第二章 悪い人ではないのかも

今年度も後半戦

 昨日のハロウィンパーティーから一夜明けて、スマホのアラームで目が覚めた。目を開けてみると、すっかり見慣れた自分の家の天井がある。スマホのロック画面を見ると、どうやら今日から十一月に入るらしいことが分かった。

 屋上登校を始めたのが昨日のようにも思えるということは、そこそこ今の環境を楽しめているということだろう。


「ふああ……学校行くか」


 大きな欠伸をしながらベッドから降りて、学校に行くための準備をする。といっても、テントの中ではスマホをいじるか本を読むかなので、準備は一瞬で終わる。

 スマホのロックを解除して『NINE』を開くと、屋上登校のグループ宛てにひな先輩からメッセージが届いていた。


『起きられたので学校行くでござる』


 可愛らしい熊のスタンプと一緒に送られてきたメッセージには、そんなことが書かれていた。


「ござるって……」


 ひな先輩らしいなと思いながら、『了解でござる』と返信をしておいた。


 今日は久しぶりに四人が揃う日になるのか。そのことに対して、楽しみな気持ちを感じている自分に驚いた。

 屋上登校を始めてからというもの、高校生活が楽しくて仕方がないのだ。


 今日は屋上登校をしている四人全員が揃いそうなので、楽しい一日になることは間違いないなと思いながら、学校に行くための支度を進めるのだった。


 ☆


 屋上に到着してテントのファスナーを開くと、既にひな先輩と桜瀬が居た。


「おー! 湊くんおはよう!」


「おはよー」


 仰向けで寝転がりながら笑顔で手を振るひな先輩と、三角座りをしている桜瀬から朝の挨拶を受けた。


「おはようございます。二人とも今日は寝てなかったんですね」


 そう言いながら上履きを脱いでテントの中に入り、いつもの定位置に腰を下ろす。


「いつも寝てるわけじゃないですー。ひな先輩は寝てるかもですけど」


「わたしも寝てばかりじゃないよ! 昨日のハロウィンパーティーが終わって家に帰ってからずっと寝てたから眠くないの!」


「アタシもひな先輩と同じです。不思議なくらい全く眠くない」


 桜瀬とひな先輩が話しているのを聞きながら、テント内を見回してみる。そこには毛布やクッションが散乱していて、テントの隅の方には昨日手をつけなかったお菓子が置いてある。


「そう言えば残ったお菓子持って帰るの忘れちゃいましたね」


 俺がそう口にすると、ひな先輩は体を起こして袋に入っているお菓子を手に取った。


「今食べればいいじゃないか!」


「まじすか」


「まじだよ! 湊くんは朝ごはん食べて来るの?」


「いや、食べて来ないですね」


「じゃあお腹空いているはずだ。若いんだからたんと食べなさい!」


 ひな先輩は半ば強引に、俺へとポッキーを手渡した。まだ封が開けられていないポッキーの箱は、誰も手を付けていない証拠だ。


「湊だけずるーい。ひな先輩、アタシにもお菓子下さい。トリックオアトリート」


「よろしい! 紬ちゃんにはわたしが食べようと思ってたグミを上げよう」


「やったー。それじゃあ一緒に食べましょう?」


「いいねいいね〜。湊くんのポッキーもちょっとちょうだーい」


「いいですよ」と言ってポッキーを三本程引き抜いてひな先輩に手渡そうとすると、彼女は四つん這いになってこちらへと近づいて来たかと思えば、手を使わずに大きな口を開いてポッキーを食べた。犬にエサをあげている気分だ。

 朝から賑やかな朝を過ごしていると、ドアのファスナーがジジジと音を立てて開いた。


「おはよう」


 中腰の状態でテントへと入って来たのは、まだ眠そうな顔をしている柊だった。そんな彼女に、俺たち三人も「おはよう」と返す。

 上履きを脱いでテントの中に入った彼女は、フラフラと歩いて桜瀬の隣に腰を下ろした。


「あら、今日はみんな揃っているのね。おはよう」


 柊に少しだけ遅れて、白衣姿の推川ちゃんもテントの中に入って来た。彼女は見慣れないクリアファイルを脇に挟みながら、器用にドアのファスナーを閉めた。


「推川ちゃん、そのファイルなに?」


 興味津々な目を向ける桜瀬が問うと、推川ちゃんは「今から配るわよ」とだけ言ってその場に足を崩して座った。


「今日は出席を取る前に、配らなくちゃいけないプリントがあります」


 改まった言い方をする推川ちゃんに、俺たち四人の視線が集まる。


「それじゃあまずは三年生のひなちゃんから」


「あ、はーい」


 クリアファイルからプリントを一枚だけ取って、ひな先輩に手渡した。ひな先輩はプリントに目を通すなり、「げ……」と変な声を漏らした。どうやらいいお知らせではなさそうだ。


「じゃあ次に一年生組ね。順番とか特にないから三人とも取りに来て」


 言われるがままに腰を上げて、推川ちゃんからプリントを一枚だけ受け取り、定位置に腰を下ろしてからプリントに目を通す。


「はい、ということでね。今年も期末試験が始まるよ」


 プリントの見出しには『期末テスト 範囲表』と書かれていて、その下には英語・国語・数学・日本史・生物基礎の範囲が記載されている。

 期末テストの日程は十二月の三日。約一ヶ月後だ。


「ええー! やだやだやだ〜」


「ひなちゃん……後輩たちよりも早く駄々をこねるのはどうかと思うわよ……」


 フグのように頬を膨らませるひな先輩は、本当に三年生なのかと疑ってしまう。

 ひな先輩の一方で、桜瀬は胃が痛そうな顔をしたままプリントを見ていて、彼女の隣に座る柊は眠そうな目を擦るだけで動揺していないように見える。


「君たちは授業に出席していない分、期末テストで出た点数がそのまま成績に反映されるから真剣に取り組むようにね」


「はい」


 推川ちゃんの言葉に返事をしたのは、柊ただ一人だった。その他の三人はというと、苦虫を噛み潰した表情を浮かべたままプリントに釘付けになっている。


「それじゃあ出席を始めるわね〜」


 俺たちの様子など気にする素振りも見せず、推川ちゃんは笑顔で出席を取り始めた。

 きっと推川ちゃんなら勘づいていると思うが、屋上登校をしている四人は、自習の時間に一度たりとも勉強をしていたことなんてないのだ。

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