新しい秘密基地

 期末テストの範囲表が配られた放課後。四人で学校近くのファミレスにて昼食を取ったあと、俺の住んでいる部屋で勉強会を開くこととなった。


「やっぱり四人だと狭いな……」


 いつも一人で暮らしている1Kの部屋に、今日は四人も人が居るのでかなり狭く感じる。それに加えて全員が制服姿のままなので、部活をやっていた時の部室を思い出す。


「そんなことないよ! テントよりは広い!」


 無邪気な笑顔を浮かべているひな先輩は、ベッドの上でうつ伏せとなりスマホをいじっている。


「学校の近くにこんないい溜まり場があったなんてねー。もっと早くから湊んちに来てれば良かったー」


 テーブルに頬杖をついている桜瀬は、テレビで流れるニュース番組を観ながらポテトチップスを食べている。テーブルの上にはポテトチップスの他にも、チョコレートのクッキーや麦茶の入ったグラスが置いてある。


「湊のベッド、湊の匂いがする」


 ひな先輩とくっついてベッドの上で体を丸める柊は、毛布に顔を埋めている。


「いや待てお前ら。勉強はどうした。あと柊さん、匂いはちょっと恥ずかしいので遠慮して頂けると嬉しいかな」


 勉強会を開くからと俺の部屋に集まったのだが、皆は一向に勉強する素振りすら見せない。そんなことを口に出しながら、桜瀬とテーブルを挟んで向かい合うようにして、柔らかなカーペットの上に腰を下ろす。


「勉強はあとでやるわよー。今は学校の疲れを癒してるのー」


「そうだそうだー! 紬ちゃんの言う通りだー!」


 この二人が手を組むと、俺も強くは言えなくなってしまう。


「本当かなあ……」


 まあさすがに期末テストが一ヶ月後に迫っているのだ。しかもプリントを配られた時には、桜瀬もひな先輩も焦りを感じている表情をしていた。


 彼女たちが勉強を始めるタイミングで、俺も期末テストのための勉強を始めよう。そう決心して、テーブルにあったポテトチップスをつまんで口に入れた。


 ☆


 結論から言おう。誰一人として勉強を始めないまま、十八時を迎えた。

 勉強を後回しにした時点で、俺たちの行く末は決まっていたのだ。


「あ、夕飯作ったから帰って来なさいって親から連絡きちゃった」


 カーペットの上で横になっていた桜瀬は体を起こすと、スマホの画面を見ながら立ち上がった。


「帰るのか?」


「うん、帰るかな。長居し過ぎちゃったし」


「そうか」


 桜瀬がバッグを肩に掛けると、テレビで流れる犬や猫の映像に釘付けだった柊もベッドから腰を上げた。


「紬が帰るなら私も帰る」


「そうだね、アタシも瑠愛を一人で帰らせるの心配だから一緒に帰ろうか」


「うん」


 コクリと頷いた柊も、バッグを肩に掛けた。


「二人とも帰るんだな。ひな先輩は帰るかな」


「さあ、どうだろうね。気持ちよさそうに寝てるけど」


 ベッドの上には、仰向けになった状態で片手に漫画本を持っているひな先輩が、「くーくー」と可愛いいびきをかいている。

 そんなひな先輩の元に桜瀬が近付くと、肩をゆさゆさと揺すり始めた。そのせいでひな先輩の大きな胸がたゆんたゆんと揺れるので、目のやり場に困る。


「ひなせんぱーい。起きてくださーい。アタシと瑠愛は帰りますよー」


 桜瀬は気持ち良さそうに寝ている人を容赦なく起こせるタイプなようだ。とても心強い。

 肩を揺すられてさすがに目が覚めたようで、ひな先輩は目を細く開いたまま体を起こした。


「うーん……今は眠くて歩ける状態じゃないからぁ……もうちょっとゆっくりしてく……」


 まだ夢うつつ状態のひな先輩は、目をしょぼしょぼとさせながら、ベッドの上であぐらをかいた。


「そうですか。アタシ、電車の時間もあるから先に帰っちゃいますよ?」


「おーいいぞー、明日また会おうー」


「明日は土曜なので学校休みですよ」


「あー? あー、そうかー。じゃあまた来週会おーう」


「そうですね。来週は絶対に学校来てくださいね」


「任せとけ〜」


 ひな先輩は拳を天井に向けて掲げた。その様子を見た桜瀬が「それじゃあ」と言って頭を下げると、彼女に釣られるようにして柊もぺこりとお辞儀をした。


「玄関まで送るよ」


 久しぶりに立ち上がり、桜瀬と柊の後ろを着いていくような形で玄関まで向かった。

 去り際、桜瀬と柊は「また来る」と言ってくれたので、俺の部屋に居心地の良さを感じてくれたのだろう。


 ☆


 桜瀬と柊を玄関まで送り届けて部屋に戻ると、ベッドで座っていたひな先輩は、いつの間にか漫画やゲームが置いてある棚を四つん這いになって漁っていた。


「何か探しものですか?」


 背後から声を掛けてみると、ひな先輩はとあるゲームカセットを手にして目をキラキラとさせながら、こちらに振り向いた。


「湊くん……ドラモエ好きなの……?」


 彼女が手に持っていたのは、『ドラゴンモエスチョン』と言うゲームカセットだった。ドラゴンモエスチョン──略して『ドラモエ』は、勇者が魔王を倒す旅に出るRPGゲームである。


「好きですよ。全シリーズやってます」


 ドラモエは小学生の頃からずっと好きなゲームで、高校生となった今でも時間が空けば、魔王を倒すための旅をしている。

 それを聞いたひな先輩はさらに目を輝かせ、手に持っていたゲームカセットをぎゅっと抱きかかえた。


「なんだって……湊くんもドラモエ好きとは……」


「そ、その言い方だとひな先輩も……?」


「うむ、わたしもドラモエ好きなのだが……」


「だ、だが……?」


 キラキラとした目から一転して、悔しそうな表情を浮かべたひな先輩は、突然ゲームカセットを横に置いて土下座をした。


「この最新作は対応してるハードを持ってなくて、まだプレイしていないんです! なので湊くん! いや、湊様! このわたくしめに──」


 ひな先輩の持ち出したドラモエのカセットは、最近発売した最新作で、対応しているハードも少ないのだ。

 こんなにも面白かった最新作をプレイしていないドラモエ好きは可哀想だ。その一心で、ひな先輩の肩に優しく手を置く。


「ひな先輩、みなまで言わなくていいんですよ。ほら、あそこに対応しているハードがあるでしょう?」


 テレビ脇に置いてあるハードを指さす。


「ま、まさか……」


「思う存分、プレイしてください」


 するとまた、ひな先輩の目には輝きが戻ってきた。


「か、神様……何て優しい神様なんだ! もう時間も時間だし最初のボスを倒したら帰るから! それまではお言葉に甘えて思う存分プレイしますっ」


「はい、お好きにどうぞ」


 どうせ俺も一人暮らし。どれだけ居座られても文句を言う人は居ないからと、快く許可を出した。

 ひな先輩がゲームをしている間は何をしていようかと考えたが特にやることもなかったので、彼女の操作するゲームをベッドに寝転がりながら眺めることにした。

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