恋人は居るんですか?

 四限の終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。

 スマホをいじったり本を読んだりとしていると、やはり時間の経過が早く感じる。


「はいはーい! このあと時間ある人ー!」


 皆がそれぞれに帰りの支度をしていると、床にあぐらをかいているひな先輩は大きく手を挙げて、キラキラとした目をしながら俺たちに問い掛けた。


「はーい! 暇でーす!」


 すぐに反応を見せたのは桜瀬だった。帰りの支度を進めていた彼女はひな先輩を真似て手を挙げると、隣で膝を抱えて座っている柊の顔を覗いた。


「瑠愛はどう? このあと時間ある?」


「うん、ある」


 柊は躊躇う素振りを全く見せずに、小さな顔でちょこんと頷いた。


「よし! これでレディースは全員確保したぞ! 湊くんの予定の程はどうですか!」


 こちらへと顔を向けて、ひな先輩は無邪気な笑顔のまま四つん這いになった。そのせいで制服の上からでも分かる彼女の大きな胸はゆさゆさと揺れるので、男の俺としては目のやり場に困る。


「空いてますね」


 出来るだけ彼女の目から視線を逸らさないようにしようと心掛けながら頷いて見せると、ひな先輩は「おー!」と興奮したかのような声を漏らして嬉しそうに頬を緩めた。


「なんていい後輩達なんだ。お姉さん嬉しいからお昼ご飯奢ってやるからな」


 悪いですよと断りを入れようとしたが、俺よりも早く桜瀬が「わーい!」と歓喜の声を上げた。


「さすがひな先輩! バイトを優先して学校を休んでるだけあるぅ」


「バイトを優先してるわけじゃないよ〜。バイトで疲れて寝すぎちゃうだけですー」


 桜瀬に向けて口を尖らせるひな先輩は、スクールバッグを肩に掛けて立ち上がった。それを合図に一年生の三人も腰を上げる。


「ひな先輩バイトしてるんですか?」


 うちの高校ではアルバイトの禁止はされていないので珍しい話では無いと思うが、身近では見かけたことが無かったので物珍しさを感じた。


「アパレルのバイトしてるの! いらっしゃいませ〜って」


 こちらにぺこりとお辞儀をして鼻にかかる声で「いらっしゃいませ」と言うひな先輩の姿は、アパレル店員というよりはレストランの店員に近い気がする。


「アパレル……すごいですね。陽キャの仕事って感じで俺には一生縁のない仕事です」


「あはははは! 陽キャとか陰キャとかはよく分からないけど、思ってる程ハードル高くないよー」


 手を叩いて笑うひな先輩が、段々と陽キャラに見えて来た。高校三年生で美人なアパレル店員ともなると、彼氏の一人や二人居てもおかしくはない。


「あー! その目はわたしに彼氏が居るだろうとか思ってるでしょ!」


 思っていたことを言い当てられて、心臓がギクリとした。


「え……どうして分かったんですか……?」


「勘だよ勘! そんな宇宙人を見るような目でわたしを見るなー!」


 片頬を膨らませながら、ひな先輩は怒っているフリをする。


「ひな先輩は彼氏居たことないですもんねー」


 揶揄う口調で言う桜瀬の表情は、どこか小馬鹿にしているようにも見えた。


「彼氏は出来たことないです〜。そもそもバイト先も女性ばっかりだから男子と出会う機会がないんです〜。というかそれは紬ちゃんも同じでしょ!? あと瑠愛ちゃんも!」


 何故か巻き込まれた柊は、不思議そうな顔をしながら首を傾げた。


「彼氏っていつも紬が欲しいって言ってる──」


「あーあー! 瑠愛! それ以上は言わなくていいから!」


「分かった」


 ほぼ聞こえてしまったが、どうやらここにいる女子の三人には彼氏が居ないらしい。その中でも柊に彼氏が居ないと分かってどこかホッとしていると、ひな先輩は俺に向けて指をさした。


「湊くんはどうなのさ!」


「ど、どうとは」


「彼女は居るんですか!」


「もちろん居ません」


 即答してみせると、ひな先輩はどこか納得した表情を浮かべながら四つん這い歩きでこちらに近寄ると、俺の肩をポンポンと叩いた。


「少年、そんなに凹むことはないぞ」


「いや、別に凹んでは──」


「何も言わなくていいんだよ。わたしには少年の気持ちがよーく分かるから」


 うんうんと頷いて同情を寄せてくれるひな先輩。そんな俺を見る桜瀬も同情するように頷いているが、柊だけは興味がなさそうに欠伸をこぼしていた。

 俺の肩から手を離したひな先輩は、大きな胸をたゆんたゆんと揺らしながら立ち上がると、床に置いてあった自身のバッグを手に取った。


「ということで、恋人の居ない者たちだけでご飯を食べに行くぞー!」


 テントの中に響くような声ではあったが、ひな先輩の可愛い声であれば全く苦にならない。


「いつもの場所で食べるんですか?」


 桜瀬は首を傾げながら立ち上がると、ひな先輩を追いかけるようにして歩き出した。彼女に続くようにして、俺と柊もその場から腰を上げた。


「うん! ご飯食べたあとも買い物とか楽しめるからね!」


 親指を立ててウィンクをするひな先輩に、桜瀬は「いいですね!」と笑顔を向けた。


「いつもの場所ってどこですか?」


 俺は新参者のため『いつもの場所』が分からない。だから質問してみたのだが、ひな先輩と桜瀬は同時に振り返って口の前で人差し指を立てた。


「えへへ〜、内緒だよ〜」「湊は何も聞かずに着いて来なさい」


 彼女たちはイタズラ顔のままに舌を出すと、そのままテントのドアを開いて外に出てしまった。

 変な場所に連れて行かれなければ良いのだがと思いながら外に出ようとすると、ちょうど柊もドアを潜ろうとしたところだったらしく、彼女と目が合った。


「あ、先いいよ」


 先を譲るように手で促したのだが、柊はいつもの感情が分からない目のまま、ジッと俺の瞳を見て動きを止めている。


「えっと、どうしたのでしょう……」


 その視線の意図が掴めずにいると、彼女は何度か瞬きをしたあと、小さく口を開いた。


「彼女、出来るといいね」


 それだけをボソリと呟いて、柊はゆっくりとした動きのままにテントをあとにした。

 柊が最後に残していった言葉は、ナイフのような切れ味で俺の心を突き刺していった。

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