世の中はすっかりアレなムード
何も知らされないまま電車に乗り、高校の最寄り駅から三駅離れた駅で電車を下りた。そこから数分だけ歩いて到着したのが、大きなショッピングモールだった。
「こんなに大きなショッピングモールが近くにあったんですね」
ショッピングモールの自動ドアを潜り抜けると、ハロウィン仕様の飾りがそこかしこにされている店内が現れた。
「お! 少年、ここのショッピングモールは初めてか!」
右隣を歩いていたひな先輩が俺の顔を覗き込んだ。ひな先輩は俺よりも頭ひとつ分だけ背が低いので、自然と彼女を見下ろす形となる。
「え、湊ここに来るの初めてなの?」
後ろを歩いていたはずの桜瀬が、いつの間にか俺の左隣に移動していた。彼女もひな先輩と同じくらいの身長なので、俺が見下ろす形となる。そんな桜瀬の隣には、相変わらずの無表情を浮かべた柊が歩いている。
平日の昼間ということで他の客も少ないので、四人一列になってショッピングモール内を進む。
「初めてですよ。こんな場所にショッピングモールがあったこと自体初めて知りました」
そんな俺の言葉に、桜瀬は驚いたように目を大きくさせた。
「えー! ここら辺に住んでる人で知らない人は居ないと思ってた」
「あー、俺は高校生になってから、こっちの方に引っ越して来たんだよ」
俺の言葉に桜瀬はさらに目を大きくさせ、ひな先輩までもが「え!」と声を漏らした。
「じゃあ湊くんは一人暮らししてるってこと?」
「そうです。高校の近くにあるマンションに住んでますよ」
「へー! 偉いね! じゃあ瑠愛ちゃんと一緒で一人暮らししてるんだ!」
何気なく紡がれたひな先輩の言葉に、驚かずにはいられなかった。
「え、柊って一人暮らししてるのか?」
柊の方に視線を向けながら問うと、彼女は静かにコクリと頷いた。
「私も高校から一人暮らし」
こんな物静かで無気力にも近い柊が一人暮らし……ということは一人で自炊をしてることになるが、いつもの彼女の姿からは全く想像が出来ない。
「料理とか出来るのか?」
「人並みに」
人並みに料理が出来るとはどれくらいなのだろうか。俺も一人暮らしなので料理をする機会は多いが、男料理ばかりしか作ったことないので、柊の方が料理の腕がありそうだ。
「瑠愛の料理はすごいよー。お母さんというか、家庭の味がして落ち着くのよ」
桜瀬は自分のことのように自慢をすると、柊の顔を覗き込みながら「ねー」と甘い声を発した。これだけ仲がいいのだから、お互いの家に遊びに行ったことがあるのだろう。
「全部お母さんから教えて貰ったから」
柊は母親のことを『お母さん』と呼ぶらしい。
「柊の母親は日本人なのか?」
「そう、お父さんがロシア人」
ということは、母から教えて貰った料理は日本食ということになるのだろうか。
「瑠愛の料理はひな先輩も食べたことありますよね」
桜瀬がひな先輩に向かって声を掛ける。しかしひな先輩は、辺りに並ぶお店の数々を目で追っているようで、桜瀬の声に気が付いていないようだ。
「ひなせんぱ〜〜い」
桜瀬は口元に手を添えながらやや大きめの声を出すと、ひな先輩は肩をピクリとさせてから勢いよく振り返った。
「わーごめん! 聞いてなかった!」
正直に白状するひな先輩に、桜瀬は首を傾げてみせた。
「何を見てたんですか?」
「ふっふっふ、それはご飯を食べながら話すとしよう!」
ひな先輩は徐に足を止めると、ビシッととあるお店を指さした。そのお店はお洒落なレストランのような外観をしている。
「ここで食べるんですか?」
「そうだよ! 紬ちゃんと瑠愛ちゃんとはたまに来るよね〜♪」
「いつも連れて来て貰ってます!」と桜瀬が。
「美味しい」と柊が頷いた。
俺が保健室登校をしている間に、彼女たちはこのお店に足を運んだことがあったようだ。
「お洒落なレストランですねー」
俺のような人間が入ってもいいところなのかと呆気に取られていると、隣に立っていた桜瀬が「分かる〜」と嬉しそうな声で反応した。
「湊、イタリア料理食べれる? パスタとかピザとか」
「食べられるな。どんなメニューがあるんだ?」
「食べられるなら良かったよ。まあどんなメニューがあるかは入ってからのお楽しみで」
ウィンクをした桜瀬は、柊の手を引いて、ひと足早くひな先輩と一緒にレストランへと入って行った。
きゃっきゃとお店に入っていく彼女たちは、仲のいい三姉妹のようにも見えて微笑ましく思えた。
☆
席に注文していた料理が届いた。
隣に座っているひな先輩は、表面にパセリが振りかけられたドリア。正面に座っている桜瀬は、ベーコンや細かく刻まれたブロッコリーの入ったカルボナーラ。桜瀬の隣に座る柊は、小さめのマルゲリータピザ。そして俺は、ボンゴレスパゲティというアサリが沢山入ったパスタを注文した。
「それでひな先輩、さっきご飯食べながら話すって言ってたやつ、そろそろ教えてくださいよ」
桜瀬はカルボナーラをフォークに巻き付けながら、ひな先輩に尋ねた。
「お、忘れてた忘れてた。そのことだったね〜」
湯気の昇るドリアをスプーンに乗せたひな先輩は、それに「ふーふー」と息を吹きかけて冷まして口に入れた。もむもむと咀嚼して喉に通したあと、ひな先輩は「んんっ」と咳払いをしてからテーブルの上に前のめりになった。
「七日後はなんの日だと思いますか! はい瑠愛ちゃん!」
何の前触れもなくクイズが始まった。突然指名をされた柊は、小さな口でピザをかじってからぱちくりと瞬きをした。
「学校?」
「ちがーう! はい湊くん!」
柊の回答も間違ってはいない気がするが、ひな先輩が間違いと言うなら間違いだ。
今度は俺が指名を受けたので、頭の中でカレンダーを思い浮かべながら考えてみる。
「十月三十一日ですよね」
「そう! その日は何の日だ!」
すると目の前に居た桜瀬は、答えが分かったようで勢いよく手を挙げた。
「湊くん時間切れ! はい紬ちゃん!」
「ハロウィンの日ですよね!」
「ピンポンピンポーン! 紬ちゃん大正解!」
ひな先輩が親指を立てると、桜瀬は「やったー!」と朗らかな笑みを浮かべて親指を立て返した。ひな先輩は椅子に座り直すと、姿勢を正して至って真面目そうな表情を作った。
「そう、世の中はハロウィンなんだよ。そこでわたしから提案があるんだが……」
ひな先輩はスプーンを皿の端に置き、両肘をテーブルの上に着いて両手の指を絡ませ、その上に顎を乗せた。
「十月三十一日の夜、学校の屋上でハロウィンパーティーをやろうと思います!」
ひな先輩は堂々と言い放ちドヤ顔を浮かべた。そんな彼女を見て、俺たち三人は理解が追いつかないまま、控えめに拍手を送る。そんな俺たちに向けて、ひな先輩はもうひとつ付け加える。
「せっかくのハロウィンだから仮装もしなくちゃねってことで、仮装するための衣装をこのあと買いに行こう♪」
次々と情報が更新されていく屋上ハロウィン計画に、ひな先輩以外の三人は質問もせず、とりあえず頷いておくことしか出来なかった。
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