友達が出来た気がする
彼女の後を追っていくと、屋上に辿り着いた。
屋上の扉には鍵が掛かっていたが、サイドテールの彼女は制服のポケットから鍵を取り出し、何食わぬ顔で解錠してみせた。
「あ、鍵閉めておいて」
扉を潜るなり彼女は俺に言い放った。振り向いてドアノブを見てみると、ツマミを捻るだけで鍵を開け閉め出来るタイプだった。
「おう」
ツマミを捻って鍵を閉める。ちゃんと鍵が閉まっているのかを確認してから、冷たい風を顔に受けながら屋上へと足を踏み入れる。
サイドテールの彼女はファスナー式になっているテントのドアを開き、上履きを脱がずに四つん這いになって中へと入ると、十秒も経たずに外へ出て来た。すると彼女に少しだけ遅れて、空を見るのが好きだと言っていた銀髪の少女もテントから出てきた。
「お待たせ」
サイドテールの彼女と銀髪の少女が、俺と向かい合うようにして立った。銀髪の少女は一歩だけ引いて立っていて、相変わらずの無表情を浮かべている。
「推川ちゃんから君のこと聞いたよ」
何が始まるのだろうかと身構えていると、サイドテールの彼女からそんな言葉が紡がれた。
「あ、そうなんだ」
推川ちゃんはいつも屋上登校をしている生徒の出欠を取っている話していたことがあったので、恐らくそのタイミングで俺の話題が出たのだろう。しかしそんな話は推川ちゃんから聞いてないんだよなーと思っていると、サイドテールの彼女は勢いよく腰を折り曲げるようにして頭を下げた。
「本当にごめんなさい! あの時は君が屋上を荒らしに来たヤンキーに見えたから、咄嗟に追い払うような真似をしちゃったの」
ゆっくりと顔を上げた彼女は、バツの悪そうな顔をしている。
「あー、まあ気にしてないから大丈夫だよ」
本当は三日くらい心に傷を負っていたが……。
それを聞いた彼女の表情からは気まずさが抜け、ぎこちないながらも笑みを浮かべた。
「君、名前はなんて言うんだっけ? 推川ちゃんに聞いたけど忘れちゃった」
「佐野湊だ」
「それじゃあ湊って呼んでもいい?」
「あ、ああ……いいけど……」
なんだか今の会話に懐かしさを感じた。高校に上がってから名前で呼ばれることなんてなかったので、久々の名前呼びに鳥肌まで立ってしまった。
「アタシの名前は桜瀬紬(さくらせつむぎ)。呼び方は湊にお任せするわ」
「じゃあ桜瀬で」
「了解。そしてこっちの子は……」
茶髪のサイドテールが特徴の彼女は、桜瀬紬と言うらしい。何度もその名前を頭の中で繰り返し言って、何とかフルネームを覚える。
桜瀬はそう言うと、銀髪の少女の方を向いて何か指示を送った。初めは首を傾げていた少女だったが、桜瀬が「自己紹介」と口に出すと、思い出したかのように小さな口を開いた。
「柊瑠愛(ひいらぎるあ)。湊、よろしくね」
「ああ、柊だな、よろしく」
空が好きだと言っていた銀髪美少女の名前は、柊瑠愛と言うそうだ。桜瀬の名前を覚えた時と同じようにして、柊のフルネームも何とか覚える。
柊の淡白な口調ながらに紡がれた名前呼びに感動した。今の俺は、友達が出来た気分を噛み締めている。
「それでなんだけど……湊、明日から屋上登校していいわ」
「は?」
予想外のことに変な声が漏れた。
屋上登校ってたしか推川ちゃんの言ってたあれだ。保健室の代わりに屋上に登校をするというあれ。
「紬、あの男はヤンキーみたいだからって言ってたけどいいの?」
目の前に本人が居るのにも関わらず、柊は無表情のまま桜瀬に尋ねた。
「ちょっと瑠愛! それは今言うことじゃ……」
桜瀬は慌てて瑠愛の口を塞ごうとしたが、全て聞いてしまったあとではもう遅い。またも桜瀬はバツが悪そうに苦笑いを浮かべた。
「これはその……違うのよ。見直したというかなんというか……」
「見直した? 何かあったの?」
柊は不思議そうな顔をするでもなく、やはり無表情のままに首を傾げている。
「うっ……それは……」
さらに表情を曇らせる桜瀬だが、無理矢理に笑顔を作って柊の手を握った。
「そのことは後で話すから、ね?」
「うん、分かった」
柊が頷いたのを確認した桜瀬は、心からホッとしたような表情を浮かべた。無表情の柊に対して、桜瀬は表情豊かである。
「と、とにかく!」
自分のペースを乱された桜瀬は柊の手を離すと、その勢いで俺を指さした。
「明日から屋上に来るのかどうか! どっち!」
校舎に響くような声に圧倒されながらも、おずおずと顔の横で手を挙げた。
「ええと、質問いいですか?」
ほぼ何も知らない状態だ。それで明日から屋上に登校するのかどうかを聞かれても、決められるわけがない。
桜瀬が「どうぞ」と促したので、まだ内容がまとまっていない質問をぶつけていく。
「屋上登校する時って出欠はどうするんだ?」
「出欠は一限が始まる前くらいの時間に推川ちゃんがここに来るの。その時までに登校してれば問題ないわ」
出欠は保健室登校のルールと変わらないらしい。
「じゃあ次の質問。ここって屋上だから寒くないか? あと、雨降ったらどうするんだよ」
「暑かったり寒かったり、強い雨が降ったりしたら保健室に行けばいいのよ。まあアタシたちはよっぽどのことが無ければテントの中に居るけど」
「そんなにテントの中って居心地いいのか」
「湊も屋上登校を始めたら分かるわよ」
普通のテントよりも大きいようには見えるが、それ以外は至って普通のテントだ。そこまで居心地の良いものとは思えないが、普段からテントを使用している人が言うのだから本当なのだろう。
「このテントって風で飛ばされたりはしないのか?」
「しないわ。テントのペグってやつが屋上の床に突き刺さった状態で固定されてるから。あとテント自体も頑丈なの。あ、でもさすがに台風とかは怖いから、その時は校舎の中に運んで避難させるけど」
「そうなのか」
これで雨風や気候の問題は解決出来た。これくらい聞ければ安心するものがあるが、もうひとつだけ質問したいことがあった。
「じゃあ最後の質問。保健室じゃなくて屋上に登校する魅力ってなんだ」
面接のような質問になってしまったが、これが一番聞きたかったことだ。俺は保健室登校でも何不自由なく生活出来ていたので、屋上登校をするメリットが知りたかった。
「空が見れる」
その質問に答えたのは、以外にも柊だった。それに驚いたのは俺だけではないようで、桜瀬も目をパチクリとさせながら柊の顔を見た。
「空が見れる……か」
確かに屋上よりも空が見やすい場所はない。その柊の答えに、俺は胃の底から湧き上がる面白さを覚えた。
「瑠愛の答えで満足出来た?」
そう尋ねる桜瀬に、迷わず頷いてみせた。
「ああ、充分すぎるくらいに満足出来た」
俺の答えに一瞬だけ戸惑いを覚えた様子の桜瀬だったが、「まあいいわ」と言うと俺の目を真っ直ぐに見た。
改めて桜瀬の顔をまじまじと見ると、顔のパーツが整っていて以外にも美形であることに気が付いた。
「それで、これを聞いた上で明日から屋上登校する気になった?」
「桜瀬と柊が良ければ、俺も屋上登校をしたい」
再度尋ねられたその質問に即答すると、桜瀬はようやく自然な笑みを見せた。
「それじゃあ決まり! 明日から保健室じゃなくて屋上に登校するように。今日は持ち物も保健室にあるだろうからね」
「分かった。持ち物は自習用の教材だけでいいのか?」
「それだけで充分よ」
明るい表情のままに言うと、桜瀬はこちらに背を向けて柊の手を取った。
「それじゃあまた明日ね。ここで会えるのを楽しみにしてる」
顔だけをこちらに向けて無邪気な笑みを見せると、桜瀬は柊の手を引いてテントに戻ろうと歩き出す。その背中を見ながら、もうひとつ聞かなければならないことを思い出した。
「あ、聞き忘れてた」
その声に桜瀬と柊は足を止めると、二人同時に振り向いた。
「最初は俺を追い払ったのに、今になって仲間に入れてくれる気になったのはどうしてだ? 推川ちゃんに何か言われた?」
そう問うと桜瀬は、顎に指を当てて少し考えたあと、いたずらっ子のような笑みを浮かべた。
「推川ちゃんは何も関係ないわ。用心棒として居てくれると安心だなって思っただけよー」
砕けた口調で答えたあと、桜瀬は真っ赤な舌を出してからテントの中に戻っていった。
今のはどういう表情だったのだろうと考えていると、その後ろを着いていく柊がこちらに向かって小さく手を振っているのに気付いたので、俺も小さく手を振り返しておいた。
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