第二章:繁栄の足元にあるモノ《エクスプロイト》

繫栄の足元にあるモノ①


「朝から美女二人をはべらせて良いご身分ですね、輝様」


 翌日、待ち合わせ場所に行くとすでに待っていたイリスが開口一番にそんなことを言った。


 輝の右隣にはアルフェリカ、左隣にはレイがいる。他者の目を惹かずにはいられない美貌びぼうを持ち合わせている二人だ。彼女たちに挟まれて歩けるのは男として名誉に違いない。


 もはやイリスの物言いに慣れた輝は肩を竦めておどけて見せた。



「羨ましいか?」


「羨ましいです! っていうか近づきすぎですよっ。レイちゃんの隣は私のものです!」



 隣にいるとはいえ輝とレイの間は一人分ほど空いている。イリスはそこにすべり込むとレイの腕にしがみついた。



「おーよしよし、こわかったねーレイちゃん。もう大丈夫だよ。レイちゃんは私が守るからね」



 朝から絶好調のようだ。


 レイは困ったように笑いながらも、振り解くような素振りは見せなかった。



「ほらほら、遊んでないで道案内お願い」


「はい。ではこちらになりますのでついてきてください」



 アルフェリカに促されてイリスは歩き出した。輝たちもそれについていく。


 道中レイに近づこうとする者が現れる度に輝が睨みを利かせる。今日は女性三人に囲まれているからか、その後に返ってくる視線に込められた怨嗟が昨日より強い気がした。


 輝は気にも留めない。これから向かうところの方が興味ある。



「上ってこの辺りとはどう違うんだ?」


「上層部は俗に言う裕福層が住む地域です。一番上の王城に近づくほどその傾向が強いです。そこに住んでいるのは王族のレドアルコン家にすり寄る貴族が大半ですね。街並みもこことは違って豪奢ごうしゃなものですよ。優れた商品や技術は基本的に上に集まりますから、自然とそうなるんですね。特に貴族街と呼ばれる場所は金に物を言わせてバカみたいに装飾していますからまるで別世界ですよ」


「貴族ねぇ。階級制度がない『アルカディア』では馴染みがない人種だな」



 『アルカディア』は原則民主主義に基づいて回っている。有事の際には『ティル・ナ・ノーグ』が実権を掌握して事にあたるが、平時はそれぞれの地域の代表者が治めている。



「やはり輝様たちは理想郷アルカディア出身なのですか?」


「俺は二年ほど住んでいたけど生まれ育ちは違う。アルフェリカは旅の途中で立ち寄っただけだな」


「なるほど、そこで二人は出会って愛の逃避行で現在に至る、と言うわけですね」


「また凄い飛躍させたな……」



 愛云々うんぬんはともかく、逃避行には違いないので微妙に答えに詰まる話だった。



「違うのですか? アルフェリカ様は顔真っ赤ですけど」


「なっ!? ちがっ」



 見れば確かにアルフェリカは赤面していた。赤くなった顔を両手で隠そうとしているがすでに遅い。


 愛という単語に反応したのだろう。



「意外と乙女なところあるよな、お前」


「意外ってなによ!? あたし十六の乙女なんだけど!?」



 輝の失礼な物言いに今度は別の感情で顔を赤くする。


 そうは言っても男に言い寄られても一人で撃退できるアルフェリカが恋する少女みたいなことを口にするのはどうしても違和感を覚えてしまう。しかもそんな露出の多い服を着ているものだから、なおのこと経験豊富に見えるのだ。



「十六って私と同じじゃないですか!? え、どうなってるんですかそれ! なに食べたらそんなに実るんですか!? あっ、わかった! 輝様ですね! 輝様が揉みしだいたからそんなにおっきくなったんですね! 輝様のケダモノ!」


「おい、俺をケダモノ呼ばわりしたかっただけだろ」


「レイちゃんの中で輝様の心証を悪くするためです。我慢してください」


「きっと悪くなってるのはお前の心証だぞ」



 ちらっとレイの方を見ると彼女は少しとがめるような目でイリスを見ていた。



「イリス、黒神様は義理も義務もない私に力を貸して下さるお優しい方です。そんな方を貶めるようなことを言わないでください。そんなイリスは好ましくありません」


「ぐほぁっ」



 レイにたしなめられたイリスは血反吐を吐きそうになりながら四つん這いになった。


 嫌いだと直接的な言葉を使わなかった辺り、レイの優しさが垣間見える。



「時間に余裕があったらその貴族街ってのも見てみたい気がするな」


「あ、それはやめといた方がいいです」



 顔を上げたイリスが輝の呟きに否を唱えた。



「貴族っていうのはそのほとんどが平民を見下してますからね。街を歩いたって不快になるだけなので近づかない方が精神衛生にいいですよ。実際、貴族街に近づく人はほとんどいません」


「じゃあいま向かっているのは?」


「貴族街より下にある上層区画です。『オフィール』はまず王城を中心に、表区画と裏区画に分けられています。さらに表区画は最上層、上層、中層、下層に分けられています。さっき言った貴族街は最上層ですが、私たちが向かうのは上層区画の表と裏の境にあるギルドです。ですから貴族街には入りません。というか入りたくありません。今日はレイちゃんもいますし、なおのことです」



 立ち上がって汚れを払いながら、イリスは露骨な嫌悪を露わにした。輝に憎まれ口を叩く時とは全く異なる、心の底から湧き出した感情。



「よほど貴族が嫌いなんだな」


「ええ、それはもう大っ嫌いですよ。厚顔無恥こうがんむちとはあいつらのためにあるような言葉です。なんたってあいつらは平民に重税を課して得たお金で贅の限りを尽くしているのですから」


「待て、税金っていうのは公益のために使われるものだろ?」



 私腹を肥やすために血税を使用するというのは横領以外の何物でもない。



「普通はそうなのでしょうが、『オフィール』は王政です。税率もその用途も利権を握っている貴族が決められるようになっています。王がそういう政策ルールを敷いたのなら、民草は従うしかないんですよ」


「なんだよそれ」


「みんな頑張って生活していますけど空元気ですよ。そりゃそうですよね。どんなに頑張ってお金を稼いでも、税金として吸い取られて貴族の贅肉に変わるんですから。馬鹿らしくなって気力もなくなりますよ。それだけじゃありません。税金が払えなければ財産の押収。それもできなければ身を売られて奴隷にされます。転生体の場合は無条件で奴隷にされます」


「奴隷」


「首輪をつけられているのは奴隷の証です。彼らは無償の労働力として『アイゼン鉱脈』で酷使されます。採掘権を持つのは貴族だけですから、平民は重税に苦しみ、貴族だけが潤う。この都市はそういう政治が行われているんですよ」



 イリスの足が石畳を叩く音が少し強くなった。



「だから私は貴族が嫌いです。みんなが汗水たらした頑張りを上から奪っていく貴族が、民草を金のなる木か何かと勘違いして甘い汁を啜る害虫が、人を人とも思わないあの魑魅魍魎ちみもうりょうどもが大っ嫌いですっ」



 貴族への怒りに肩を震わせるイリス。その憤りは目の前の問題に何も対処ができないイリス自身にも向いているような気がした。



「これから向かう上層に貴族はいないのか?」


「いますが数は少ないですね。上層の大半は裕福層の平民ばかりですし、そういう環境だからか、そこの貴族は至って良識のある方々ばかりです。自分たちの資産を教会に寄付して身寄りのない子供たちの援助をしたり、事故や災害による復興費を支援したりしています。まさにノブレスオブリージュです。最上層の貴族には爪の垢を煎じて飲ませたいくらいですよ」



 それで何かが変わるとも思えませんが、とイリスは悪態をつく。


 これ以上この話題を続けないほうがいいと感じた輝は質問を変えた。



「じゃあ裏にはなにがあるんだ?」



 その問いにイリスはますます不快そうに眉間にしわを作る。



「……奴隷が住む区画ですよ」



 端的に答えるとイリスはそれ以上なにも言わなかった。表区画のことは丁寧に説明してくれたが、裏のことになると貴族のこと以上に語ろうとしない。


 豊富な鉱脈や金脈が連なる『アイゼン鉱脈』。千年以上も採掘され続けてなお、向こう数百年は枯渇する見込みがないと言われるほどの豊富な資源。その生産量は世界金属の約三割を占めているらしく、枯れない資源で金を生み出し続ける鉱山都市。


 故に『オフィール』は黄金郷と呼ばれている。


 その名前と実態は著しく乖離している。少なくとも一獲千金の夢を見ることができるような楽園ではないのは確かだ。



「最上層と裏区画は立ち入らないでください。何かあってからじゃ遅いですからね」



 真剣味を帯びたイリスの忠告。


 この都市は存在しない方が世のためではないかとさえ思った。

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