失ったモノはあれど②


 一方的な虐殺が行われる王の間。


 銃を手にする騎士たちは射的でも楽しんでいるかのように引き金を引く。誰が一番多くを殺せるかを競い合っている。


 騎士にあるまじき醜悪な行い。


 その中心部に白い少女がたった一人で降り立った。



「あん?」



 天井から降ってきたレイを見てアレグラは鼻を鳴らす。



「おいおいレイ、どうしたよ? わざわざ野郎どものど真ん中に降りてきて。屈強な男がたくさんで、もしかして我慢できなくなったか?」



 アレグラはニヤニヤと薄ら笑いを浮かべながらレイを揶揄した。的当てピストルゲームに興じていた騎士たちも扇情的なレイの姿に舌舐めずりする。


 怖い。向けられる視線が怖い。耳朶を叩く笑い声が怖い。


 指先が震えて感覚がなくなっていく。恐怖の象徴に取り囲まれているこの状況で助けてくれる人は誰もいない。一人で立ち向かわなければならない。


 逃げるな。立ち竦むな。勇気を振り絞れ。



「やめて、ください……」



 震える声で、たどたどしく、幾度も口にして、きき届けられなかった言葉を紡いだ。



「あ? よく聞こえねぇぞ。抱いてくださいって言ったか?」



 アレグラはわざとらしく耳に小指を突き入れながら下卑た笑いを響かせる。『王室警備隊』の騎士たちも下品な野次を飛ばした。


 そんな品性の欠けらもないアレグラたちにロギーヌは呆れ顔をしても咎める様子はない。



「これ以上、あの方たちを傷つけるのはやめてください」



 自分にできる精一杯でアレグラを睨みつけて、今度はハッキリと口にした。


 それがアレグラの劣情を刺激した。



「ああダメだ。我慢できねぇわ。今すぐここでメチャクチャにしてやるよ」


「おいっ、アレグラ!? そんなことをしている場合ではないだろう!?」



 翡翠の瞳に【魅了】されたアレグラは目をギラつかせながら、ロギーヌの制止も無視してフラフラとレイに近づいていく。


 アレグラが一歩近づいてくる度に足が後ろに下がりそうになる。


 彼を守るためにここにいる。逃げるのではなく立ち向かえ。



私にアン触れないでくださいタッチャブル!」



 展開されたのは目に映らない接触拒否の障壁。伸ばされたアレグラの魔手が障壁に触れた瞬間、大の男が木の葉のように宙を舞った。


 突然視界が回転したことで受け身も取れず、頭から床に叩きつけられてカエルのような声がアレグラから漏れた。


 しん、と場が静まり返る。



「テメェ……」



 立ち上がったアレグラは憤怒の形相でレイを睨みつけた。


 無意識に身体をビクつかせて怯んでしまう。



「いいぜぇ……後でたっぷりとなぶってやらぁ。どんなに泣き叫んでもぶっ壊れるまで使ってやんよ。おいお前ら! とっととその転生体どもをぶっ殺せ! 白髪の男ははらわたを引きずり出してぐっちゃぐちゃのミンチにしろ!」



 床に打ち付けた頭を押さえながらアレグラは檄を飛ばした。条件反射で騎士たちは銃口を輝たちに向ける。



(目の前であの男を惨殺してぇ、貴女の心を折ろうって感じぃ? あはぁ、じゃあ彼を守らないとねぇ?)


「はい」



 エルキスティの声で我に返ったレイは両手を交差させて新たに障壁を展開した。


 輝たちを捕える退魔結界をさらに覆う翡翠の障壁。【対物障壁】アンチマテリアルシールド【対魔障壁】アンチマジックシールドの力を兼ね揃えた二重障壁デュアルシールド


 一斉に放たれた弾丸はそのどれもが障壁に弾かれる。



「ちぃっ、邪魔すんなレェェェイィィィィィッ!」



 完全に頭に血を上らせたアレグラはレイに掴みかかろうと飛びかかった。だが接触拒否の障壁によって再び宙を舞って床に激突する。



「くそがぁぁっ! 何やってるお前ら! さっさとその女をぶっ潰せ!」



 絶叫。騎士たちがレイに殺到し、その尽くが彼女に触れること叶わず宙を舞う。


 この障壁は自分の身を守るために身につけた力。神の力に頼らず、恐怖を与えてくる男たちから逃れるために必死に得た力。


 力があっても意思が伴わなかった。怯えるばかりで何もできなかった。


 勇気を出すだけで、ずっと前からそうすることができたのに。


 勇気を振り絞るだけで、あの恐怖から身を守ることができたのに。


 勇気がないばかりに、欲しくもないものを与えられ続けてきた。受け入れ続けてしまった。


 逃げもせず、立ち向かいもせず、されるがまま何もしなかった。


 けれどもう逃げない。自分には力がある。なかったのは勇気だけ。


 それもたったいま得ることができた。自分の力は通用する。自分だけではなく、自分の大切な人たちも守ることができる。



(でもぉ、このまま守ってるだけぇ? 早くしないとぉ、あの男は死んじゃうかもしれないんでしょぉ?)



 そうだ。自分の力でも時間稼ぎはできる。待っていればいつかアルフェリカや他の転生体が来て解決してくれるだろう。


 だけど彼の容体が心配だ。生きていたとしてもその時まで彼が保つとは限らない。もしかすると一刻を争う状態かもしれない。


 時間はかけられない。



「このアマ!」



 懲りずに騎士の一人がレイに飛びかかってきた。


 怖い怖い怖い怖い。これから行おうとしていることはかつての恐怖そのものに挑むこと。折れれば過去を繰り返す。


 けれど折れない意志が、いまの自分にはあるはずだ。


 胸に恐怖を抱きながらレイは接触拒否の障壁を解いた。飛びかかってきた騎士にその勢いのまま押し倒される。


 自分の上に馬乗りになる男の姿。鼻息は荒く情欲の宿った双眸で見下ろしてくる。幾度も目にしたこの光景。


 怖い。だけど大丈夫。刻みつけられた恐怖に身体は震えるけれど、手足はちゃんと思い通りに動かせる。


 レイは馬乗りになる男の顔を両手で包み、妖しい輝きを宿す瞳で見つめた。



「――っ!?」


「やめて、ください」



 体温が伝わる。匂いが伝わる。柔らかさが伝わる。甘い囁きで鼓膜を震わせ、翡翠の瞳が男を映す。五感すべてが男の本能を燃やし尽くし、理性を容赦なく溶かしていく。



「私を、害さないでください。私を、守ってください」



 ビクン、と男の身体が一際大きく跳ねた。


 ゆらりと揺れるように立ち上がる。まるで幽鬼のような不気味な動きに周囲の者たちは動けずにただ眺めているだけだった。



「……はい」



 騎士の男が虚ろな瞳で剣を抜き、そして近くにいた騎士の喉笛を斬り裂いた。ぱっくりと割れた喉元から壊れた消火栓のように血が噴き出して辺りを赤く染めていく。


 血の雨を浴びた騎士の男は眉ひとつ動かさない。味方を斬ったことに心を痛めることもない。



「あと、十二人です」


「ううううううううぅぅぅぅぅぅぅぅぅ…………ああああああああああああぁぁぁぁぁぁっ!」



 獣じみた咆哮。返り血で血染めとなった騎士の男は狂乱したかの如く味方に襲いかかった。



「よ、よせ! やめ――ぎゃあああ!?」


「どうしたんだ!? こっちは味方だぞ!?」



 味方の乱心に『王室警備隊』の面々は対処ができない。正気を失った騎士の男が次々と味方に剣を振り下ろし、一人、二人、三人と倒れていく。



「撃て! 撃ち殺せ!」



 いち早く混乱から立ち直った騎士の叫びに反応した者たちが男に十字砲火を浴びせた。


 それは翡翠の障壁に阻まれて男に傷一つつけること叶わない。


 障壁を盾にしながら男は騎士の心臓を刺し貫く。乱暴に剣を引き抜いて、死亡を確認することもなく次の獲物を狙って追い迫った。



「女だ! あの女が何かしたんだ! 女を狙え!」


「死ねぇぇっ!」



 絶叫と振り下ろされた剣に向かって両手を掲げる。剣がレイの手のひらに触れた瞬間、水面に雫が落ちたように波紋が広がり、音もなく不自然に静止した。


 驚愕に見開かれる騎士の目。


 その騎士の頬を両手で優しく包み込み、見開かれた双眸を覗き込む。耳元でそっと囁くと、その騎士もまた味方に斬りかかる狂戦士へと変貌した。


 あまりにも不可解な謀反にアレグラは声を荒げる。



「何をしやがったレイ!」


「何も特別なことはしていません。皆さんが私に感じていたもの。私が抑えつけていたものを解き放っただけです」


「抑えつけてたもんだぁ? ボケたこと言ってんじゃねぇよ。テメェは震えながら男を楽しませるくらいしか能がねぇ転生体――っ!?」



 そこまで口にしてアレグラは愕然と何かに気づいた。



「そうです。私は転生体。〝美神〟エルキスティを宿す転生体です」


(あはぁ、能無しなんて失礼しちゃうわぁ。私が見つめればぁ男はみぃんな虜になるのよぉ。私を愛して私に尽くして、そんな彼らを私は抱きしめてあげるの)



 囁く声は甘い響きを、触れる肌は蕩けるほどの温もりを、香る色香は劇薬の如き悦楽を、交わる視線は身を焦がすほどの情熱を。


 支配欲、独占欲、征服欲、愛欲、性欲、色欲、自己顕示欲、庇護欲、優越欲、獲得欲、保持欲。彼女を前にして、男である限りこれらの欲望からは決して逃れることはできない。


 魅せられた者はそれらを満たすために彼女に尽くし、尽くされた分だけ彼女は応える。


 その力をレイが使う。自らの意思で。決意を持って。



「『神装宝具』――【あやかすファシナティオ蠱惑の眼差し・イントゥエレ】」



 魔眼の『神装宝具』。その眼差しは全てを【魅了】する。



「善悪美醜を問わず、貴方たちが私に魅力を感じるのなら、貴方たちは今までのように私の虜となります。ただし、これからは先に対価を頂きます」



 先に尽くすのはレイではなく騎士である。【魅了】された男たちはレイの愛を得るために力の限り身を尽くすのだ。


 他の男を蹴落として。



「ぎゃあああっ!」



 【魅了】された二人の騎士はレイに近づこうとする者がいれば真っ先に剣を振り下ろす。その二人を止めようと銃声が轟けば翡翠の障壁が銃弾を阻む。


 レイの援護を得る二人の騎士を止められる者はいなかった。一人、また一人と倒れていく。


 二人を除いた騎士たちが全員倒れるまでそう時間はかからなかった。


 レイに近づく獲物はもういない。邪魔者となる騎士たちは全て斬り伏せ、彼らはレイという報酬を得るために虚ろな瞳を彼女に向けた。


 その瞳を向けられるだけで頬を冷たい汗が伝う。レイに尽くして味方を斬った彼らが何を求めているのかはその目を見れば明白だった。


 拳を握りしめて拭いきれない恐怖に耐える。


 二人の騎士はレイへと手を伸ばした。



(あらぁ? レイを独占できるのはぁ、一人だけよぉ?)



 まるでエルキスティの声が聞こえたかのように二人の動きがピタリと止まる。そして互いを視界に収めたそのとき、それぞれの剣を相手に突き刺した。


 そのまま糸の切れた人形のように崩れ落ちる。大理石の床を赤い水溜まりが広がっていった。


 不意に訪れた静寂。ロギーヌもアレグラも転生体たちも、自らは武力を使わず自身の魅力だけで同士討ちを成功させたレイに息を呑んだ。


 その事実がレイの胸を満たしていく。



「くふ」



 笑いがこみ上げてくる。あんなにも自分を苦しめていた者たちが、瞳を見つめて耳元で囁いただけでこんなにも簡単に血の中に沈んだ。


 自分を奪うために。自分を独占するために。自分を征服するために。


 なんて愚かしいのだろう。抱く欲望が下劣なら、尽くす動機のなんと不純なことか。


 あの人とは大違い。



「くふ、ふふふふ……」


「なにがおかしい!?」



 くぐもった笑い声にアレグラが叫んだ。引き攣ったその顔がレイの心をさらに満たしていく。


 おかしいに決まっている。今まで散々自分を傷つけてきた者たちが、自分を貪ってきた者たちが、こうも簡単に手玉に取られたのだ。


 足りなかったのは勇気だった。立ち向かう勇気だけだった。蹂躙から身を守る力も、相手に弄ばれるのではなく弄ぶ力も、自分には備わっていた。


 踏み出してみれば大したことはなかった。どうして今までできなかったのか。もっと早くこの一歩を踏み出せていればと思わずにはいられない。



「私は、ずっと勘違いをしていたんですね」



 一歩を踏み出す。ぴちゃん、と血溜まりが跳ねる音がした。



「怯えるだけの自分が嫌でした。守られるばかりで何もできない自分が嫌いでした。自分一人では表を歩くこともできませんでしたし、イリスのように思ったことを素直に口にすることもできません。そんな自分が嫌いで嫌いで、どんどん自信がなくなっていって、さらに自分が嫌いになっていくんです。博士たちの厚意に甘えて、いつか誰かがなんとかしてくれることを待ち続けて、自分は怖さを理由に何もしないで逃げ続けていました。自分のことなのに、他人に甘えるばかりで何もしない。申し訳ない気持ちでいっぱいでした。悪いのは、何もしない私自身にあるのだと思い込んでいました」



 また一歩、前に踏み出す。ロギーヌは王座から立ち上がり、アレグラは一歩後退った。



「違ったんです。勘違いだったんです。悪かったのは何もしなかった私ではありませんでした。悪いのは、私を傷つけようとする人たちだったんです。だって、そうじゃなきゃ――」



 二歩三歩。赤い足跡を残しながら王座に近づく。レイが歩を進めれば、同じ数だけ親子は後ろに下がる。



「目の前で人が死んで、喜びを感じるはずがありません」



 たたえているのは仄かな微笑。しかしそこにあるのは純然な喜びとは程遠い邪な歓喜。



「私は、私を傷つけた方々を恨んでいるのです」



 それがレイ=クロークが抑えつけていた本心。どうして自分がこんな目に遭わなければならないのか、こんなにも理不尽に弄ばれなければならないのか。言葉にできずともずっと感じていた心の悲鳴。


 自分に力がなかったことが悪いのではない。自分に勇気がなかったことが悪いのではない。ティアノラやイリスたちの厚意に甘えていたことが悪いのではない。


 悪いのは敵意や悪意を向けてくる人間たち。



「復讐をさせて頂きます。博士を傷つけたこと、イリスを傷つけたこと、そして何より私を傷つけたこと……この恨みを、皆様の命で晴らさせて頂きます」



 足元に転がる剣を拾い上げる。剣というのはこんなにも重いとは知らなかった。


 でもこの重さが心地良い。


 剣を取ったことでレイが本気であると悟ったのか、ロギーヌとアレグラは部屋の奥に逃げようとした。おそらく逃走用の隠し通路でもあるのだろう。



「逃がしません」



 進路上に障壁を展開。障壁を避ける迂回路も塞ぎ、障壁による袋小路を作り上げた。


 その唯一の出口にはレイが立ち塞がる。



「クソがっ、ふざけんなよっ!? とっととこれを解け! オレを誰だと思ってんだ、レイ!?」


「王子様、でしょう?」



 そうは言っても女の子が憧れる王子様とはとても似ても似つかない。喚き散らしながら障壁を叩く姿はとても無様だ。


 アレグラと対照的にロギーヌは逃げることを諦めたのか、まっすぐとレイを見つめていた。



「お前は『オフィール』を滅ぼすつもりなのか?」


「そのような意図はありませんが、滅ぶなら滅んだほうが良いのではないですか? 蹂躙や略奪が横行するこの都市ではたくさんの人々が苦しんでいます。奪ったもので一部の者だけが贅の限りを尽くす。反抗する者には首輪で脅して無理やり従属させる。私のように傷つく人が増えないように、ここで一度綺麗にしてしまった方が良いと思うのです」



 魔眼がロギーヌを捕らえた。ロギーヌは胸を押さえつけて苦悶と共に【魅了】に抵抗してみせるが、それも無駄な努力。


 〝美神〟エルキスティの【魅了】はそれで抗えるほど生易しくはない。


 抵抗できたのはわずか数秒。王の瞳から理性が弾け飛び、獣欲宿す本能のみが輝いていた。獲物を蹂躙すべく、獣と化した王が飛びかかってくる。



私にアン触れないでくださいタッチャブル



 接触拒否の障壁。指先がレイに触れた瞬間、風に吹かれた木の葉の如くロギーヌは宙を舞う。


 そのまま床に叩きつけられて無防備に晒された背中に、レイは剣を突き立てた。


 肉を裂いた感触。骨を砕いた感触。それが剣越しに伝わってくる。


 何度か痙攣した後、ロギーヌは絶命した。


 命を奪った感触に身体が火照る。



「く、来るなっ」



 顔を向けるとアレグラは尻餅をつきながらレイから離れようとした。しかしすぐに障壁にぶつかってそれ以上の後退を許されない。


 レイの歩調に合わせて靴底が床を叩く音が鳴る。


 カツン――カツン――カツン――。


 アレグラにとってその音は死へのカウントダウンに他ならない。



「ま、待ってくれ……今までのことは悪かった! あ、謝る! 詫びとして、欲しいものがあるならなんでも揃えてやる! なんだってするから……だ、だから許してくれ!」


「なんでも、ですか?」


「そ、そうだ! なんでもだ! 服でも、装飾品でも、家でも、食い物でも、地位でも、富でも、権力でも……どんなものでも用意するからっ……だから、頼む!」



 アレグラは必死だった。平伏して床に額を擦り付ける。恥も外聞もなく、王族のプライドもかなぐり捨てて命を乞う。



「そうですか、では……」



 跪くアレグラの前でレイも膝をつき、そっと告げた。



「私の純潔を返して頂けますか?」


「そ、それは……」



 アレグラは顔を青くして言い淀む。構わずレイは続けた。



「初めて意識することができた殿方がいるんです。ですが私はすでに汚れきってしまっています。こんな私ではきっとあの方には釣り合わないでしょう。ですから出来る限り私は清らかさを取り戻したいのです。なんでもと仰いましたし、奪ったのは他ならぬ貴方ですから返して頂けますよね?」


「む、無理だ……」


「どうしてですか? なんでもと仰ったではないですか」



 もちろん要求しているレイ自身、返還不可能であることくらいわかっている。


 それは一度きりのモノ。散らしてしまえばもう取り戻すことはできない。



「そ、それ以外ならなんでもする! そうだっ、この王城をやる! レドアルコン家の全財産も譲渡する! 王家が持っている利権も全てだ! そ、その他にも――」



 助かるために必死に交渉材料を提示してくるが、いずれにも興味はない。


 レイは立ち上がると無言で剣を逆手に握りしめた。



「助けてくれ! 頼む! オレが悪かった! オレが悪かったから! 殺さないでくれ! 頼む! やめてくれ!」


「私が同じように願っても、貴方はやめてくれませんでした。むしろ楽しそうに私を弄んでいましたよね?」


「嫌だ! 死にたくねぇ! 殺さないでく――がっ!?」



  みなまで言わせずレイはアレグラの首筋に剣を突き立てた。体重を乗せて柄を捩じりながら頸椎を捻じ切る。



「これは復讐です。私の嘆願も、懇願も、哀願も、貴方は全て嘲笑って聞き届けてくれませんでした。私が聞き届ける道理があるはずもありません」



 傷口から噴き出した血が肌を濡らす。その不快さにレイは眉をひそめた。



「汚い、ですね」



 あとで念入りに身体を洗わなくては。すでに汚された身だが、だからと言ってさらに汚れるのも嫌だった。


 敵は全て死に絶え、生きているのは王家に虐げられてきた者たちだけ。


 『オフィール』の頂点である王族は命を落とし、それが意味するのは解放という言葉。


 奴隷だった者たちが歓喜の声をあげた。転生体と人間が互いに肩を組み合い、全身でその喜びを分かち合っていた。



「黒神さん!」



 誰もが諸手を挙げる中で輝の名を叫ぶ。


 それにより輝を含めた多くの怪我人がいることを思い出した一同は一斉に我に返った。



「手当ての心得がある人間は結界の中に来て!」


「私〝癒神〟の転生体です! 彼女の指示を聞きながらすれば応急処置くらいなら!」


「動ける奴はついてきてくれ! 結界を発生させてる装置を探すぞ!」


「急いでくれ! 黒神さんはまだ生きてる! 早く治療を!」


「上に吊るされているあの人も降ろしてあげないと!」



 それぞれが自分の意思で仲間を助けるべく行動した。


 今日まで自分にはできなかった自発的な行動を、彼らは自由になってすぐにしている。


 自分も初めから彼らと同じように動けていたら。


 そう過去を悔やみながら、レイも自分ができることをするために動いた。

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