繫栄の足元にあるモノ⑦


 帰宅したレイとイリスは、すぐにティアノラから輝たちと一緒じゃない理由を尋ねられた。


 昼食中にアレグラに会ったこと。アルフェリカに首輪がつけられたこと。激昂した輝がアレグラを殴り飛ばしたこと。二人に別れを切り出されたこと。自分たちがそれを承諾したこと。輝たちが『アルカディア事件』で主犯と言われている二人であることも。


 上層での出来事をすべて話した。


 レイたちが話している間、相槌を打つのみで黙って聞いていたティアノラは静かに問う。



「それで良かったのかい?」



 レイだけではなくイリスを含めた二人への問いかけ。



「仕方がないじゃないですか。輝様たちは王族に暴行を働いたのです。王政に異見と唱えるだけで討ち首にするような都市ですよ。すぐにあの二人は手配されてしまいます。それに博士やレイちゃんを巻き込ませるわけにはいきません」


「レイも同じ考えかい?」


「はい……それに、黒神様は私たちの身を案じてそのような提案をされました。お世話になった方のご厚意を無下にすることもできません」



 二人の意見を聞いたティアノラは頷いた。



「なぁるほどなるほど。確かに二人が言っていることは正しいな。王族に歯向かったんだからただで済むわけがない。王族に目をつけられないようにあの二人との関係は絶っておいたほうがこちらは安全だ。そうだな、問題の対処としてはあながち間違っているとも言い切れない」



 仮に関係を疑われたとしても、二人とはもう関係ないと突っぱねればいい。行動を一緒にしていたことはあの二人の正体を知らなかったと言い張ればいい。アレグラとのことも二人が勝手にやったことだと主張し続ける。これからあの二人が何をしようと知らぬ存ぜぬの態度を貫く。完全に赤の他人だと断言してしまう。


 なにせこちらは何も悪事を働いていないのだから。


 素晴らしいとティアノラは思った。何が素晴らしいって? 決まっている。


 レイとイリスの純真さだ。


 この娘たちはこの都市で生活をしていてなお、正義というものを信じている。正しいことを信じられる心を失っていない。



「けどそれじゃあダメだ」



 ティアノラは知っている。この都市がどうしようもなく薄汚いことを。



「あの二人と一度関わった以上、それだけじゃ足りん。何かと因縁をつけて、あたしたちの身柄を拘束しようとするだろうね……拘束されたら最後、適当な罪状をでっち上げてやりたい放題できる」


「そんなっ……」



 ティアノラが述べた未来に二人は絶句した。それがどれだけ理不尽なことか。


 そんなとき玄関のドアが大きな音を立てて弾けた。開け放たれた玄関口から豪奢な甲冑を身に纏った男たちが雪崩れ込んでくる。瞬く間に囲まれて退路を失ってしまった。


 何事かと目を見張るレイとイリス。しかし二人の話を聞いてある程度は予想していたティアノラだけは忌々しげに舌打ちをした。



「我々は『王室警備隊』である! 第一王位継承者アレグラ王子の勅命により参った次第である! アレグラ王子で傷害を働いた二人組に関与していた疑いで貴様らを拘束する! なお、抵抗や逃亡は王家への反逆と見なす! まあ『鋼の戦乙女』アイゼンリッターの小娘風情が我々に敵うとも思えんがな」


「くっ……」



 剣を抜こうとしたイリスに、リーダーであろう大男が警告を発した。柄に手を添えた状態のままイリスは悔しげに歯噛みする。



「急な来訪だね。アポはなかったと思うんだが?」



 人数は七人。レイがいるとはいえイリスと二人だけでは全員で逃げ切るのは難しい。自分という足手纏いがいるのだからなおのこと。



「王子の勅命である。貴様らの許しなど必要ない」


「最上層の人間ってのは相変わらずだねぇ」



 『王室警備隊』といえば『オフィール』の騎士でもエリート中のエリートだが、それでもこの傲慢さはとても騎士とは思えない。部下の男たちのレイを見る目ときたら低劣過ぎて賊と変わりない。


 実力が劣っていても『鋼の戦乙女』アイゼンリッターの方が何倍も騎士らしい。


 さて、拘束されれば無事に戻ってこれないだろう。かといって全員で逃げ果せるのは至難。



「拘束されるようなことに身に覚えはないんだが。説明くらいは求めても?」


「とぼけたことを。アレグラ王子が黒神輝とアルフェリカ=オリュンシアに襲われ、傷を負われた。そこの二人も同席していたことは王子自身の証言からもわかっている」


「この娘たちがアレグラ王子に直接何かをしたわけじゃあないだろう? 事情聴取のために拘束はやり過ぎだと思うがね」


「ふ、ふふふ……はははははははははははっ!」



 ティアノラの言葉に大男は可笑しくて堪らないといった具合に大笑いした。周囲を取り囲む部下たちも下劣な笑い声を上げる。


 ティアノラを愚弄する態度にイリスが憤った。



「な、何がおかしいのです!」


「可笑しいに決まっている。王子に危害を加えた二人組を『オフィール』に招き入れたのは、ティアノラ博士だということはすでに調べがついている。博士は王族傷害の原因を作り出したのだ。『鋼の戦乙女』アイゼンリッターについては、あの二人が『アルカディア事件』の容疑者であることは王家より通達済みだったはずだ。にも関わらず今回の事件が発生した。故に貴様らに行われるのは聴取ではない。尋問だ!」


「なっ!?」



 そのあまりの横暴さにイリスは鼻白んだ。



「ご理解頂けたか? それでは大人しくしてもらおう。抵抗すれば多少手荒にしなくてはならなくなる」



 部下の一人がティアノラの腕を掴み、両腕を背中に縛りつけた。腕力で敵うわけもなくロクに抵抗もできない。


 この事態を切り抜ける手段は何かないか。ティアノラは必死に思考を巡らせる。



「い、いやっ!」



 三人の騎士たちに組み敷かれたレイが悲鳴をあげた。


 床に押さえつけられたレイは蒼白になりながらガタガタと震えていた。恐怖に駆られてさしたる抵抗もできず、自分を取り囲む男たちにただ怯えるばかり。



「おいおい、そういうのは尋問室に行ってからやれよ」



 先走ろうとする部下たちに大男が呆れたように注意をするが、三人は不気味な笑いを浮かべるだけで大男に見向きもしない。



「やれやれ、聞いちゃいない」



 大男は肩を竦めるだけで部下の異常に気がつかない。いつものことだと思っている。



「いや、やめて……ください……お願いです……」



 その懇願は逆効果だった。涙を浮かべる例の瞳を見た三人の本能に火が着く。


 強力な【魅了】の力。どちらにせよ聞き届けられなかっただろうが、男を拐かす魅惑の力に男たちは抗うことなどしなかった。ただ欲望赴くままに獲物を蹂躙せんと彼女の衣服に手をかける。



「レイ! いつまでもそうしてるつもりなのかい!?」



 怯え竦むままの少女にティアノラは怒声を浴びせた。


 そうじゃないだろう。怖がったまま、怯えたまま、なにもできずにされるがままでいるつもりなのか。いつまでもそこに留まるつもりなのか。



「ちったぁ根性見せてみな!」



 ティアノラの想いが伝わったのか、怯えきっていたレイの瞳に力がこもった。目に涙を浮かべながらそれでも歯を食いしばって術式を刻む。



「……私にアン触れないでくださいタッチャブル



 展開された不可視の障壁。レイに触れていた三人の男たちが木の葉のように宙を舞う。



「イリス!」


「レイちゃん!」



 ティアノラが叫んだのと、その意を汲んだイリスが動いたのは同時。


 一足飛びに宙を舞う三人に肉薄し、居合の一刀を薙ぎ払う。体重と勢いを乗せた一太刀は三人の肉体を深々と切り裂き、うち一人の首を撥ね飛ばした。


 噴水のように吹き出した血がイリスとレイに降りかかる。抑えていた恐怖と目の前で起きた死に、精神の許容量を超えたレイは気を失ってしまった。


 イリスは肩で息をする。初めて人を斬った彼女の手は震えていたが、目に宿る意志は折れていない。


 『王室警備隊』の面々は突然の出来事に呆然としている。


 今を逃せばもう後がない。



「イリス、あんただけでも逃げろ!」


「し、しかしっ」



 問答の時間はない。拘束された自分と気絶したレイをイリス一人で庇いながら、この人数を相手に逃げ切れる望みは皆無だ。



「いいから行け!」


「っ……」



 泣きそうになりながらイリスは頷き、駆け出した。



「なにをしているお前たち! 早く捕らえろ!」



 リーダーの指示に部下たちは慌てて対応する。しかし立ち直るのがわずかに遅かった。


 手薄になった包囲網を強引に突破し、窓を突き破って裏庭に出る。そのまま全力で走った。


 助けを求めて。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る