太陽が昇っちゃった

 ベッドを背もたれにしてひな先輩と肩を合わせるようにして座りながら、テレビに映るドラモエのゲーム画面を観ている。

 テレビには一人の勇者と三人の仲間たちが、鳥のようなモンスターと戦っている姿が映っている。


「まったくもう……いつになったらスターキメイラは羽を落とすのやら」


 ひな先輩はドラモエを始めてからというもの、テレビ画面から視線を外すことなく、延々と喋りながらゲームに熱中している。


「俺もこのミッションには苦労しました。落とすか落とさないかは運ですからね」


「もー、RPGに運要素はいらないよー」


 ひな先輩はゲームに意識を向けながらも、常に俺と会話をしている。普段はあんなにもダラダラとしているが、実は器用な人なのだと新たな一面が見れた。


「うーん、ドロップしないなあ」


 ひな先輩が呟いた直後、スターキメイラというモンスターが一つの宝箱を落として行った。宝箱がパカリと開くと、三十分くらい探し求めていた羽をゲットすることが出来た。


「わ! ねえ見て湊くん! 羽! 羽!」


「見てますよ! やりましたね! ひな先輩!」


「わー! これでボスに挑めるよー!」


 喜びに顔を綻ばせたひな先輩は、腕を大きく広げて俺に抱き着いた。彼女の大きな胸が腕に押し当てられるが、心を無にして何とか耐え抜く。


「あはは、今回はボスまで長かったですね」


 そう口にすると、ひな先輩は俺から体を離してテレビに向き直った。

 最近、ひな先輩からのスキンシップで胸を押し当てられたり手を握られたりとすることが増えた。全くもって嫌では無いが、二人きりの時は遠慮して欲しいというのが本音である。いつ俺の性欲が暴走してしまうか分からないからだ。


「長かったねー、このペースじゃ今日中にラスボス倒せないよー」


 その言葉を聞いて、ふと時計を見上げてみる。時計の針は既に午前の一時を過ぎたところだった。


「ひな先輩、本当に帰らなくて大丈夫ですか?」


「親には友達の家に泊まるって言ったから大丈夫!」


 当初の約束では最初のボスを倒したら家に帰るとのことだったが、「次のボスを倒したら」を繰り返すうちに、今日は俺の家でゲーム合宿をすることが決まったのだ。


「それならいいんですけど、バイトとかは大丈夫ですか?」


「明日はバイトないからね〜」


「それなら良かった。これで安心してひな先輩が世界を救う瞬間を見届けられます」


「湊くんいいねー! そんなこと言われたらアガってくるよ〜」


 そんなやる気満々の言葉とは裏腹に、ひな先輩は手に持っていたゲームのコントローラーをテーブルの上に置いた。ひな先輩がこちらを向くと、申し訳なさそうな顔をしながら手を合わせた。


「その前にシャワーだけ浴びてもいいかな。一日中シャワー浴びてないと気持ち悪くて」


 ゲームに意識を向けていて不意を突かれたので、予想だにしていなかった要望に、思わず生唾を飲み込んだ。

 しかし変な意味が込められていないことなど百も承知しているので、あまり余計なことは考えないようにしながら、彼女を風呂場まで案内した。


 ☆


 気が付けば太陽が昇っていた。時計を見ると午前の九時を回っている。

 肩が触れ合うくらいの距離で隣に座っているひな先輩は、サイズが合わずにブカブカな俺のTシャツを着て萌え袖をしながら、テレビに映るボスと熱戦を繰り広げている。

 夕飯や間食を挟みながらも、かれこれ半日はぶっ続けでドラモエをプレイしているのだ。


「わたし、このボスを倒したらやりたいことがあるんだ」


 午前五時を過ぎた辺りから黙々とゲームをしていたひな輩が、久しぶりに口を開いた。


「やりたいことですか」


 どうして自ら死亡フラグを立てるような言い方をするのだとツッコミたくなりながらも、徹夜をしていたために回らなくなった頭を使って言葉を返す。


「うん、わたしのお願い聞いてくれるかね」


「俺に叶えられそうなことなんですか?」


「湊くんじゃないと叶えられないよ」


「何ですか」


「ベッドで眠りたい」


「あー、いいですよ」


「おお、やったー」


 ひな先輩が喜びの声を上げたその時、接戦を繰り広げていたボスが鳴き声を上げながら倒れた。死亡フラグを覆して、ひな先輩がボスに勝利したのだ。

 その後、ひな先輩は素早い手つきでゲームデータをセーブすると、無駄な動きひとつせずにテレビの電源を切った。


「うおおおおお……わたしは寝るぞぉ……」


 約半日もテレビ画面と睨めっこをしていたひな先輩は、赤ん坊のように四つん這いになりながらベッドまで移動すると、ごろんと寝転がった。


「起きたらゲームの続きをやる感じですか?」


「いやー、起きたらさすがに帰らないとやばいかなー、明日バイトだから」


「あ、そっか。それじゃあ今度来た時にですね」


「おー、ありがとー」


 ベッドで横になっているひな先輩を横目に、俺は床にクッションを敷いて寝るための準備を進める。


「うん? 湊くん何やってるの?」


「寝るための準備ですよ。さすがに僕も眠いので」


「それは知ってるよ。そうじゃなくて何で床にクッション敷いてるの? ベッドで寝るんでしょ?」


 不思議そうに目を丸くさせるひな先輩だが、俺の頭の中にも沢山のクエスチョンマークが浮かんでいる。


「ベッドはひな先輩に譲るんで」


「違うよ、一緒にベッドで寝るんだよ」


「はい?」


 一瞬だけ自分の耳を疑った。徹夜をしたテンションでふざけているのか、本当に一緒に寝ようと言っているのかが分からない。どちらにせよ、俺は断らなければならない。


「それはまずくないですか……?」


「まずくないよ。わたしがベッドで寝るのに家主が硬い床で寝る方がまずいよ」


 さも当たり前のように言ってみせたひな先輩は、こちらに向けて手を差し伸べた。きっとこの手を取れば、俺はベッドに引きずり込まれるだろう。


「湊くんが床で寝るって言うならわたしにも考えがある」


 ムキになった表情を浮かべる彼女は、スーパーで母親にお菓子をせがむ子供を連想させた。


「か、考えとは……」


「大声を出す」


 うちのような普通のマンションで大声を出されれば、確実に隣の部屋まで声が響き渡り、怒った隣人から壁ドンを食らってしまうだろう。それに男が一人暮らししている部屋から、女の大声が聞こえるとなれば、警察沙汰になる可能性だってある。

 上手く機能しない頭でそんなことを考えると、今はひな先輩の言葉に従うしかないのではとも思えてきた。


「わ、分かりました」


 一緒に寝るだけで手を出すわけではない。しかも太陽が出ている。誘われただけだからと、頭の中で思い付く限りの言い訳を並べてから、ひな先輩の手を取る。


「えへへー、湊くん……捕まえ……た」


 手を取るなり頬を緩ませたひな先輩だったが、徐々に目蓋が落ちてきたかと思うと、彼女の手が力なくベッドの上に落ちた。その途端に「くーくー」と、可愛らしいいびきまでもが聞こえてくる。


「寝ちゃった……のか」


 ひな先輩が熟睡してしまった姿を見ると、自分にも徹夜した分の眠気がどっと襲いかかる。

 今ならば硬い床の上でも寝られる自信がある。ひな先輩と一緒に寝られなかったことに残念な気持ちはあるが、その余計な雑念を払うべくクッションを枕にしてカーペットの上で横になると、一瞬にして夢の中へと誘われた。

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