新しい友達
四限目終了を告げるチャイムが鳴った。
三限と四限の時間も読書をしていた俺に対して、桜瀬は延々とスマホをいじったり動画を観たりしていた。柊はというと、桜瀬のスマホを横から覗き見たり、一緒に動画を観たりとしていた。
「もう帰ってもいいんだよな?」
読んでいた文庫本をバッグにしまい、帰宅する支度は整った。
「いいけど、どうせなら一緒に帰らない?」
何気ない桜瀬の言葉が、俺の心に大きな衝撃を与えた。帰り道を誰かと一緒に歩くなんて、中学生を卒業して以来だ……言葉にならないような感動を覚えていると、桜瀬は何かに気が付いたように「あ」と口にした。
「湊、帰り道は駅の方?」
「いや、駅とは逆方面だな」
「あー、アタシたち駅方面なんだよね。一緒に帰りたかったのに残念」
桜瀬は肩をすくめて笑ってみせるが、一緒に帰りたかった俺は今すぐにでも駄々をこねたい気分だった。しかしそんな心情を悟られるわけにはいかないと、歯を食いしばって気持ちを落ち着かせる。
「逆方面なら仕方ないよな」
まるで自分に言い聞かせるような台詞を吐いて、何とか気持ちを持ち直すことが出来た。
一緒に帰るわけではないが何となく二人の帰り支度を待っていると、桜瀬と柊は忘れ物が無いかを確認してから立ち上がった。
「よし行こう。ちょうど今くらいの時間だと普通の生徒はご飯食べてるから」
そうか、屋上から下駄箱を目指すということは、四階分も階段を下りなければならないのだ。そうなると一般生徒と遭遇する確率が上がってしまうので、ご飯を食べている隙に脱出してしまおうということか。
「なるほど、帰るなら今だな」
「そういうこと。一般生徒に見つかったら「今から帰るの? ずるーい」ってコソコソ言われるからね」
苦い表情をする桜瀬の様子から察するに、恐らくは経験論なのだろう。
「了解した。それじゃあ一般生徒が飯食い終わる前に脱出しよう」
「らじゃ」
桜瀬は警察官の敬礼をこちらへと向けた。彼女を真似て無表情のままに敬礼をしてみせる柊に心を奪われそうになりながらも、俺たちはそそくさと屋上を後にした。
☆
何事もなく学校の校門に到着することが出来た。
ここから右手に進めば高校の最寄駅があり、左手に進めば歩いて十五分程の場所に俺が一人暮らしをしているマンションがある。
「屋上登校はどうだった?」
あとは道を分かれて帰るだけのところで、桜瀬はそんなことを尋ねた。彼女の隣に立っている柊も、じっとこちらを見て俺が答えるのを待っているようだ。
「うーん、まだ一日目だからよく分からないけど。自由ってことくらいは分かった」
「あながち間違いじゃないわね」
「あはは」と笑う桜瀬の表情は柔らかい。彼女には暗い表情よりも、明るい表情の方がよく似合っている。
「また来る?」
風になびく銀髪を手でおさえようともしない柊から声が掛かった。純新無垢な瞳を向けられ、思わず目を逸らしたくなる。それくらい彼女の青い瞳は、とても綺麗で美しかった。
「また来るよ」
そう答えて見せた直後、柊の頬がほんの少しだけ緩んだ気がした。しかしすぐにいつもの無表情に戻ってしまい、それが幻覚だったのかどうかを知る術はない。
「そう、良かった」
そんな何気ない一言に、桜瀬は眉をピクリとさせて柊の顔を覗いた。
「瑠愛、ほんとにどうしちゃったの? なんだかいつもの瑠愛じゃないみたい」
「そう?」
「そうよー、瑠愛が他の人に興味を持つなんて……しかも男子に」
「変かな」
「変ではないけど……なんかモヤモヤする……」
口を尖らせる桜瀬を、柊が不思議そうな顔をしながら見ている。
「二人は仲がいいんだな」
思ったことを口にしてみると、桜瀬はドヤ顔のままに胸を張った。
「ふふーん、そうでしょー、アタシと瑠愛は親友なんだもんねー」
桜瀬はやや強引に柊の腕を掴むと、ぎゅっと身を寄せてくっついた。柊は嫌そうな素振りこそ見せていないが、やはり無表情のままだ。
「うん、多分親友」
「多分なのか」
「うん、多分」
親友に多分という言葉を付け加えると、こんなにも安っぽくなるのか。しかしそんなことなどお構いなしに、桜瀬は嬉しそうに頬をとろけさせているので、普段からこの調子なのだろう。
そこで話にも一区切り着いたので、長く校門に居座るのもどうかと思い、そろそろ帰路に就こうと帰り道の方向に足を向ける。
「それじゃあ俺は帰るわ」
そう言ってこの場から立ち去ろうとすると、「あ、待って」と桜瀬に呼び止められた。
「どうした?」
振り返ってみると、桜瀬はポケットから取り出したスマホをパパっと操作して、とある画面を俺に見せた。
「連絡先交換しようよ。今朝みたいなことがあった時のためにさ。NINEやってるよね?」
今朝みたいなこととは、まだ鍵を渡されていなかった俺が屋上に入れなかったことだろう。
桜瀬のスマホの画面には、二次元コードの画像が表示されている。これを『NINE』というメッセージや電話が出来るアプリで読み取ると、簡単に連絡先を交換出来るのだ。
「やってるけど……いいのか?」
「アタシから言ってるんだからいいに決まってるでしょ」
誰かと連絡先を交換したりするなんて久しぶりだ。しかも桜瀬の方から言ってくれたことに、思わず泣きそうになってしまう。
「あ、私も」
温かい気持ちになっているところに、柊までもがスマホを持ち出した。彼女のスマホは黒色で、桜瀬と同じ透明のスマホケースをつけていた。
「柊まで俺と連絡先を交換してくれるのか?」
「うん」
もうこの場で泣いてもいい。今日はなんていい日なのだろうかと、バッグに入っていたスマホを取り出して二人と連絡先を交換した。
スマホの画面に表示されている『新しい友達』という欄には、それぞれのアイコンとともに『桜瀬紬』『柊瑠愛』の名前が浮き出ていた。
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