ひな先輩は自由奔放

 今日は十月三十一日。ハロウィンの日。


 午前中はいつも通り登校をして一時帰宅をしたあと、午後八時に再び学校の校門前で落ち合うこととなった。ちなみにその際には、制服ではなく私服で来いとひな先輩からの司令があった。


 家で夕飯を食べ終えてダラダラとしていると、気が付いた時には時計の針が七時半を指していたので、急いで適当なTシャツに着替えて学校の校門へと向かった。


 学校の校門前に到着すると、既に柊と桜瀬とひな先輩が集まっていた。


「おー! 湊くん来たー!」


 こちらに向かって大きく手を振るひな先輩に会釈をしながら、小走りで彼女たちと合流した。

 ひな先輩はカーキ色のパーカーに、下はダメージのデニムを着用している。ストリート系のファッションだ。


「湊おそーい。学校から一番近いのにー」


「ごめんごめん、近いからって油断した」


「もー」と片頬を膨らませる桜瀬に、申し訳ないと両手を合わせる。桜瀬は上下黒とピンク色のジャージを着用している。ちょっとヤンキーちっくな印象を受ける。

 すると桜瀬の背後から、柊が銀髪を揺らしながら顔を出した。柊は真っ白のワンピースを着用している。他の二人に比べると、女の子らしい服装をしている。


「こんばんは、湊」


「お、おう。こんばんは」


 こんばんはという言葉を口に出したのはいつぶりだろうと思いながら挨拶を返すと、柊は満足したように頷いてから桜瀬の背中に隠れてしまった。

 集まった四人全員が紙袋を持っている。紙袋の中にはハロウィンパーティーのための衣装やお菓子が入っているのだ。


「よーし! これで全員揃ったことだし屋上行こうか!」


「どうやって屋上まで行くんですか? 校門は閉まってますよね?」


 この時間になると、部活をしていた生徒も全員帰宅を終えて、校門は閉まってしまう。職員室の電気は点いているようだが、校舎の鍵は全て閉められている時間なので、理由がない限りは鍵を開けて貰えないだろう。

 しかしそんな俺の質問に、ひな先輩は得意げな顔をしながら、ちっちっちと人差し指を振った。


「甘いよ湊くん。わたしを甘く見てるね」


「甘くは見てないですけど、ハロウィンパーティーをやるって理由じゃ学校に入れないですよね?」


 俺の質問に同意するかのように、桜瀬もうんうんと頷いた。しかしひな先輩は俺と桜瀬の肩をポンポンと叩いて、満面の笑顔を作ってみせる。


「今から門を乗り越えるから着いて来てね」


 いたずらっ子の笑顔を浮かべたひな先輩は、手に持っていた紙袋を振り回しながら俺たちに背を向けて歩き出してしまった。

 その背中を見ながらヒシヒシと嫌な予感を感じていると、隣に立っていた桜瀬が「はあ」とため息を吐いた。


「嫌な予感がするんだけど」


「ああ、俺も全く同じこと考えてた」


 長い赤茶髪を揺らしながら歩くひな先輩から桜瀬へと視線を移すと、どちらからともなく苦笑いをこぼした。

 そんな俺たちのことを見た柊は不思議そうな顔をしながら、「行かないの?」と首を傾げた。その柊の一言に背中を押されるようにして、俺たちもゆっくりと足を動かし始めるのだった。


 ☆


 ひな先輩に着いて行くと、校門とは反対側にある裏門に到着した。

 容易く門を越えたひな先輩に続いて俺が、その次に桜瀬が、最後には三人に腕を引っ張り上げられながらも柊が学校の敷地内に侵入することが出来た。


「よし、これで第一関門は突破だね! みんなよくやった!」


 小声ながらに喜びの声を上げたひな先輩は、三人とハイタッチをした。


「でもその言い方だと第二関門もある言い方ですよね」


 俺の言葉にひな先輩は、「鋭い!」と言いながらこちらを指さした。


「次は学校内に侵入しなくちゃいけないよ。さあ、どうやって学校内に侵入するでしょうか──はい、瑠愛ちゃん!」


 ひな先輩はクイズ形式で問題を出題するのが好きなのだろうか。突然指名をされた柊は、顎に指を当てて少しだけ考えたあと首を傾げた。


「よじ登る?」


「ぶぶー! さすがに屋上までは登れません! 湊くんなら登れるかもしれないけど!」


「無理ですよ」


 部活動はおろか何も運動をしていないので、さすがに四階分の建物を登ることなど不可能に近い。


「それじゃあ次は紬ちゃん!」


「えー、保健室からとか」


「ピンポンピンポン! 紬ちゃん大当たり!」


 勘で答えたのだろう桜瀬は、仰々しく驚いてみせた。


「え、本当に当たったんですか?」


「うん! 推川ちゃんが開けててくれてるの!」


 なるほど。たしかに推川ちゃんなら、頼めば鍵を開けていてくれそうだ。


「そんな約束いつしてたんですか。ひな先輩、ここ一週間は学校に来てなかったですよね?」


 俺の質問にひな先輩はにんまりとした笑みを浮かべて、スマホを取り出して答える。


「NINEで連絡したんだよ。推川ちゃんの連絡先持ってるからね」


「え、推川ちゃんと連絡先交換したんですか」


「うん! というか屋上登校してる人は全員交換してるのかと思ってたけど」


 ひな先輩はそう言って、桜瀬と柊の顔を見た。


「アタシと瑠愛は推川ちゃんの連絡先持ってるよ。だよね?」


「うん、持ってる」


 桜瀬の問いにちょこんと頷いた柊。するとひな先輩は、申し訳なさそうな目をこちらへと向けた。


「ええと、まあタイミングが合わなかっただけだよ。今度会ったら頼んでみるといいんじゃない?」


「そ、そうだよ。だからあんまり気にしなくて良いと思うよ」


 ひな先輩と桜瀬の二人に気を使われてしまった。あまり気にしていなかったのに、気を使われると段々と惨めな気持ちになってしまうのが人間という生き物だ。


「まあ、はい、それはまた推川ちゃんと会ったらしますので……今は早く屋上に向かいましょうよ。教師に見つかったら大変ですし」


 これ以上同情されるのは辛いからと、早くこの場から移動することを提案する。


「そ、そうだね! それじゃあさっさと移動しようか! またわたしに着いて来い!」


 気まずそうに笑ってから、ひな先輩はそそくさとこちらに背を向けて歩き出した。推川ちゃんの連絡先の話題を出したのが自分だからと、責任を感じているのかもしれない。

 何となくそんな予想を立てていると、不意に俺の視界には柊の顔が現れた。


「気負わないで」


 柊はそれだけを言うと、桜瀬に手を引かれて歩いて行ってしまった。

 柊に気を使われてたということがクリティカルダメージとなり、俺のヒットポイントを大きく抉る。


 しかしこんな俺のモヤモヤをかき消す出来事が、保健室で待ち受けているとは思ってもいなかった。

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