気まずいけど気持ちいい
土日を挟み、今日は久しぶりの屋上登校となる。
皆でショッピングモールに行き、ご飯を食べたり店内を見て回った日以降、ひな先輩は屋上に来なくなった。理由はバイトの疲れから沢山の睡眠を取ってしまい登校時間に起きれないのだと、ひな先輩とメッセージのやり取りをして分かった。
ひな先輩が学校に来ないので、俺と桜瀬と柊との三人で昼までの時間を過ごしてきたのだが、今日はちょっとだけ違った。
推川ちゃんから渡された鍵を使い屋上に出て、声を掛けてからテントのファスナーを開く。
「おう、柊。おはよう」
「湊、おはよう」
テントの奥には毛布を腰まで掛けた柊が座っているだけで、桜瀬やひな先輩の姿は見当たらない。
「柊ひとりだけか?」
そう尋ねながら上履きを脱ぎ、テントの中に入ってファスナーを閉める。
「うん、ひとりだけ」
「そうか」
桜瀬は出欠時間ギリギリに登校して来ることがたまにあるが、彼女が来るまで柊と二人で時間を過ごすことになる。そういう時には決まって、テント内に会話が無くなる。
普段から口数の少ない柊と、そんな彼女に何の話題で話そうかと考えすぎる俺。そんな二人が同じ空間に居ても、会話が生まれることは少ない。
──桜瀬よ、早く来てくれ。
柊と二人だけの空間というのも魅力的ではあるが、一刻も早く桜瀬に登校して来て欲しいという気持ちの方が強かった。
するとその時、俺と柊のスマホが同時にメッセージの受信音を鳴らした。
スマホを手に取ってみると、ロック画面には桜瀬の名前とともにメッセージが表示されていた。
『ごめーん! 今起きたから学校間に合わない! ということで推川ちゃんに桜瀬紬は欠席だって言ってね』
桜瀬からのメッセージにはそう書かれていた。
「紬、休みだってね」
俺と同じようにスマホを確認して、柊は抑揚のない声で言った。
「柊のところにも届いたのか」
「これ、屋上登校のグループ宛てだよ」
「あ、そうなのか」
スマホのロックを解錠して、メッセージアプリを起動する。『屋上登校』という俺・柊・桜瀬・ひな先輩の四人が所属しているグループを開いてみると、先程ロック画面に表示されていた桜瀬からのメッセージが届いていた。どうやら柊の言う通り、桜瀬はグループ宛てにメッセージを送っていたようだ。
「そうか、今日は桜瀬休みなのか」
桜瀬は欠席が確定したようで、ひな先輩もまだ夢の中だろう。もしもひな先輩が登校する時には、誰よりも早く登校してテントの中で爆睡しているらしいので、今日は絶対に来ないと思われる。
となると今日は、この大きなテントの中に柊と二人きりで、四限目までの時間を過ごすこととなるのか。
そんなことを頭で考えていると、テントのファスナーがジジジと音を立てて開き、白衣を着用した推川ちゃんが顔を出した。
「はーい、出欠始めるよー」
愛嬌のある笑顔を振りまきながら、推川ちゃんは靴を脱いでテントの中に入り、ドアのファスナーを閉めてからクッションに腰を下ろした。
☆
出欠を取った推川ちゃんがテントから出て行くと、一限目開始のチャイムが鳴り響いた。
いつも通り読書をしようとバッグから文庫本を取り出す。一方の柊も普段と変わらない様子で、目を閉じて仮眠を取っているようだ。
このまま平和な時間が過ぎていくのかと思いながら読書を進めていた時、予想だにしていなかった事件は起きた。
「湊」
その声に意識が現実に戻ってくる。読んでいたページから視線を上げてみると、目の前には柊が立っていた。本に熱中していて、彼女が近づいていたことに気付けなかったようだ。
「お、おう。どうした?」
柊は俺のことを見下ろすようにして立っているので、こちらからだとスカートの中が見えてしまいそうだ。なので出来るだけ彼女の目を見ながら話すことを心がける。
「寒い」
無表情のままに放たれたそんな一言は、とても冷たく聞こえた。
「毛布被っててもか?」
「うん」
「じゃあ毛布を二重にすればいい。そこら辺にいっぱい落ちてるから」
床の上に散乱している様々な色をした毛布を指さしながら言ったのだが、柊は首を横に振った。
「ダメなの。紬が居ないから」
「桜瀬? なんで桜瀬が居ないとダメなんだ?」
「分からない」
「分からないか」
「うん」
柊が分からないのなら、俺に分かるはずがない。
しかし柊は寒いからと俺を頼ってくれている。なんとか期待に応えたいところだが。
「俺に何か出来ることはあるか? 保健室からもっと温かそうな布団を持って来るとか──」
「紬の代わりになって欲しい」
「桜瀬の代わり? 一体どういう……」
そこまで言ったところで、自習中の桜瀬と柊の姿が脳裏に浮かんだ。
「まさか……俺にくっついて寝るつもりじゃ──」
「そう、人間ホッカイロ」
「人間ホッカイロ……」
柊から出たとは思えないワードセンスに呆気に取られていると、彼女は眠たそうな顔をしながら首を傾げた。
「いい?」
頭がクラっとした。喜怒哀楽のない声ではあるが、ねだるような彼女の仕草に心臓が鷲掴みにされた気分だ。
「い、いい……けど」
「ありがとう」
初めての柊からの頼みなので断ることが出来ずに頷くと、彼女はのらりくらりとした動きで俺と肩を合わせるように座り、近くにあった毛布を肩まで掛けた。
彼女の華奢な肩がこれでもかと密着する。それだけでも頭がおかしくなってしまいそうなのに、柊の頭が俺の肩を枕にするようにして乗せられた。
「ちょ、柊さん」
「どうしたの?」
「こんなに密着するんですか」
「うん、紬とはいつもこれくらい」
桜瀬はいつもこんなにいい思いをしているのか──じゃなくて、同性である桜瀬とはどれだけくっついても問題はないと思うが、異性である俺とこれだけくっつくのは多少の問題があると思う。まあ一番は、俺が異性として意識されていない可能性が高いのだが。
「湊、温かい。紬程じゃないけど」
彼女の言葉ひとつひとつにドキリとさせられる。
「桜瀬は体温高いのか」
「うん、多分」
「だからいつもくっついて寝てたんだな」
「そう、私のワガママで」
てっきり一緒に身を寄せ合って寝ようと言っているのは桜瀬の方だと思っていた。
柊はワガママを言うようなキャラではないと思っていたので、ちょっとだけ意外にも思える。
「へちっ」
すると突然、柊が変な声を発した。
「なんだいまの」
「くしゃみ」
今のがくしゃみ……なんて可愛らしいくしゃみなのだろう。
あまりにも可愛すぎて、無意識に俺の手が彼女の頭へと吸い寄せられて行き、気が付いた時には銀髪を撫でていた。
「あ、ごめん! つい……」
反射的に頭から手を離すと、柊は肩から頭を離して俺の目をジッと見つめる……かと思えば、もう一度俺の肩を枕にするようにして頭を置いた。
「もっと」
「も、もっととは……」
「さっきの、もっと」
「撫でるのか?」
「うん」
まさか柊の方からお願いされるとは思ってもいなかった。もしかしたらこれは夢なのかもしれないとふわふわとした気分になりながらも、彼女の要望通り頭を撫でてやる。
「ん……」
気持ちよさそうな声を漏らした柊は、完全に俺の肩へと体重を預けた。といっても彼女の体重は、風に飛ばされてしまいそうなくらいに軽い。
何となく彼女の顔を覗いてみると、顎を撫でられる猫のように目を細めていた。
「気持ちいいか?」
「うん」
「それは良かった」
いつまで撫でればいいのか分からないので、とりあえず柊がいいと言うまで撫で続ける。そうしている内に、柊の首が力なく肩に寄り掛かかったかと思うと、すーすーと寝息を立て始めた。
「寝ちゃったか」
相変わらず入眠までの時間が早い。
撫でていた手を止めて、出来るだけ体を動かさないようにと心掛けながら文庫本を手に取った。
しかし柊にくっつかれている状態では、本の内容に集中出来るわけがないということは、言うまでもないだろう。
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