仮装は個性が出るね
屋上に到着するなり、ひな先輩は皆に仮装をするように指示を出した。女子の三人はテント内で着替えるらしいので、俺は外で着替えをしろとのことだ。
四人でショッピングモールに行った時に購入した衣装に袖を通して仮装を終えた。
赤いベストの上から黒いマントを羽織り、同じく黒いズボンを履けば、あっという間に吸血鬼の完成だ。本当は血のりも付けたかったが、今となって思い出したのでどうしようもない。
着替えが終わったのでテントに戻ろうとすると、中では三人がはしゃいでいる声が聞こえてくる。それに加えて、誰が持ってきたのかライトが光っているので、テントの壁には彼女たちの影が映っている。
「おーい、着替え終わったんだけど入っていいかー?」
職員室で仕事をしている教師たちには聞こえないくらいの大きさで、テントの中に居る三人に声を掛ける。
「おー! 湊くん! いいぞいいぞー! 入って来なさい!」
すると校舎に響いてしまうくらいの、ひな先輩の大声が返って来た。職員室まで声が届いていないことを祈りながら、ドアのファスナーを開いて中へと入る。一番に目に入って来たのは、テントの天井から吊るされている、リンゴ程の大きさがあるライトだ。本当に誰が持ってきたのだろう。
「わー! トリックオアトリート!」
無邪気な顔をしながら俺に飛びついて来たのは、大きな白い布を頭から被ったひな先輩だった。顔と手足だけが出ていて、頭の辺りには目と口にも見える黒い染みがある。
「おー、なんですかその仮装」
「オバケだよ! 白いオバケ!」
「あー、オバケだったんですね」
抱き着いて来たひな先輩にチョコのお菓子をあげると、「やったー!」と嬉しそうな顔をしながら俺から離れた。その隙にテントに入り、ドアのファスナーを閉める。
「お、湊は吸血鬼の仮装にしたんだね」
「そういう桜瀬は魔女だな」
「当たり〜」
桜瀬は黒色のワンピースにとんがり帽子を被っていて、手には星の付いたステッキを持っている。ザ・魔女という仮装だ。
「魔女の仮装が似合うな」
「それってどういう意味よ」
「深い意味はないよ」
「ふーん、じゃあお菓子くれたら許す」
「しょうがねえな」
紙袋に入っていたグミのお菓子を桜瀬へと手渡すと、彼女は手に収まる大きさの透明な袋をこちらへと差し出した。
「これ、お返し。アタシの手作りだけど」
受け取ってよく見てみると、袋にはハロウィンの柄が描かれていて、中にはクッキーが三枚だけ入っていた。
「おうありがとう……って手作り!?」
「うん、学校から帰ってからハロウィンパーティーまで暇だったから作ったの」
なんて女子力の持ち主なのだろう。そして手作りのクッキーなんて人生で初めて貰った。
「やべぇ……めっちゃ嬉しい。ありがとうな」
控えめに言っても嬉しすぎるので素直に思った感想を伝えると、桜瀬は人差し指で頬を掻きながら「どういたしまして」と口にした。
桜瀬は照れた顔を隠すようにして後ろを向くと、ひな先輩と並んで座っていた柊を立たせて、俺の前に差し出した。
「ねえねえ湊、瑠愛の仮装可愛くない?」
目の前に立った柊を見て、思わず息を飲む。
「柊の仮装は……ナースだな」
「そう、ナース」
柊は白衣のミニワンピースにナースキャップを被っているのだが、その両方に血が飛び散ったようなデザインが施されている。ハロウィンらしい衣装ではあるが、彼女の容姿にナース服とは、色々とそそられるものがある。
「すっげえ可愛いな」
心に留めておこうとした言葉が勝手に漏れ出た。
「でしょー? 瑠愛が自分で選んだんだよ? センスあるよね」
「自分で選んだのか」
柊はコクリと頷くと、両手をお皿のようにしてこちらへと出した。
「トリックオアトリート?」
心臓にスタンガンを喰らったかのような衝撃を受けた。
──なんだこの生き物は……可愛いにも程がある。
張り裂けんばかりにキュンキュンとしてしまう胸を手で抑えながら、お菓子の入った紙袋をギュッと握る。
「ま、待て、お菓子をあげる前にひとつだけお願いがある」
「ん、なに」
「なにかナースっぽいことを言ってみてくれ」
「ナースっぽいこと」
柊はナースキャップの位置を直しながら思考を巡らせたあと、何か思い付いたらしく、ミニワンピースの裾を軽く摘みながら俺の目を真っ直ぐに見た。
「逮捕しちゃうぞ?」
全然ナースじゃなかった。完全に警察官のセリフではあったものの、俺の胸には数十本の矢が突き刺さったかのような気分である。
「湊……マジでナイス……」
柊の背後に立っている桜瀬も、胸を抑えながらこちらに向けて親指を立てていた。そんな彼女に向けて、俺も胸を抑えながら親指を立てる。
「湊、お菓子ちょうだい」
「あ、ああ、そうだったな……これ持ってっていいぞ」
お菓子の入った紙袋をそのまま柊へと手渡す。
不思議そうな顔をしながらも紙袋を受け取った柊は、その中を見てから顔を上げると、こてりと首を傾げた。
「これ全部くれるの?」
「ああ、もちろんだ」
「服も入ってるけど」
紙袋の中に着てきた服も入れていたことを忘れていた。
「……それは返してくれ」
「分かった」
柊は納得したように頷きながらも、俺の着替えが入った紙袋を持ったまま踵を返して、ひな先輩の元へと自慢しに行った。
その様子を目で追った俺と桜瀬は、お互いに顔を合わせて微笑んでみる。
「今夜は楽しくなりそうだね」
先程まで気まずそうな表情を浮かべていた桜瀬だったが、今では普段と同じく自然な笑顔を見せてくれていた。
「ああ、そうだな」
お互いに笑顔を交わしてから、二人で柊とひな先輩が座っている場所へと移動する。
桜瀬と気まずくならずに済んで良かった。そう思うだけで、彼女の言う通り今夜は楽しく過ごせそうだった。
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