夜空の下で昔話
ハロウィンパーティーとは名ばかりで、持ち寄ったお菓子を食べながらババ抜きや神経衰弱などのトランプゲームで遊んだり、他愛もない話に花を咲かせる集まりとなった。
かれこれ一時間は遊んだろうというところでひと段落が着き、誰も居ない校舎のトイレで用を足してから屋上に戻ると、テントの外で夜風に当たる桜瀬の姿があった。
「あれ、外に出てたのか」
声を掛けながら近づくと、桜瀬は肩をピクリとさせてからこちらを振り向いた。
「なんだ湊か」
「なんだってなんだよ」
「なんでもー」
桜瀬は唇を尖らせながら、屋上を囲う策に肘を置いて体重を預けた。そんな彼女の隣に立ち、俺も柵に肘を置いてみる。
「屋上登校はどう? 女子しか居ない空間に男子が一人だけだと気まずい?」
桜瀬は俺の顔を覗き込むようにして、そんなことを尋ねた。
「思ったよりも全然気まずくないぞ。というかむしろ居心地がいいくらいだ」
「そっか、それは良かった」
「どうしてそんなこと聞くんだ?」
「せっかく屋上登校を始めてくれたのに気まずい思いしてたら可哀想かなーって」
「なるほどな。それなら安心してくれ。なんの奇跡なのか分からないけど、三人からは仲良くして貰ってるから」
三人の内の一人を前にして言うことかと思ったが、こういう機会でもなければ恥ずかしくて話せないような内容だ。このタイミングで言うのがベストなのかもしれない。
「湊は人から好かれるような人だからねー。あ、見た目以外はね」
冗談を言う口調ではあったが、俺は苦笑いを浮かべるしかなかった。
「人から好かれるって、例えばどんなところだ?」
質問を受けた桜瀬は柵の上で頬杖を着くと、俺から視線を外して夜空を見た。
「人に詮索しないところかな」
「詮索しないところ?」
「うん、アタシがいじめられてた時とか何も聞いて来なかったよね」
穏やかな口ぶりで紡がれた言葉に、心臓がドキリと跳ねた。
「あ、えっと……」
桜瀬が数人の女子にいじめられている現場を目撃しているが、ずっとそのことを聞けないでいた。いじめられている理由を知りたいのは山々だが、桜瀬が言いたくないのではと思い、彼女が女子たちから罵詈雑言を受けていた出来事を忘れようとしていたのかもしれない。
「まあ普通は気になるよねー。廊下で囲まれてボロクソに言われてたら」
その言葉に頷くことも首を横に振ることも出来なかった。どう反応して見せれば正解なのかが分からずに黙り込んでいると、桜瀬は遠い目をしながら語り始める。
「アタシね、中学生の時から陸上部で短距離をやってたの。そこそこ足早かったんだよ? 関東大会に出場するくらいには」
「関東大会か、すごいじゃないか」
「あはは、ありがとう。でもね、高校に上がって陸上部に入部したら、それが裏目に出たの」
「裏目に?」
「そう、短距離が早いと学校の代表として四人がリレーのメンバーとして選ばれるんだよ。だからアタシは入学してすぐに、リレーのメンバーになった」
ゆっくりとした穏やかな口調ではあるが、どこか震えているようにも聞こえた。
「足が早くて学校の代表に選ばれたなら、何も悪いことはなくないか?」
聞いた感じでは全く悪いことじゃなさそうだが、桜瀬は首を横に振った。
「四人しかリレーに出られないってことは、私が出ることによって誰かがリレーに出れなくなるってことなの」
「あ……」
それを聞いてようやく察しが着くと、思わず声を漏らしてしまった。
「分かったみたいね。多分湊の考えてることで正解よ。アタシがリレーメンバーに選ばれたことでね、部員の皆から人気がある三年の先輩がリレーメンバーから外れたんだよ。その先輩からは何も言われなかったんだけど、先輩のことが好きな部員たちは良く思わないわけじゃん」
「そうかもな」
「だからその部員たちにいじめられちゃってね。「一年のクセに調子に乗るんじゃねえよ」って沢山言われた。最初は悪口だけだったんだけど、段々と皆から無視されるようになって、部活に居場所が無くなって、クラスからも居場所が無くなって、それで今に至るって感じ。これがアタシが屋上登校をしてる理由になるの──引いた?」
話し終えた桜瀬はこちらに顔を向けるなり、無理矢理に笑顔を作ってみせた。傷付くことを恐れながらも、どんな返事でも受け入れようとする彼女の笑顔に、俺の心にはじわりと熱が走った。
「引くわけがないだろ」
断言してみせると、無理矢理に笑顔を作っていた彼女の瞳が大きく見開かれた。
「どうして」
「どうしても何も、お前は何ひとつ悪いことはしてない。そもそも当事者は桜瀬と三年の先輩なんだから、他の部員たちが割って出てくることじゃないんだよ、それなのに──」
話せば話す程に、桜瀬をいじめていた連中にふつふつと怒りのようなものが湧き上がってきて、言葉に熱が入ってくる。
すると桜瀬は、俺の手を優しく握った。突然手を握られたことで、口からするすると出てきていた言葉はピタリと止んだ。
「もう大丈夫だよ」
我に返って桜瀬の顔を見てみると、瞳に張り付く涙を流すまいと、必死に笑顔を見せる綺麗な顔があった。
「優しいんだね、湊って……ありがとう」
彼女は作り笑いのままに言うと、握っていた手を解いた。ちょうどその時のことだ、後ろからガチャリと扉の開く音が聞こえた。
「あら、魔女さんと吸血鬼さんが一緒に夜空なんて眺めてどうしたの? あ、やっぱり付き合ってるとか?」
振り向いて見ると、いつもの白衣姿ではなく灰色のパーカーを来たダル着姿の推川ちゃんが屋上にやって来たところだった。彼女の両手には、コンビニの袋がひとつずつ持たれている。
「付き合ってませんー」
さっきまでの真剣な声色から一転して、桜瀬はおどけた口調のまま推川ちゃんの元へと駆け寄った。
「この袋なに?」
「ハロウィンパーティーだからお菓子を買ってきたのよ」
「こんなに沢山?」
「沢山あって困らないでしょ。はいこれ、テントの中に居る二人にも持ってきなー」
目を細めて笑った推川ちゃんは、両手に持っていた二つの袋を桜瀬へと手渡した。
「わー! ありがとう推川ちゃん!」
満面の笑みを作った桜瀬は、袋を持ったままテントの中へと入って行った。
屋上に取り残された俺も、桜瀬の後を追ってテントに戻ろうと足を向ける。
「佐野くん」
しかし推川ちゃんに呼び止められたので、足を止めて振り返る。
「どうしました?」
推川ちゃんはニヤニヤとしながら「耳貸して」と言うので、ちょっとだけ屈んであげる。すると推川ちゃんは、俺の耳元に口を近づけた。
「この女泣かせめ」
推川ちゃんはそれだけを言うと顔を離して、俺よりも早くテントに入ろうと歩き出す。そしてテントのドアを開けようとしたところで振り向き、ニヤニヤとした顔のままこちらに向かって舌を出した。
「ま、待って。絶対に何か誤解してるって」
「女たらしの佐野くんなんて知らなーい」
「いや、だから違うんだって」
「あーあー聞こえなーい。女の子に囲まれて変わっちゃった佐野くんなんて知らないもーん」
子供っぽい口調で俺のことをからかうと、推川ちゃんは満足した様子でファスナーを開き、テントの中へと入って行ってしまった。
何かとんでもない誤解をされてしまったようだ。この誤解を解くのは大変そうだとため息を吐きながら、俺も遅れてテントの中へと戻ったのだった。
――第一章 完――
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