初めて見る女子の下着姿

 屋上登校を続けていると、段々と居心地の良さを感じつつあった。


 初めはスマホをいじる桜瀬に対して、「不真面目である」と思っていたのだが、屋上登校三日目にして俺もスマホをいじるようになってしまった。教師が居ない空間というのは、ここまで人を堕落させてしまうのかと恐ろしさを覚える。


 ──そんな屋上登校にも慣れつつある日。事件は起こった。


 いつも通り屋上に出ると、テントの前に上履きが置いてあるのが遠目から見えた。先に誰か来ているのかと思いながら、スマホを片手にテントのドアに近づく。


「入るぞー」


 誰かが先に入っている時には、こうして声を掛けてからテントの中に入るようにしている。もし着替えなんかをしている最中に入ってしまったら、これからの屋上登校生活に支障が出てくるかもしれないからだ。

 しかしテントの中からは返事が返ってこない。さては寝ているのだなと、普段からよく寝る桜瀬と柊の顔を思い浮かべながらドアのファスナーを開いた。


「やっぱりか」


 テントに入ってすぐのところでは、膨らんだ青色の毛布が上下にゆっくりと動いていて、その中からは気持ちよさそうな寝息が聞こえてくる。誰かが毛布を頭から被り、爆睡しているようだ。


「おーい、そろそろ出欠始まるぞー」


 毛布の上から話し掛けながら、ドアをくぐって左手にあるクッションに腰掛ける。ここが俺の定位置だ。

 スマホをバッグの中に入れて一息つくと、聞こえていた寝息が収まり、毛布がゴソゴソと動き出した。


「ん……うぉぉ……」


 毛布の中からは、女子のうめき声が聞こえて来た。そしてふと、その声に違和感を覚えた。寝起きの声だからなのか、桜瀬でも柊の声でもない気がする。

 そこまで気が付いた時、毛布が勢いよく捲れて、眠っている人の正体が明らかとなった。


「ぉぉぉ……起きるぅ……」


 俺の足元で大の字になって寝ているのは、上下水色の下着姿をした知らない女子だった。髪は赤茶色をしていて、肌は健康的な肌色。そして何よりも目を引くのが、水色のブラジャーを被った規格外の大きさをしたおっぱいだ。それに加えて下半身も下着しか着用していないので、大事な箇所だけは隠しているだけの、ほぼ全裸姿だ。


「ちょっ、ちょちょちょちょちょ! な、なんでそんな格好してるんですか!? それと誰ですか!?」


 初めて生で見る女性の下着姿にパニックを起こしそうになりながら、その場から慌てて立ち上がった。テントの端っこに座っていたので、頭を天井に擦り付けてしまい立ちづらかったが、そんなことを考える余裕も無かった。

 立ち上がったことで真上から彼女を見下ろす形になると、赤茶色の髪から覗く目蓋がゆっくりと開いて目が合った。大きなタレ目が特徴の美人さんだ。


「お? おー? 君はあれか、例の新人か! 紬ちゃんから聞いてるぞ! 新しく男子が屋上登校をすることになったので、寝る時は制服かジャージを着て寝て下さいって言われた!」


「じゃ、じゃあどうして今は下着姿なんですか……?」


「うぇ?」


 彼女はすっとぼけた声を上げると、自分の体を手で触りながら確認していく。手が胸に触れるとプリンのように揺れ、お腹に触れると肌のすべすべ感が伝わってくる。


「ほんとだー、そう言えば寝る前に脱いじゃったんだったー」


 舌を出してウィンクをしているところを見るに、全く反省していないらしい。

 とりあえず彼女が着替えるのを外で待った方がいいのかと余裕のない頭で考えた直後、ドアのファスナーがジジジと音を立てて開いた。


「あれ、ひな先輩、今日は来てたんです……ね……」


 ドアから顔を出した桜瀬は下着姿の彼女を確認したあと、それを見下ろすようにして立っている俺にジトッとした目を向けた。

 桜瀬が顔を出している横から、柊までもがテントの中の様子を確認すると、俺に視線を向けて一言。


「修羅場」


 柊はそれだけを口にすると、上履きを脱いでテントの中に入って来た。

 しかし桜瀬は未だにジトッとした目でこちらを見ている。


 ──やめろ……そんな目で俺を見るな……。


「上から見下ろしたひな先輩のおっぱいは絶景かな?」


 ひな先輩と言うのは、きっと俺の足元で下着姿になっている彼女のことだろう。


「すっごくいい眺めです……」


 こんな絶景は見たことがない。男なら誰しも大好きなものが、俺の足元に広がっているのだ。

 そんな俺の回答に満足したのか、桜瀬は満面な笑みを浮かべたあと、眉間に皺を寄せて八重歯を剥き出しにした。


「いいから! 外に! 出る!」


「は、はい! ごめんなさい!」


 すごい剣幕を浮かべる桜瀬の言われるがままに、上履きの踵を踏み潰して外に出た。

 そこでやっと、テントの前に置いてある三足の上履きのなかに、つま先の色が青色をしているものがあることに気が付いた。

 つま先の色が青色をした学年というと、俺の記憶が正しければ三年生である。


 ☆


「いや〜ごめんごめん、いつもの癖で脱いだまま寝ちゃったよぉ〜」


 冷える風に晒されながら待つこと五分、俺はようやくテントの中に入ることを許された。

 ひな先輩と呼ばれていた人は制服姿になり、桜瀬と柊に挟まれる形でクッションの上に座っている。そんなひな先輩と向かい合うようにして、俺もゆっくりと腰を下ろす。


「いえいえ、こちらこそごちそうさまでした」


「ちょっと湊?」


「冗談です」


 ちょっと冗談を言っただけなのに、桜瀬はキッとした睨みを利かせたので、早めに頭を下げておいた。


「まったくもう。この変態が電話で話してた一年の佐野湊です」


 桜瀬は俺のことを指さしながら雑に紹介してみせた。


「どうも佐野湊です……って変態じゃねーわ」


 初対面から変態というイメージが付くと厄介なので、一応訂正しておいた。するとそのやり取りを見ていたひな先輩と呼ばれていた人は、声を上げて笑い出した。横でウトウトとしていた柊は肩をピクリとさせたが、また眠たそうにうたた寝を始めた。


「いいねいいね〜、ノリが良さそうな子が仲間になってくれて嬉しいよ〜。あ、わたしの名前は月居(つきおり)ひな。ここの高校の三年生だよ。気軽にひな先輩って呼んでね!」


「分かりました。ひな先輩」


「うん! 素直でいい子だ!」


 赤茶髪のロングヘアが似合う先輩の名前は、月居ひなと言うのか。最近はよく人の名前を覚えるなあと思いながら、ひな先輩のフルネームもなんとか記憶した。

 ひな先輩は太陽のような笑顔を浮かべながら、何度もコクコクと頷いた。


「ひな先輩も屋上登校をしてるんですか?」


 顔の横で手を上げながら質問をすると、彼女はさらに激しく首を縦に振った。


「うん! 紬ちゃんと瑠愛ちゃんと一緒に屋上登校をしてるの! これからは湊くんもだけどね!」


「仲間に入れて貰えたようで嬉しいです」


「いえいえ! あ、ちなみに屋上登校してる人はここに居る四人で全員だから安心して!」


 話している分だと、とても元気で明るい人だ。どうしてこんな人が屋上登校をしているのだろう。そう疑問に思っても、初対面相手では尋ねることが躊躇われた。


「ごめんね湊。ひな先輩のこと教えるの忘れてたね」


「気にしなくていいよ」


 手を合わせて申し訳なさそうな顔をする桜瀬だが、そのおかげでひな先輩の下着姿が見れたのだ。怒るどころか、感謝の気持ちすら感じる。

 心の中で桜瀬を拝んでいると、ひな先輩は満面の笑みを作りながら、こちらに手を差し出した。戸惑いながらもその柔らかな手を握ると、彼女は繋がった手をブンブンと振った。随分と熱烈な握手だ。


「これからよろしくね! 湊くん!」


 ようやく握手が落ち着いたかと思うと、彼女は手をギュッと握ったまま笑顔で首を傾げた。真っ直ぐに笑顔を向けられた俺は照れくさい気持ちになりながらも、彼女に釣られて笑顔を返した。


「こちらこそよろしくお願いします」


「あはは」と笑いながら軽く頭を下げると、彼女は満足そうに大きく頷いてから、ようやく手を離してくれた。

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