やっぱり彼女を見てると、自然と楽しくなってくる。
「っていうかひな先輩。俺が店に来てもあんまり驚かないんですね」
「紬ちゃんから連絡あったからね。「湊が瑠愛のプレゼント買いに行くかもしれないですー」ってメッセージが送られてきてたよ」
なるほど。桜瀬はここでひな先輩が働いていることを知っていて、俺を驚かせるためにこのお店をオススメしたのか。
どうやら俺は、桜瀬の思い通りに動いていたようだ。
「そうなんですね。それなら話が早いです」
「瑠愛ちゃんのプレゼントだよね!」
「そうです」
俺が頷くと、いつも無邪気な笑顔をしているひな先輩は、見たこともないくらいの上品な笑顔を作った。
「それではお客様。瑠愛ちゃんが気に入りそうな物が置いてある場所までご案内致します」
それに加えてとても落ち着いた口調のため、本当にいつものひな先輩なのかと疑ってしまう程だ。
そんな仕事モードのひな先輩に誘導されるがままに、柊のプレゼント選びが始まったのだ。
☆
「まずはこちらですね〜♪」
鼻にかかる声で案内されたのは、女性の下着コーナーだった。ブラジャーやパンティーが所狭しと並んでいて、下着姿のマネキンまで置いてある。
「ええと……俺が柊に下着をプレゼントしたら確実に嫌われると思うのですが」
「あはははは! ギリギリ嫌われないと思うけどなー」
「それでも俺にはレベル高すぎますよ」
「さすがに冗談だよ〜。次行くよ次〜」
楽しそうに笑うひな先輩は服装も相まって普段よりも大人っぽく見えるが、一人の男子を下着コーナーに連れ込んで喜んでいる姿を見ると、やはり仕事中でも中身は変わらないようだ。
☆
「続いてはこちらですね〜♪」
ひな先輩に案内されてやって来たのは、小物類が置いてあるコーナーだった。
ハンカチやイヤリング、マフラーや手袋などが自分の背よりも高い棚に並んでいる。
「おー、ここなら柊のプレゼントを選べるかもしれないです」
「そだね。というか湊くんが瑠愛ちゃんにあげるプレゼントを選ぶってなったら、ここのコーナーしかないかな」
「こんなに店内が広いのにですか?」
「ここの他はお洋服だからね。男子が彼女でもない女子にお洋服をプレゼントするってあんまり聞かなくない?」
「……確かにそうですね」
ひな先輩の「彼女でもない女子」という表現がグサリと刺さったが、何とか言葉を返すことが出来た。
心にダメージを負っていると、不意にひな先輩が目を丸くさせながら俺の顔を覗き込んだ。
「どう? ここでプレゼント見つかりそう?」
「そうですね。これだけ種類が豊富なら見つかると思います」
逆にここで見つからなかったら、どこでプレゼントを探せばいいのかが分からないくらいに、小物の種類は豊富である。
俺がそう言ってみせると、ひな先輩は「そっか」と目を細めて微笑んで、一歩後ろに下がって距離を取った。
「それじゃあわたしは仕事に戻るからな! 瑠愛ちゃんが胸キュンするプレゼントを選ぶのだぞ!」
「自信はないけど頑張ってみます」
「おう! その意気だ少年! それじゃあまた明日な!」
「明日は学校来るんですか?」
「瑠愛ちゃんの誕生日だから絶対に行く!」
すっかりいつもの口調に戻り、ひな先輩は無邪気な笑顔を浮かべたままこちらにブンブンと手を振った。
「それじゃあまた明日ですね」
手を振り返すと、ひな先輩は満足そうな顔をしたまま踵を返して、仕事へと戻って行った。
彼女の背中が見えなくなるまで見送ってから、明日誕生日を迎える柊のプレゼント探しを始めた。
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