一歩、前へ②
王の間。時にはパーティーなどの社交場としても利用される場の内装は豪華の一言に尽きる。
高い天井には煌びやかなシャンデリアが吊られており、壁面には金の額縁に収められた絵画がかけられている。王の間を支える柱の下には金や銀をふんだんに使った騎士の彫像が並んでおり、陽光を取り入れる窓はステンドグラス。大きな扉から伸びる赤い絨毯が伸びる最奥には玉座が鎮座している。
そしてその玉座には威厳に満ちた顔立ちの初老の男性が座していた。
この都市『オフィール』に君臨する王ロギーヌ=レドアルコン。
「かの天才科学者もそうなってしまっては形無しよな」
ロギーヌは後ろで手を縛られて跪くティアノラを蔑むように見下ろした。広間の両脇に控えている臣下たちも同じような目をティアノラに向けている。
「生憎、型にはまらないのが天才って生き物でね。ハナっからそんなもんは持ち合わせていないのさ」
「ふ、減らず口は変わらずか」
たった一人で御前に連れてこられて毅然と振る舞うティアノラの姿にロギーヌは頬杖をつきながら小さく笑う。
「それで、王様はあたしに何か用なのかい? あたしはこれでも忙しいんだ。できれば手短に頼みたいんだがね」
「貴様っ、国王に向かって無礼だぞ!」
ティアノラを逃さないように側に控えていた『王室警備隊』の男が彼女の背中を鞘に収めたままの剣で殴りつけた。容赦のない一撃にティアノラは苦痛に呻く。
「あまり乱暴に扱うな。これでも貴重な逸材なのだ。多少の無礼くらい聞き流せ」
「はっ、申し訳ありません」
ロギーヌの忠言に男は敬礼した。国王の紳士的な対応に涙が出てくる。
「とはいえ、今回の件については見過ごすこともできんのでな。こうして私自ら話を聞かせてもらおうと思ったのだ」
「へぇ、何かあったのかい?」
「くくく、わざとらしく
「あたしゃ何も知らないよ」
「戯言を。その二人を庇えばそなたも叛逆罪にかけることになるのだぞ?」
「ほう。そりゃあ、もう退魔結界装置のメンテは不要ということかい? 定期的にメンテしてやらないと半年しか連続稼働できないのはご存知だろう。前回のメンテは四ヶ月前だったか。あと二ヶ月程度しか使えないがそれでいいってことかい?」
ロギーヌは黙り込んで考える素振りを見せた。
退魔結界装置に関する資料は全て破棄してある。特に結界を発生させる術式に関しては、こいつらの頭じゃブラックボックスだろう。そうでなければ王族に反抗的な自分に装置のメンテナンスを依頼するわけもない。
故に装置が壊れようものなら自分を除いて修理できるものはこの都市には存在しない。
そうなればこの都市の安全性は著しく低下する。
「それは困ってしまうな」
本当かどうか疑わしい態度でロギーヌはそんなことを口にした。
「魔獣は奴隷の転生体どもに駆逐させればよいが、あの装置は転生体の識別にも使える。我が都市に忍び込んだ転生体に首輪をつけるのに重宝するからな。報奨金も、専用の研究室の贈与も、
そう。退魔結界装置は転生体の識別装置としても機能する。その事実をこの国王は知っており、知っているからこそ手放すことができない。
本来の用途ではなく、ティアノラにしてみれば欠陥以外の何物でもないが、一国の王と取引が成り立つだけの交渉材料にはなる。
「とはいえ我々王家にも体裁というものがある。下賤の輩に王族が傷を負わされて、おめおめと引き下がっては威厳に関わる。見せしめも兼ねて、やはり賊は討つ必要があるのだよ」
「勝手にすればいいさ。それにあたしたちを巻き込んだところで居場所は知らないがね。あの二人はあたしたちを気遣って離れていったよ。もしかしたらもう『オフィール』を出ているかもしれないね」
「それはない。罪人二人がいまも下層の宿に滞在しているのは確認済みだ。今頃アレグラが刺客を向かわせているだろう。五人もの転生体に囲まれては如何なる者でも為す術はあるまい」
ロギーヌの物言いにティアノラは眉をひそめた。輝たちの居場所を掴んでいるのなら自分たちはなぜ拘束されたのか。
「……どうしてここに連れてこられたのはあたしだけなんだい?」
「尋問というものは一人ずつ行うのが常識であろう。そなたの助手は、息子が行なっている」
ロギーヌは嘲笑を浮かべる。それだけでティアノラは全てを理解した。
「あんたら、もともとレイだけが目的か!」
激昂する。王の間にティアノラの怒りの叫びが反響した。
「息子はそうかも知れぬな。私はそなたをここに留めておくのが目的だ。間違ってもそなたがあの二人に加担せぬようにな。
「んなこたあどうでもいい。いますぐレイを解放しろ!」
「それはできん。そなたの功績に応えるために、あの転生体の首輪を外したことに目を瞑っていたが、叛逆者に関わっていたとなればそうも言っておれん。牙を剥かれる前に抑止しておく必要がある。アレへの尋問はそれも兼ねている」
「テメェ!」
怒りのままロギーヌに飛びかかろうとした時、『王室警備隊』の男に再び鞘で殴りつけられた。
側頭部を殴打された衝撃で眼鏡が弾け飛び、脳が揺らされる。手を拘束されていたために受け身を取れずに地面を転がった。割れた額から流れ込んだ血が視界の半分を赤く染める。
臣下たちのクスクスとした嗤い声が余計に神経を逆撫でる。
「ああ、言い忘れていたが装置のメンテナンスについては『魔導連合』の魔術師に依頼することになったのでな。世界に数少ない
「な、に……?」
やけに遠く聞こえる声にティアノラは絶望した。
あんなものが量産されれば一体どれだけの転生体が居場所を失うことになるか。場合によってはそれ以上の悲劇がこの世界にもたらされる。
「こ、の……なんのために、研究資料を破棄したと思って……」
「そう。私が理解に苦しんだのはそれだ。何のために破棄したのだ? この装置が普及すればどれだけの人が救われると思う。魔獣にも転生体にも脅かされない安息が得られるのだ。そなたにしても富と名声が手に入るであろう。それだけのものをそなたは作り上げたのだ。だというのになぜその技術を秘匿しようとする?」
「あたしの夢が、遠退くからに決まってるだろう」
「……夢? ああ、以前そなたが口にしていた妄言か」
ロギーヌは亀裂のような笑みを口元に湛えた。
「たしか転生体の居場所を作るというものだったな。はははははは! これは傑作だ! 場を和ませる冗談の類だと思っていたが、まさか本気だったとはな! ははははっ! 目指さずともすでにこの都市にはあるではないか! 奴隷という居場所がな! 人の形をしているだけの魔獣風情にそれ以上のものなど必要あるまい!」
大笑いするロギーヌと同じように臣下たちも腹を抱えた。王の間に嘲笑が響き渡る。ティアノラを除くこの場に居合わせたすべて者が彼女の理想を踏み躙る。
ティアノラは、爪が食い込むほど拳を強く握り締めた。
何が可笑しい。転生体も、喜び、怒り、泣き、笑う。他人を思いやり、痛みを感じることだってできる。本などの趣味を楽しむ感性だって持っている。心があるのだ。
そんな彼女たちをこの都市は道具として扱う。換えの利く消耗品か玩具のように扱い、ただただ彼女たちを使い捨てる。
怪我をすれば赤い血を流すのに。心に傷を負えば涙を流すのに。
そんな当たり前のことに気づこうともせず、彼女たちを食い物にするこいつらが憎い。
常々思っていたことだが、ここにきてティアノラは心の底から思った。
誰かこの
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